マーシャル闇討ち作戦③

太平洋:ポナペ島沖



 戦間期に建造された潜水艦『アルゴノート』は、設計の古さ故の問題に悩まされながらも、未だに現役であり続けていた。

 それは排水量の大きさが故と言えそうだった。小回りの利かない鈍重な艦であるのは事実だが、島嶼に特殊部隊を浸透させたりフィリピンのゲリラ組織に向けて物資を運搬したりと、色々役立つところがあるのである。


 そんな彼女は現在、ミクロネシアはポナペ島沖を遊弋していた。

 ニューアイルランド島付属のリアールとかいう小島に、沿岸監視部隊と無線機材を送り込んだ帰りである。任務自体は成功裏に終わり、後は根拠地としているクェゼリン環礁に戻るだけとなったのだが――艦長のホルマン少佐はやたらと血気盛んで、ここで攻撃的な作戦を思いついた。


「そうだ、コロニアの飛行場を砲撃しよう」


「ええッ!?」


 副長以下の何名かは、それを聞いて怪訝な顔をする。

 確かに『アルゴノート』は6インチ砲2門を搭載しており、何度か対地射撃を行った実績もあった。とはいえ馬鹿が駿河湾でガトー級を座礁させるという大失態をやって以来、潜水艦隊の被害は増加傾向にあったし、実のところ砲撃の精度はよろしくない。となれば無意味な危険だけがあるのではと、彼等は条件反射的に思ったのである。


 だがどうした訳か、ホルマンはここで退かなかった。

 そもそもポナペ島周辺に敵艦はほとんど存在しない。日本軍はトラック諸島より東を捨て石としているようなのだ。にもかかわらず先日、妙な大編隊がこの辺りに着陸しようとしていたのが確認された。何かある、そう考えるのが自然だろう。


「まあ囁くんだ。俺のゴーストが、やれってな」


「艦長、お化けの類でも飼ってるんで?」


「違う。ともかく砲戦用意だ、砲戦用意」


 そんな具合に決断がなされ、『アルゴノート』はゆっくりと回頭した。

 射撃の反動で艦体がひっくり返ってしまわぬよう、6インチ砲はほぼ艦首方向に向けて撃たねばならぬのである。それでも悠長に砲戦に移らんとする彼女を、阻止し得るものなど何もない。





ポナペ島:コロニア飛行場



「何だァ、そりゃあ……恐ろしいこともあるもんだなァ」


 第521海軍航空隊の鮫島中尉は、指揮所で椰子ジュースを飲みながら、世にも不思議な物語に戦慄する。

 現地の天候だか何だかで、未だ待機が続いていたので、自然と怪談などする流れとなった。すると事情通で知られる予備学生同期の高津戸中尉が、第二の『畝傍』遭難事件について話し始めたのである。つい1か月ほど前、これまたフランス製の軽巡洋艦『ラ・ガリソニエール』を佐世保へと回航させようとしていたところ、南シナ海で行方不明になったというのだ。


「とはいえ潜水艦にやられたとか、そういうのではないのか?」


「あの辺はほぼ、米潜の活動が確認されておらんそうです」


 高津戸はすぐさまそう反論した。

 実際、現場となったのは仏印はカムラン湾の沖。海峡部に敷設された機雷堰と哨戒機群、対潜機動部隊の活躍もあって、両シナ海は未だ聖域に近い状況となっている。彼等が愛機が銀河陸爆で更新されているのも、訓練時間を十分に確保できたのも、主要航路帯の安全が守られているが故とも言えるだろう。


「加えて被雷したとしても沈没までに一報を打つ余裕はあるでしょうし、轟沈としても爆発音やキノコ雲、漂流物などで分かるかと。それらが一切ないというのは奇妙です」


「なるほど、それもそうだ」


「案外、大変にしょうもないミスだったりするかもしれませんよ」


 ちょうど通りかかった宇津美特務少尉が、唐突にそんなことを言う。


「あるいはまず起きないので端から無視されているようなのが原因だったりとか。世の中不思議なもので、賽子の目が15回連続で丁になったりすることもあります」


「ええと、3万と2768分の1か」


 鮫島は1024に32を掛けて暗算し、


「まあ博打ならあるだろう。だが現実にそんなことが……」


 言霊というのはあるのだろうか。まさにその瞬間、目の前で起こった。

 奇跡的な低確率を乗り越えてコロニア飛行場へと突き進んでいた6インチ砲弾が、更なる数理的関門を超えて、駐機場へと落下してしまったのである。しかも弾着点に爆装した銀河があったからたまらない。それらは次から次へと誘爆し、焼け爛れたジュラルミンの塊に変わってしまった。


