片栗の 花咲かぬまま 幾夜越ゆ
「あ、あの。裏海さん。あ、探偵さんの方の!すみませんでした、あんなに大声を張り上げて。裏海さんは私を助けて下さった方なのに、不躾でした。
」
「いや、今回については早とちりで怒鳴り付けた俺が十割悪い。気にしないでくれ。おい、お前も。……悪かったな。出会い頭にぶん殴っちまったし」
「い、いえいえ!紛らわしかったのは事実ですから」
想定外の修羅場から離れ、正門に突き当たって右。小鳥遊さんの家の方向へと三人で進みながら、何とも言えない謝罪合戦を交わす。一番萎縮してしまって居るのは、見るからに喧嘩慣れしていない小鳥遊さんだ。僕の至らなさが小鳥遊さん奮起の理由の割と大部分を占めて居るだけに、何と言うか申し訳ない。
萎縮しきりの小鳥遊さんを気遣ってか、改さんが明るい調子で話題を変えた。
「に、してもよ。二人して茶ぁしばく仲まで行くとは幸先いいじゃねえか。青春って奴か?ご両人」
「ち、違います違います!!僕達はただの小説友達で!! 」
話題が変わった、までは良かったのだが、振られた話題が最悪だ。改さん、これ以上彼女を追い詰めてどうするんですか。そんな非難めいた気持ちを込めて改さんを見ると、何故かお前マジかよ、とでも言いたげな瞳とグラサン越しに視線がかち合った。
「お、おい。芥、お前……」
何言ってんだよ。この子はな、改さんがそう言いかけた所で、小鳥遊さんがあっ!と声を上げる。
「き、今日、よ、よ、読まなきゃいけない本があったんでした!送って下さってありがとうございました。ここここで大丈夫です!麗海さん、また水曜に! 」
「え?小鳥遊さ……」
一息で言い切って、ダッシュ。目にも留まらぬ早業に、半端な手が空を切った。な、何だ。どうしたんだ、急に。僕と一括りで冷やかされたのがそんなに嫌だったのだろうか。いやでも、そんな感じでは無かった、ような?駄目だ、さっぱりわからない。女子の心、難しい。
「……いや、お見それしたわ。なんつーか……人は見かけによらねェもんだな、お前」
展開について行けず惚けたままの僕の頭上から、改さんの呆れた様な感心した様な何とも言えない声が落ちた。いや何だこれ、どうしろと。
片栗の 花咲かぬまま 幾夜越ゆ
「おい、ガキ。本当に分かってねぇのか?まさかとは思うがよ」
小鳥遊さんが走り去った事でマイルドに表現しても「チンピラとパシリにしか見えない地獄の取り合わせ」と化した僕達を、道行く人が遠巻きにちらちらと二度見して行く。それを肌で感じながらも、僕はよく分からない台詞を吐いた「チンピラの方」こと改さんに向き直った。
うん、デカい、怖い、カタギじゃない。地味に小鳥遊さんが帰った途端ガキ呼びに戻ってるし。色々な微妙要素にちょっと辟易をしながらも、要領を得ない先の問いかけに自分なりの答えを返す。表情が若干しょっぱいのはご愛嬌だ。
「さっきから何ですか、一体。そりゃあ、僕もあまり好かれる方じゃ無いって事くらいは今までの人生で学習してますけど。そこまで言わなくたっていいんじゃ無いですか? 」
「あァ?……はあ。違う、そうじゃねえ」
疲れた声で僕の言葉を否定して、はーっと一息。改さんがやれやれ、とでも言いたげな様子で額に手を当て首を振った。改さん、意外にもウロに負けず劣らずのオーバーリアクションだ。あれか、やっぱり二人は似た者同士過ぎて仲が悪くなっているタイプの組み合わせなのか。
「あ、お前今碌でもねぇ事考えたろ」
「あはは滅相も無い」
うん、変な方向に勘が鋭い所もそっくりだ。
「…チッ、まあ良い。あーアレだ、ありゃあお前に気があんだろ、って言ってんだよ。クソ鈍いな馬鹿ノロマ」
「は!? 」
ウロとの似ていなくていい類似点に内心ほーらな、なんて呑気していたのもつかの間、あんまりな改さんの言葉につい反射で叫ぶ。いや、無い。絶対ない。イケメンめ、モテない童貞を舐めるなよ。あんたと違ってそうそう人に惚れられないんだよ、平均以下ってのは。そんな僕の心の叫びを尻目に、改さんがにい、と意地悪げに口の端を吊り上げた。ああ、何処かで見た怨霊スマイル。
