裏表 繋ぎて這いし 枯睡蓮







裏表 繋ぎて這いし 枯睡蓮




 とにかく大変だったのはその後だ。警察が駆けつけてくれたまでは良かったが、これだけの騒ぎの渦中にいて何もなく帰れるわけもなく。事情やら何やらをこってり聞かれついでに倍こってり絞られ、解放されたのはそれなりの時間が経ってからだった。


 我ながら無謀な真似をした自覚はあったので警官さんに絞られるのも納得だ。しかし如何せん解放までが長かった。正直犯人との対峙よりどっと疲れた感がある。久しく対面していない布団が無性に恋しい。

「お疲れ、「ヒーロー君」。がっつり絞られた? 」



 不意にかけられた声に振り返る。言わずもがな、ウロだ。皮肉ったような言葉とは裏腹に、不満そうにじとりと口角を下げている。

「そりゃあもう。……何だよ、機嫌悪いな。まさか犯人が捕まらなかったとかじゃ」

「そんなわけ無いでしょ! 今頃あんた以上にがっつり行かれてるわよ」

「なら一安心じゃないか。結局あのあとどうなったんだ?僕今まで絞られてたから結局顛末がさっぱり分からないんだけど」


 ウロは至極機嫌が悪そうだが、これを聞く権利くらいは僕にもある筈だ。あれから、犯人はどうなったのだろう。そして何より、小鳥遊さんと黒紙の問題は解決しそうなのだろうか。

「……はあ」

 そんな事をつらつらと考えていた僕の様子をじっと見ていたウロが、呆れたようにため息をつく。何だろう、今までで一番呆れ度合いが大きい気がする。


「なあ、本当にどうしたんだ? 」

「あんたさ、ちゃんと反省してる? 」

 反省?何で。僕がそう思ったのに目ざとく気が付いたのか、彼女は更に呆れを深くして言葉を続けた。

「あんたの行動は無謀だったって言ってんのよ、馬鹿! 私と違ってあんた死ぬのよ!? 一寸の事で死ぬくせに、その自覚がないのって話よ! 」



 ああ、なるほど。とどのつまり、彼女は。

「僕の心配をしてくれてた、のかな? ごめん。無鉄砲だったよ」

 素直に認めると、まだ何か言い出そうとしていたウロの口がぐっ、と詰まった。そのまま目線を彷徨わせ、目を閉じてはーっと一息。


 常々思っていたことだが、ウロは何とも人間臭い。あと存外やさしい。少なくとも、この短期間で僕が非日常に巻き込まれるのも悪くないと思ってしまう程度には。

「……分かったなら、いいわ。ほんと肝が冷えたんだから。私がどれだけ急いで戻ったと思ってるのよ。ほんと、ばかね」

 ウロの表情がやっと和らいできた。思っていた以上に心配をかけていた事に思い至り、僕の口からも自然と謝罪がこぼれる。


「本当にごめん。今度からはもっと気をつける」

「そうしてよね。ったくノロマな癖に思い切りだけはいいんだから」

「返す言葉も無いなあ。――っ!? 」

 僕の言葉を受け入れたウロの顔に、久しく見ていなかった笑顔が浮かび安堵した。矢先、なんともパンチの効いた衝撃が僕の頭を襲った。



「痛っった!?」

 全くもって予想外の衝撃に慌てて振り返る。ウロも同じだったらしく、目に涙を浮かべて後方を睨みつけていた。うわ、顔怖。

 待てよ。ウロも……同じ?幽霊なのに何で?一瞬僕の頭に疑問が過るが、直ぐひとつの仮定に辿り着く。幽霊を殴れるという事は、つまり。

「何するのよ、クソ野郎!痛いじゃない! 」

 後ろにいるいかにもな怖い男の人が、ウロの雇い主だ。








「うるせえ口答えすんな!! この馬鹿餓鬼共が!! 」

 衝撃の登場から、矢継ぎ早の恫喝。耳元で思いっきり怒鳴られて、僕は知らず肩が跳ね上がった。いや僕口答えしてないし。いや、今ちょっとしたか。頭の中で。電話口のイメージ通りな風貌と物言いに軽く感動を覚えつつ、ちらと様子を伺う。


 長めの銀髪、いや白髪?を後ろで一本に纏め上げ、Vネックのインナーに黒いスーツ。ゴテゴテの金のアクセサリーと、止めのグラサン。怪しさは百点満点。これで堅気だったら逆に凄い。

「あ、あの……」

「あ゛? 」



 恐る恐る声を掛けると、何とも堅気から遠い目つきで思いっきり見下ろされた。素直に怖い。グラサンの下の目がリアルにゴミムシを見るそれだ。

「ウロの雇い主さん、ですよね? 僕さっき貴方に電話した」

「分かってるってえのその位。揃いも揃って余計な手間かけさせやがって、クソ共が! おう、俺はこういうモンだ。貰っとけ」


 無慈悲にも言葉を遮られ、ずい、と押し付けられた紙切れを受け取る。……名刺だ。こっわ。またも恐れを多分に抱きつつ目を落とすと、印字された名前に思わず素っ頓狂な声が落としてしまった。

