徒に 寄るや徒花 大枝垂





徒らに 寄るや徒花 大枝垂



 ウロのナビゲートに従って落ち合う場所を目指す。回収対象ってどんな人だろう。恨まれてるのか、やっかまれてるのか。正直興味半分、未知への恐怖半分の心持ちだ。



「で、肝心の回収対象さんとはどの店で落ち合うことになってるんだ? ウロ」

「ちょっと待ってなさい、この辺の筈だから。確か、青い屋根にステンドグラス……」

「ああ、「アルコイリス」か! 美味しいんだよな、あそこの珈琲」

「そうなの? 」

「そりゃあもう! 僕もよく行くんだ、落ち着くし」


 喫茶「アルコイリス」と言えばこの辺ではちょっと有名な店だ。アンティークな雰囲気に、美味しい珈琲。軽食だって中々本格的。予想外の目的地に少々気分が上がる。が、メニューを思い出してお腹が空いてきた。そう言えば朝から何も食べてない。ああ、あそこのサンドイッチが食べたい。そんな欲望がむくむくと起き上がってしまったので、駄目もとで交渉を試みる。



「えっと、僕お腹空いててさ。できればそこで一度食事しておきたいんだけど。その、約束まで時間あったりしないか? いや、無いよな、なんて……」

「あるけど? 食べればいいじゃない」

 これは予想外、何言ってんの?とでも言いたげな顔が向けられた。いやお前こそ何言ってんの。時計は既に11時を指している。起こされた時間を考えると落ち合うには遅い位ではないだろうか。浮かんだ疑念に、じとりとした感情を隠しきれず問いかける。


「……なあ、ウロ。待ち合わせって何時? 」

「14時。ほら、あるでしょ? 時間。まさか食事に何時間もかけるって言うんじゃないでしょうね」

「……それって8時に起きる意味は」

「ないわね! 」


 対する幽霊の言い分が、これだ。しかも終わらないうちから笑い交じりである。こいつ、わざとか!返せ僕の睡眠時間!本格的に!

「感謝なさいな、ノロマ! あんたの緩みきった生活リズムを無償で引き戻してあげてるんだから」

「君は僕の生活指導員か! 」



 あんまりな仕打ちについ叫んではっとする。そうだ、ここはもう人通りが多いのだ。既に何人かが僕を横目にヒソヒソとやっている。……まずい。非常にまずい。

「い、行くぞウロ! 早く! 」

「はいはーい」


 三十六計、逃げるに如かず。僕は一先ず小声でウロに呼びかけ足早に目的地を目指す選択肢を取った。しかしながら、やはりうまく丸め込まれたような気がしてならない。くそ、悔しい。腹いせに目の前で美味しいもの食べてやる。

「ね、ノロマ」

「何だよ」

「私とこういうとこで話すときは携帯耳に当てておくといいわよ。いかにも通話してますって感じでね。知り合いのクソ野郎がよくやってる」

「早く言え!! 」



 くそ、ケーキも追加だ。絶対地団駄踏ませてやるからな。







 ――カラン。


 ウロに一本取られた、少し後。喧騒から逃げ…いや戦略的撤退をして木製のドアを開た僕に、少し篭ったベルの音がやさしく応えた。ああ、やっぱりいいなあ、ここは。


「いらっしゃい。今日は……一人? 」

 ドアベルの音で僕に気が付いたらしいオーナーさんが何時ものように声を掛けてくる。それに気分の良くなった僕はうっかり「いえ今日は二人です」、と訂正しかけてギリギリ踏みとどまった。そうだ、連れは幽霊だった。その代わりに、再訪の予定を伝えて何とかお茶を濁す。


「は、はい。ああでも、14時くらいにもう一度来るんですけど、ええと……その時はテーブル席で」

「分かったよ。おや、逢引かな? 隅に置けないなあ」

「いえいえ違います! 相談事、というか」

「なるほどね。じゃあ隅のテーブルは空けておくよ。あそこは内緒事に丁度いい」

「ありがとうございます、樹慧琉さん」


 よし、乗り切った。樹慧琉さんに伝えた通り依頼人と今落ち合う予定はないので、いつものカウンターに腰掛ける。ああ、やっぱり落ち着くな。座り心地の良い椅子に腰掛けて、深呼吸を一つ。

 完全に僕が落ち着いたところを見計らって、樹慧琉さんが僕に声を掛けてきてくれた。何時も通りであれば、ここでメニューを聞かれる筈だ。そのタイミングが、イコールウロに一泡吹かせるタイミング。固唾を密かに呑んだ僕に、樹慧琉さんの言葉が続く。