「気がねえ男とあんな粧し込んで会わねぇんだよ、女ってのは。俺が早とちりでお前を責め立てた時分にゃ何だかんだテメェを必死こいて守ろうとしてたしなあ? 」
だってのに当の惚れた男がコレじゃ報われねえな、あの子。はあーあ、男振りがお粗末すぎだぜ。尚もため息と共に繰り出されるオーバーリアクションに、反応する余裕も無く。目の前で展開される一昔前のモテ男もかくや、な気がある談義に思わず大きく反発する。言うな。非モテの僻みとか言うな。
「何ですかそれ!男と会う時の女性のおしゃれの理由なんて一括りに出来ませんよ。レッテル張りも大概にしてください。ほら例えば次の予定の為の予行演習とか、外出る時はTPOを重視してるだとか」
「何聖人君子ぶってんだ?いきなり。そりゃあ唯の逃げって奴だろ、逃げ。それを言うならお前こそ自分にモテねえレッテル張りしてんじゃねえか。男ならドッシリ向き合えや、ガキんちょ」
「……」
駄目だ、暖簾に腕押し、糠に釘。あと普通に論破された。くそ、イケメンで口も達者だとか反則だ。
「……ま、今のお前には酷か。元々実生活が生きるか死ぬかの瀬戸際で好いた惚れたなんて余裕も無かったんだろうしな」
僕が閉口してしまったのを見てか、今度は今までの追求が嘘のように話題がひらりと変えられる。出す、引っ込める。この采配が改さんは意外にもかなり上手い。こ、これがモテる所以か。同性の扱いも長けているらしい改さんに、ちょっとだけ羨望の眼差しを送ると、彼がにっと微笑んだ。わ、こうしてるとチンピラ感のないイケメンだ。ギャップまで備えているとは、恐ろしや。
「……なんつーかお前、面倒臭え心持ちしてんのな。」
別れ際にぽつりと改さんが呟いたそれは、敢えて気づかぬふりをした。
扉を開けて、帰宅。部屋主、帰還せり。帰ってきて早々、僕は碌に上着も脱がず万年床に転がった。窓から入る西日のせいか顔が頗る熱い。今日は日も高いうちから色々あった、あり過ぎた。
「はあ、改さん、何だっであんな言言うんだよ…。」
小鳥遊さんが、僕に。まあフィクションならちょっとは有り得るかも知れないけど、リアルだぞ。三次元だぞ。もし億が一小鳥遊さんが僕に気があるのならば、全く嬉しくないと言えば正直嘘になる。しかし一度そっち方面で意識してしまえば、小説友達として二度と自然に顔を合わせられなくなる、気もする。それに、それに、何より。
「ウロ……。」
この問題を思い浮かべるたびに、何故かウロの姿が脳裏を過ったのだ。僕はウロを、小鳥遊さんをどういう立ち位置で見ているのだろう。人との関わりを避けていたきらいのある僕が、いきなり担ぐには重すぎる繋がりと気持ち。モヤモヤとして掴めないそれとの格闘を諦めようか、否か。迷いかけたその時、服のポケットからちらと紙袋がこぼれ落ちた。
「……あ。」
今日行ったカフェの、マカロン。可愛らしくて女性受けの良さそうなそれを、支払いの時つい買ってしまったのだった。彼女が見たら、どんな顔をするのだろうと。喜ぶ?逆に怒る?驚く?どの道、きっと宙をふわりと撫でるに違いない。
「……。ああ、もう。」
お前のせいだぞ、ウロ。
「……イ、カ……!あーけ……て! 」
「……? 」
日が変わり、お天道様がてっぺんに向かってのろのろと迫り上がる、そんな時間帯。外から聞こえる奇妙な声に、僕は眠い目を擦って欠伸した。取り敢えず、手元のスマホのロックを外す。朝8時。僕の行動時間外だ。誰だよ朝っぱらから、煩いな。
「あー……。無視無視……」
僕的には常識外れな時間帯にお出ましの珍客を無視する事にして、僕は早々に二度寝を決め込んだ。しかしながら外の声は諦めるつもりが毛頭ないらしく、更に何がしかを主張し始める。流石の僕も、残念ながら外で張り上げられ続ける声をBGMに眠れる程太い神経はしていない訳で。眠気の残る頭で、仕方なしに外の声へ耳を傾けた。
「あーけーなーさーいってば!!開けてよ、開けて!! 」