「ど、どういうことだよこれ……」


 轟音に驚き、待機所の外へと飛び出した鮫島は、視界に飛び込んできた光景に愕然とした。

 愛機を始めとする十数機が炎上しており、機付の整備員達が逃げ惑う。攻撃隊は壊滅状態だった。襲撃すべきマジュロの気象は、ようやく回復し始めたらしかったが……暗雲が垂れ込めるどころでない状況に、丹作戦は追いやられてしまったのである。





太平洋:オーシャン島沖



「おいおいおい、いったい何の冗談だそれは?」


 第七航空戦隊、それから丹作戦部隊を率いる高谷少将は、頭を抱えざるを得なかった。

 攻撃の主力であるはずの銀河隊が、ポナペ島で待機中に砲撃を受けて被害甚大だという。何でも相手は潜水艦で、一方的に撃ちまくられた挙句に取り逃がしたというから言語道断であった。


 それからやり場のない猛烈な苛立ちが、脳味噌をぎりぎりと絞め上げてくる。

 あまりにも理不尽で、眩暈がしてきた。戦は生き物に他ならず、物事が予定通りに進まぬのも世の常とはいえ、どうしてこんな事態になってしまうのか分からない。確かにちょっとは罰当たりなこともしているかもしれないが、流石にここまでされる謂れはないというものだろう。

 とすれば、変な呪いでもかけられているのだろうか、主力艦撃沈の戦果に恵まれんのもそのせいで――まったく非科学的な思考が首を擡げてくる。


「少将、しっかりしてもらわんと困りますぞ」


 敢然たる口調でそう言うは、第666海軍航空隊の長たる打井中佐。


「起きちまったことはどうしようもありません。さっさと頭を切り替え、これからどうするべきかを考えるべきでしょう」


「ダツオ、んなことくらい言われんでも分かっておる」


 高谷は多少苛立ちながらも、どうにか気分を立て直した。

 指揮官なら如何なる状況にあっても泰然としていなければならぬ。不言実行が何より重要であるし、せっかくの出世の機会を逃す訳にもいかぬのだ。


「とりあえず、作戦を中止しろと言われておらんのだな?」


「間違いありません」


 通信参謀の佃少佐が大きく。


「無論、悪質な爬虫人類めが改竄を企てた可能性も……」


「デンパいい加減にしろ。まあとりあえず作戦を続行する他ないな」


「そうです。自分達だけでアメ公のチンピラゴロツキを撃滅し、連戦連勝して手柄を独り占めするいい機会と考えればいいかと。銀河隊を護衛する必要もなくなった訳ですから、かえって作戦の自由度が高まります」


「うん? ダツオ、やけに自身満々だな?」


「無論です」


 打井は目をぎらつかせながら応じ、


「自分は常々よりチンピラゴロツキ撃滅に心血を注いでおりますし、我が666空は闇討ち作戦に備えて血の滲む訓練を実施、錬度Aの夜戦能力者を増やして参りました。加えて新兵器もありますので、銀河隊がおらんくらいどうということはありません」


「新兵器……ああ、あれか」


 少しばかり首を捻り、高谷はどうにか思い出す。

 サイパン島の航空基地に搬入したと思ったら、何時の間にやら戻ってきていた。そんな妙竹林な経緯でもって、陸海軍共同開発の新型滑空爆弾が『天鷹』に積み込まれているのである。


「実のところ、使い物になるのか?」


「うちで試した時はちゃんと当たりましたね。まあ試験を通ってるんですから大丈夫でしょう。そういう訳です、とにかく一刻も早くメリケンゴロツキ撃滅を」


「分かった分かった。まずは作戦自由度の高い航路を……ってメイロの奴、何チンタラしておるんだ?」


 そんな具合で、航海参謀たる鳴門中佐が呼び寄せられる。

 "渦巻き航法"なる韜晦戦術を佃少佐とともに考案し、敵索敵機の目より丹作戦機動部隊を逃さしめている彼は、どうしてかこのところ痔に悩まされていたようである。


 まあそれはともかく作戦は練り直され、『天鷹』を始めとする7隻は揃って舵を切った。

 未だ陥落だけはしていないマキン島の沖を、発達中の低気圧を巧みに利用する形で通過。そうしてマーシャル諸島東方沖へと抜け、予想外の方角より仕掛けるという、なかなかに大胆不敵な戦術だ。遅まきながら司令官室に現れた鳴門が言うには、強面の輩も案外と後ろは弱いとのことである。

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