止まり木に 添えて纏わす 蔦ひとつ
止まり木に 添えて纒わす 蔦ひとつ
不名誉な副賞授与から、少々。何とか巻き込まれる算段がついたのは良かったが、これからどうしたものか。突き当たった問題に、僕はいたく頭を悩ませていた。聞き込みといえど無作為に聞いていては効率が悪いし、それこそ万一犯人にぶち当たりでもしたら口封じに襲われかねない訳だ。そうなればウロと何より裏海さんからの雷は必至だろう。正直犯人より数倍怖い。
「……うーん、いざ聞き込むとなると誰に話しかけるか迷うもんだな」
「そんな事だろうと思った。本当、カイって意外と無鉄砲よね」
対策をうんうんと考える僕の横から、ぶっすりとウロの憎まれ口が刺さる。うるさいな、僕だって流石にうすうす感づいてはいたんだぞ。そんな気持ちを存分に滲ませつつ、取り合えず浮かんだ案を口にする。
「兎に角もう少し人が留まるようなところに行ってみよう。誰か井戸端会議でもしてたら一気に聞けるし」
「まあ無計画にしては妥当な案ね。じゃあ早速……? 」
「……」
いきましょうか。僕の出任せ案にウロも乗ってくれて、さあ行こうかとばなりに順調に進んだ会話を、不意にある虫が遮った。……僕の、大きな腹の虫だ。
「「…………」」
痛い。ウロから向けられる視線が痛い。夜通し起きて朝ごはんも食べずに今まで出歩いて来たツケが今このタイミングで回ってきたらしい。嗚呼、何てけったいな。
「行く前に、ごはん食べてもいいですか……」
「……まあ、いいわよ。好きにすれば……」
何とも格好のつかない僕のお願いは、ウロのどうしようもなくかわいそうなものを見る目によって承諾された。彼女の許可を得て、腹を満たすべく繁華街へと向かう。一度家に帰ることも考えたが、残念ながら家の冷蔵庫はがらんどうだ。どの道買うしかない。
「あんたって何ていうか、本当格好つかないわよね……」
かわいそう……。とウロの目が訴えている。こういう時は呆れられるより同情される方がキツいんだな、超恥ずかしい。
「僕だって流石に予想外だったよ、あれは。ああもう、恥ずかしい」
恨みたい。自分の腹を、かつてなく。そんな黒紙案件真っ只中な僕の胸の内を知ってか知らずか、彼女がすいと僕の前に躍り出た。その目に浮かぶのは、綺羅綺羅しい輝きと、ちょっとした愉悦。
「元気出しなさいよ、誰だってお腹くらい鳴るんだし。多分。きっと。鳴るわよね? 」
「曖昧に励ますな! あー、今から買うのも作るのも面倒だなあ」
「面倒臭がってる場合じゃないでしょ、腹くくりなさいよ。それとも空いてたら腹ってくくれないのかしら」
言い終えて、きゃっきゃとウロが笑う。こいつ、僕が恥ずかしがるのを楽しんでるな。
「いっそどこかで食べるか……あ」
ウロの弄りにも慣れてきて遂に通常運行できる域に到達した頭で、考えること少々。腹の大悪虫を懲らしめる、もとい黙らせるルートをいくつか思い浮かべては消していく作業を始めた僕の目に入ったのは、青い屋根とステンドグラスだった。予想外に飛び込んできたそれに、ぴん、と天啓の如く名案が僕へと降り注ぐ。
「丁度いい、アルコイリスにしよう。樹慧琉さんなら顔も広いし聞き込みもできるぞ。御飯と情報収集で一石二鳥だ」
どうだ、この完璧な計画。ドヤ!とばかりに彼女を見遣ると、はあ、と大きな溜息が落とされる。おい何だね君、心外だぞ。そんな面持ちでそれに答えてやると、ウロは何処か諦めたように僕へと言葉を投げた。
「あんたねえ……」
呆れ顔、極まれり。彼女の面持ちはどん臭い激ダサ男子を見る冷たい女子の目線そのものだが、その程度ではもうへこたれようが無い。善は急げだ。今日は何を食べよう。時間的にランチもいいよな。そんな事を考えつつ、珍しくウロを引き連れる形で僕は通りを後にしたのだった。
「いらっしゃい、芥君」
「こんにちは、樹慧琉さん」
「ええと、今日は一人かな? 」
「あ、はい。でも、すみません。今日はテーブル席に座っても大丈夫ですか? 」
「ふふ、構わないよ。ごゆっくり」
「有難うございます」
入り口で樹慧琉さんに出迎えられ、軽く言葉を交わす。ついでに店内をぐるりと見渡してみたが、昼時と言うにはまだ早いお陰か混み合ってはいないようだ。死角になりやすそうな奥のテーブルを陣取り、僕はゆっくりとメニュー選びと洒落込んだ。
「うーん、何にするかな」
「サンドイッチじゃないの? 」
「今日はもっとがっつり行こうと思ってさ。あ、やっぱりランチいいなあ。ケーキセットが割引で付けられるって」
「ケーキ! 」
魅惑的なメニューと睨めっこしながら独り言のように、その実目の前の対象に向けた言葉をそろりと放る。すると、面白い程に件の幽霊が引っかかった。わはは、いいぞ。前回とは違ってウロにおすそ分けする気満々でのそれなので、彼女の期待に満ちた眼差しが僕の気持ちを否応無しに上げていく。彼女に先手を打つべく、ここでもう一言。