「いつも有難う、芥君。今日は何にする? 」

「今日は……サンドイッチと珈琲。あと本日のケーキ下さい」



 やはり、ビンゴ。しかもケーキ、という言葉にウロが少し反応を示すと言うおまけ付きだ。好きなんだな、これは。いいぞ。

「あれ? 珍しいね、芥君がケーキとは。乃慧琉も喜ぶよ」

「い、いやあ! 一度是非食べてみたくて。あ、あはは」


 乃慧琉、とはアルコイリスのパティシエさんの名前だ。ちなみに名前は可愛らしいが女性ではなくムッキムキの居丈夫で、店のオーナー樹慧琉さんの弟さんでもある。キラキラネームと言う莫れ。二人ともジュエルノエルで全く違和感が無い綺羅綺羅しさだ。もしかすると本場の血でも入っているのかもしれないな。きっとそうだ、うん。そんなどうでも良いだろう事をつらつらと並べ立てる内に、樹慧琉さんが一礼して席を辞した。フロアに残されたのは、僕とウロの二人だけ。

「いざ、合戦か……! 」

「何言ってんの、ノロマ」







「ねえ、ノロマ。あのマスターって男なの? 女なの? 」

「さあ? でも綺麗な人だよね」

「まあ、普通よりかはね」

 注文の品が来るまでの間、小声でウロと言葉を交わす。樹慧琉さんに怪しまれるかとも思ったが、どうやらこちらに気が付いていないようだ。少しして、何とも見目良いサンドイッチを伴った樹慧琉さんが厨房から姿を現した。


「お待たせしました、芥君。ケーキは後の方がいいかな」

「ありがとうございます! そうかケーキ……ええっと、はい、それでお願いします」


 おお、美味そう。お待ちかねのサンドイッチと珈琲を前に、自然と喉が鳴る。そういえば昨日は色々ありすぎて晩御飯もそこそこに直ぐ寝入ってしまったんだっけ。口を開いて、先ずは彩り豊かなほうを一口。実質二食抜きに等しい身にサンドイッチが沁みる。レタスにハム。それと普段自分で買うのとは味が違うチーズ。何て言うチーズなんだろう、色が濃いなあ。ああ、美味い。


「……お幸せそうね」

「まあな」

 久方ぶりのサンドイッチの味に感動すら覚えそうな僕の横で、むすくれるウロの顔が目に入る。うん、ちょっと溜飲が下がった。わはは、羨ましかろう。香りに抗えず、間で珈琲を一口。続いて、玉子のサンドイッチに取り掛かる。アルコイリスのそれは潰して和えたのとスライスされたのがどっちも入っているタイプだ。うん。やっぱり美味い。



「そろそろケーキを持ってこようか。芥君、三種類あるけどどれがいい? 」

「そうですね、ええと……」

 指された黒板に書かれているのはクリームパイに木苺のタルト。それと、ティラミス。どうしよう、どれも美味しそうだ。


「個人的なお勧めは木苺のタルトかな。いい木苺が入ったからね」

 木苺、木苺か。いいかも。樹慧琉さんの言葉に惹かれ、脳内で木苺がてらりと宝石のような光を放った。これは抗えそうに無い。

「じゃあ、木苺のタルトで」

「畏まりました。少し待っててね。すぐ持ってくるよ」

 感じたままにケーキ、いやタルトを注文すると、それに笑顔で答えて樹慧流さんが厨房の方向へと踵を返した。それを横目に、遅ればせながらウロに向き直る。さて、件の幽霊はどんな顔をしているのやら。ご尊顔、拝見だ。







「なあウロ、」

「……いい、なあ」

「……え」


 本日、何度目かの予想外。てっきり地団太を踏んでいるかと思ったら、彼女は視線を落とししゅんと項垂れていた。今にも泣きそうな瞳に、きつく噛まれた震える唇。端的に言えば、「ひどく悲しそう」。これには合戦を勝手にけしかけていた僕も流石に慌てた。え、何だ?どうした?いい、なあ?そこまで考えてやっと合点がいく。そうだ、ウロは食べたくても自分じゃどう転んだって食べられないじゃないか。ケーキ、好きそうなのに。好きだろうに。


 それを目の前で食べる、嫌がらせ。自分の仕出かしていることを自覚した途端に、大きな罪悪感が首をもたげた。食べたくても食べられない相手に、下らない反抗心でなんてむごい事を。ガキ臭いで済む話ではない。最悪だ。もし僕が食べられない側で好物をわざと見せ付けられたら、これ見よがしに美味しそうに食べられたら。即相手のポストに恨みの全力投函をしてしまうだろう。正直想像に難くない。