「裏海探偵事務所、所長……ウラミ、カイ? え、ええ? 」

「あ゛あ゛!? 」

 ヤバい、大失態。今までになく睨まれた。何かがこの人の逆鱗に触れてしまったのだろうか。堅気じゃないとか考えてたのがバレたのか!?本物目の生命の危機を感じた僕は、慌てて何とか言葉を捜した。そして。


「いやその! すみません、僕と同じ名前なのかと驚いてしまったというか……。僕も麗海って言うんです! 麗海、麗海芥! です! 」


 言い切ってしまってから気が付いた。ヤバい、こんな怖い人に本名バラしちゃって大丈夫だったのか!?簀巻きで海に沈む自分をうっかり想像して青ざめる。

 しかし、予想に反して怖い人もとい裏海さんはぽかんとした顔をして固まったたかと思うと、ややあって少し口角を上げた。あれ、笑ってると割と美形だ。



「バァカ、何も取って食いやしねえよ。名前でまあまあからかわれた事があってな、早とちりしちまった。悪いな」

 打って変わってフレンドリーな態度に、少なからず驚く。あれか、ホンモノはこうして飴と鞭を使い分けて人心を掌握するのか。

「テメエ今禄でもねえ事考えたろ?」

 裏海さんにじとっと睨まれ、慌てて居住まいを正す。ヤバい、やっぱり本職だ。空気が。


「め、めめめ滅相な!探偵さんって会うの初めてだな、とか、あはは。」

 空気を何とか変えようと、愛想笑い全開の言葉を返す。苦しい話題転換だが、どうやら乗ってくれたらしい裏海さんがふっと息を吐いた。あれ、まだ飴のターンか。

「まあ普通に生活してりゃあそうだろ。あと俺はウラミカイじゃなくてアラタ、な。裏海改」



「ウラミ、アラタさん……」

「おう。ったく今回は無茶したなあ、お前」

「……あんたが働かないからこうなった癖に。クズ」

「あ゛あん? 」

「はあ? 」


 少しばかり緩んでいた空気が、静観していたらしいウロが口を挟んだとたんもとの物騒な雰囲気に戻る。なんだこれ怖い。勿論二人共。険悪なのは本当らしいが、極端すぎやしないだろうか。


「おい、ウロ。テメエこいつにきちんと言ったんだろうな、例の」

「……何よ、それ。知らないわ」

 例の?何だそれ。黙りこんでしまったウロを尻目に、裏海さんの眉間にはビキビキと皺が刻まれていく。これはヤバいんじゃなかろうか、割と。そう思って、慌てて後ろでひんやりとした空気を惜しげもなくだだ流すウロに耳打ちする。



「なあウロ、君裏海さんになにか言伝を頼まれてたんじゃないのか? 僕宛に。多分その事について聞いてると思うんだけど」

「……ああ! 」

良かった。何か合点がいったようだ。

「言ったわよ、ちゃんと。釘もぶっすり刺しておいたから」

「なら、いいけどよ」



 ウロの言葉を聴いて、直ぐ。意外にもあっさりと裏海さんが引き下がった。肩透かしを食らったように見えなくも無い。この二人、さては常日頃からあんな会話しかしてないな。




「そう言う訳だから。私はあれからの説明がてらコイツを送ってくるわ。あんたはさっさと戻って残務処理でもしてなさいよね」

「チッ、可愛げのねえ」

「あんたの凶悪ヅラより億倍マシ。じゃ。ほらカイ、行くわよ! 」


 何とかなった空気に、僕がほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。そう言ったかと思うと、ウロはさっさと踵を返してしまった。予想外のスピードに、小走りで後を追う。まだ裏海さんに挨拶もしてないってのに!振り返り、裏海さんに挨拶しようと口を開く。が、裏海さんの呆気にとられた様子に出かけた言葉が引っ込んだ。

「お前、名前……」

「名前? 」


 名前が何だろう。そんなに驚く要素があっただろうか?分からないが兎に角挨拶はしておかないと。取り合えずではあるが、裏海さんに一言お礼を添えておく。

「えっと、お世話になりました! 裏海さん。それでは! 」

「……ああ、達者でな」


 煮え切らない表情のままではあるが、裏海さんが応えてくれたにで良しとしよう。そう思いつつ、ウロが進んだ方向に向き直った。げっ、もうかなり進んでるじゃないか。

「ウロ、待てって! 僕を置いていくなよ! 」

 割と本気で走って後を追う。なんだこれ、送るってこんなんだっけ。ウロの後姿を必死で追いながら、僕は人を送ることの定義に思いを馳せたのだった。








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