頭の覚醒と共に、朧げだった外の声の意味がじわりと分かり始める。開けろ?いや、誰だよ僕友達居ないんだけど。少なくともこんな時間に外に居座る系の知り合いもいない。
「……いや、待てよ? 」
つらつらと考えて居留守でもしようかと思案し始めた所で、「朝来る人物」にだけはギリギリ思い至った。でも、彼女なら扉など文字通りスルー出来る筈だ。だが、しかし。
「ねえ、カイ!居るんでしょ?カイ、カイ!バカノロマ! 」
まさかのまさか、決定打。信じ難いが矢張り彼女らしい。声の主を突き当てた所で、僕は勢い良くドアを開けた。
「カーイー!カイってば!あーけー」
「ウロ!? 」
「ひゃっ」
「何でそのまま入って来なかったんだよ。ウロならさっさと通れるだろ?ドアくらい」
「う、るさいわね。い、イセーノヘヤにはちゃんと断って入るものでしょ、普通! 」
「はあ? 」
お外の珍妙目覚ましことウロを部屋に上げて、一息。朝御飯もまだだったので適当にスープとパンを食べつつ話を始める。当のウロはと言えば、僕が取り分けた朝御飯を食べつつもモジモジと忙しない。
「何言ってるんだよ。昨日までさらっと入って来てたのに」
「だ、だって! 」
「だって? 」
「…何でもない」
いや、言えって。口ごもるウロを横目に、一応珍行動に僕なりのあたりをつけてみる。さては、昨日テレビで変な知識を仕入れたな。
「大体何だよ、異性の部屋とか。今更だろ?僕たち」
「い、今更じゃないわよ!馬鹿! 」
何よ!私だって女の子なんだから!そう続けるウロの顔は、何故か何処と無く悔しそうだ。何だ、本格的に何を見たんだこの幽霊。そんな事をまた半分寝ぼけた頭でつらつらと考えていると、ウロが堪りかねたかのような様子で口を開いた。
「サレ女の事はあーんな女の子扱いしてた癖に」
「サレ、女? 」
「……ストーカー、サレ女」
「……もしかして小鳥遊さんの事か? 」
ストーカー、と言う要素で思い当たった「サレ女」が指すだろう女子の名前を挙げると、ウロがコクリと頷いた。何だサレ女って。身も蓋も無いな。と言うか、昨日からえらく彼女にこだわるな。そんなことを悠長に考えていた僕の頭に、頭上から聞き捨てならない言葉が降る。
「昨日見てたんだから。あんたがサレ女と店に入るあたりから、ずうっと」
「見てた? 」
見てたって何だよ。ずっと、僕達を?それって詰まりは監視じゃないか。正直言って、あまり気持ちのいいものでは無い。疑念と共に声を上げた僕に、ウロが尚も言い募った。
「サレ女にデレデレしちゃってさ、何?デートでもしてたの?ほんと鼻の下が伸びてだらしないったら! 」
あんまりな言い様だ。これには流石に、鈍目な僕もカチンと来た。
「う、ウロには関係ないだろ!そんなに言うなら僕に話し掛ければ良かったじゃないか。あんなあからさまに逃げずにさ」
「……」
「……? 」
こちらはこちらで大変だったのに、勝手に追いかけといてそこまで言う事無いだろ。昨日引っかかっていた点も含め言い切ってちょっとスッキリしたのも束の間、反撃して来ると踏んでいたウロが沈黙してしまった事が気にかかって背けていた視線をウロへ移す。
「……おい、ウロ? 」
「……」
そして、後悔。
怒って居るとばかり思っていたウロの、初めて見る泣き顔がそこにあった。え、何で。どうして急に。予想の範疇を大きく超えた反応に、立っていた腹は何処へやら。瞬時に謝罪の言葉が口から落ちる。
「わ、悪かった。言いすぎた。当て付けみたいな言い方してごめん。何か気に障るような事があったんだろ?だったら聞くよ。だから……」
落ちたそれを淀みなく伝えるも、ウロの表情に変化は無い。
「なあ、」
「……もう、いい。かえる」
「えっ」
それだけ絞り出して、沈黙。唇が切れそうな程噛み締めたウロの手が、僕の頭上を掠めた。
「黒紙。食べればもう私が居なくていいでしょ」
「なあ、待てって」
「じゃあね」
伸ばされた手が大量の黒紙を掴み、引き抜く。そして。
ウロがそのまま、姿を消した。
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