「折角だからウロも一緒に食べよう。タルトタタン? と、パンケーキとレモンパイか。迷うな」
「たるとたたん? 」
「ちょっと待って、ええと。キャラメリゼしたりんごのタルトらしいぞ。どうする? 」
思惑通り無邪気に、しかし期待満載で一緒にメニューを覗き込み始めた様子に内心ほくそ笑みながら「きゃらめりぜ? 」と首をかしげるウロにキャラメリゼの何たるかを教えると、合点の行ったらしい彼女の顔にきらきらと笑顔が浮かんだ。これは多分好きなんだな。よし、決まりだ。
「じゃあタルトタタンにしてみるか。メインはパスタ、ハンバーグ、ドリア……」
正直、テンションの上がっている今普段でも胸の躍るメイン達はどれもこれ以上なく魅力的だ。さてどうしよう。ケーキが恐らくしっかり系だし、さっぱり食べられるものが良いかも知れない。この中だとパスタかな。ざっくりと注文が決まった所で、樹慧琉さんに声を掛ける。
「あ、すみません。パスタランチをケーキ付きでお願いします」
「畏まりました。おや、今日もケーキを注文してくれるんだね。有難う」
びっくりした様子の樹慧琉さんにこの前食べたのが美味しくて。と素直に伝えると、彼……いや彼女?は浮かべていた笑みを更に深くした。
「乃慧琉に聞かせたらきっと小躍りするよ。ふふ、どうやって聞かせてあげよう」
乃慧琉さんが小躍り。駄目だ、想像できない。それはウロも同じらしく、何とも言えない顔をしている。分かる、分かるぞ。
「じゃあ、すぐに用意して来るよ」
そう言って席を離れる樹慧琉さんを何時も通り見送りかけて、僕は遅ればせながらふとここに来た目的の一つを思い出した。そうだ、聞き込みをしに来たんじゃないか!
「あ、樹慧琉さん、少しいいですか? 」
「? 」
厨房に既に足を進めていた樹慧琉さんを慌てて呼び止めると、不思議そうな面持ちで送られた目線と僕のそれがかち合う。良かった、何とか気が付いて貰えたようだ。
「えっとあの、最近このあたりで物騒なことがあるとか、何か聞いてたり、なんて……」
あまりに不自然であろう質問に思わず語尾が半端になった僕に、後ろからあーあ、とでも言いたげな空気ひとつ。おいウロ、ため息ついたの見えてるぞ。
「物騒な事、かい? 」
僕の不自然満載な質問にも関わらず、樹慧琉さんは答えを探すように顎に手を当て左上に視線を彷徨わせてくれた。流石美形、思案気味なポーズが何とも様になっている。
「……ごめんね。特に思い当たる事は聞いていないかな。そうだ、乃慧琉なら買出しでよく商店街に出るから、何か知っているかも知れないね。良かったら少し聞いてくるよ」
「うわ、すみません。お願いします! 」
知っていそうな人に、言伝。何とも有難い話だ。願ってもいない申し出に、僕は一にも二にも無く飛びついた。
「ね、カイ」
樹慧琉さんが色良い返事と共にランチの準備に戻って少し。ウロがさも呆れてますー、といった風に話し掛けてきた。今度は腰に両手を当てて少し前のめりになる形だ。何だその無駄なレパートリー。
「あんたさあ……流石にさっきの聞き方は無いと思うわよ」
自覚はある。多いにある。あるだけにほじくられると反発したくなるのが人の性というものだろう。せめてもの抵抗としてウロに質問を投げかけた。
「ぐうっ、分かってるって。でもさ、ああいう時あれ意外にどうやって聞くって言うんだよ。君だったらさ」
さあどうだ、答えてみてくれよ。視線で促すと、ウロは手を組んで考え込む。
「そう、ね。確かに言われてみると難しいわ。うーん、うーん」
今度は両手を指差しポーズでこめかみに当て始めた。とんちでも出す気か、お前は。
「っと……そうだ! この辺りで怪我人が出るような不審な事件聞いてないですか、とか! 」
「はあ、君だって僕のこと言えな……」
「そういうのなら聞いたことがあるッスよ、自分」
ドヤ顔で出された言葉に大差ないじゃないかと呆れたのもつかの間、急に背後から第三者に声を掛けられ思わず飛び上がる。完全に想定外だ。しかし今の会話に入ってきた、という事は。
「ななな何よあんた! 私が見えてるの? 」
「……はあ、まあ」
ウロの絶叫とも言える言葉に、やる気のあまり感じられない返答がかなり上のほうから返ってきた。どうやら介入者は相当背が高いらしい。驚いたのが相当恥ずかしかったのかムカついたのか、ウロが噛み付きそうな勢いで詰め寄る。
「一体何だって言うのよ!? 大体急に入ってくるなんてマナー違反で」
しょ。急に勢いの落ちた言葉にようやっと上を見ると、目に入ってきたのは美味しそうなパスタと。
「ケーキ! 凄い、まさかこれがたるとたたん? ってやつ? 」
「……ッス」
「あ、あれ? え? 乃慧琉さん? 」
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