「はい、お待ちどう様。乃慧琉も喜んでたよ。よかったら感想聞かせて欲しいってさ。ああ、もちろんよかったら、の話だからね」

「あ、ええと、ありがとうございます」

 ここで、実にタイミング良くタルトが来てしまった。想像通り、とても美味しそうだ。それだけに罪悪感も半端無い。


「な、なあ、ウロ。」

「……」


 本格的に俯いてしまっているウロに、話しかけてみる。無論、返答は無い。しかし僕も、頼んだからには食べないわけには行かない。こんなの駄目だ。酷すぎる。

 何か、何か手はないだろうか。お仏壇に供える的な感じの方法とか。少ない知識を総動員して考えるが、慌てているせいかなかなか思い浮かばない。どうしよう、何だっけ、箸渡し?いや、違う。確か一番最初のを供えて?線香だっけ、何だっけ。木魚、あとチーンと鳴る何かを鳴らすことがあったような、無かったような。かき集めたこのあやふやな知識の中に、何とか一緒に食べられる方法は無いだろうかと考えて、僕はようやっと腹をくくった。


 ――駄目で元々だ、やってみよう。間違っていてもやらないよりはきっとマシだ。


 ざくり。

 先ずはタルトにフォークを刺し、切り分けてウロの分を空き皿に移す。次いで周りの視線を確認。よし、誰も見てない。傍から見ると無作法な振る舞いであろう事を心中で詫びつつ、仕上げにティースプーンを机に当て軽く音を鳴らす。コン。何か音が違うが、どうだろう。一通り試して見た所で、もう一度ウロを見遣る。恐る恐る掛けるのは、謝罪の言葉。


「これで、一緒に食べられたりしない、か? ごめんな。嫌だったよな、目の前であんな風にしてさ。本当ごめん。もうしないよ、ウロ」

「……! 」


 どうだろう、大丈夫だろうか。そんな僕の心配を他所に、僕の言葉を聞いたらしいウロががばっ、と生身なら音がしそうな勢いで顔を上げた。


「いいの? 食べていい? ほんとう? 」

 彼女の瞳が、今までに無く輝いている。もしかしてこれ、いけるのか?期待を胸に、もう一押し。

「勿論。なあ、これで食べられそうか? 他にしなきゃいけない手順とかあったら言ってくれ。全部やるから」

「大丈夫、さっきので食べられるわ。えへへ、これ、タルトって言うんでしょ? 食べるのは初めてよ!どんなかな、どんなかな」


 僕の問いかけに存外明るく答えたウロが、先程までの様子が嘘のように無邪気にきゃっきゃと喜んだ。彼女の表情が明るくなったことに心底ほっとして、バレないように胸をそっと撫で下ろす。こうして見ている分には、普通の女の子みたいだ。タルトは初めて、とか言ってたな。って事は生前タルトがまだ日本になかったとか?やはり結構昔の幽霊なんだろうか。そんなことをつらつらと考えている内に、どういう原理か味わい終えたらしい彼女が満足そうに息を吐いた。


「あー美味しかった!ご馳走様」

 ぱん!と手を合わせて、締めの「ご馳走様」を紡ぐ。その表情は実に幸せそうだ。


「タルトって固いのね! でもすぐ崩れるわ。不思議」

「ああ、何かただ固いんじゃなくてザクザクって感じだよな、何でだろうな」

「そう、そうなの! それでね、上はクリームだけどもうひとつ上は酸っぱくて……兎に角美味しいの! アンタも食べるんでしょ、ね、食べて」

「……」

「な、何よ」


 興奮気味の彼女の言葉に思い浮かんだのは、「いや、食レポ下手だな」の一言だった。しかし、楽しそうなウロを見るのはなかなかどうして悪くない。彼女の笑顔がむすりと曇る前に、率直な感想は胸にしまったまま。熱のこもった食レポにつられて、僕も一口。


「うわ、美味い! 」

「でしょ!? 」

 感動を分かち合えたのが嬉しいのか、ウロが額をつき合わさんばかりに近づいてくる。

「ウロ、近い。食べづらい」

「いいじゃない、減るもんじゃなし! 」

「はいはい」


 ……ウロの感想も乃慧琉さんに伝えてみようかな、どうにかして。言葉選び壊滅的な食レポだったけど。








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