超大型好敵手艦あらわる!
ニューヨーク:ブルックリン海軍工廠
世界で最も大きな軍艦はと問われたら、恐怖の代名詞たる大和型戦艦を大勢が挙げることだろう。
だが近いうちに、具体的に言うならば数か月以内に、それは歴史上の記録になり下がる。気障な雰囲気の艤装委員長のベケット大佐は大いに胸を張り、居並ぶ記者達を前に高らかに宣言した。
とはいえそれが過信の類に非ざることは、居合わせた全員が直感的に理解していた。
海軍工廠において三交代制の突貫工事で艤装が進められている、見る者を圧倒して憚ることのない航空母艦『ラファイエット』。かつてCGT社の豪華客船『ノルマンディー』として大西洋の両岸を結び、有閑なる人々をして洋上の宮殿と言わしめた排水量8万トン超の彼女は、母国フランスの降伏や改装工事中に危うく全焼しかけた事故といった不運を乗り越え、今まさに史上最大の戦闘艦へと生まれ変わろうとしているのだ。
「まさしく改装なった彼女こそ、海の女王と呼ぶに相応しい」
ベケットは拳を振り上げてその威容を讃え、
「この『ラファイエット』が就役した暁には、枢軸などあっという間に叩いてご覧に入れます。敵が南雲機動部隊であれ大和型戦艦であれ、あるいはあの忌々しい食中毒空母であれ、等しく鎧袖一触というもの。そうして太平洋を我々の手に取り戻し、返す刀で欧州奪還作戦を実施、この偉大なる名を受け継いだ艦もまた、両大陸、それから両大洋の英雄となるのです」
「素晴らしい!」
「早くジャップ野郎どもをぶっ叩くところが見たいものだ」
「俺も従軍記者になってこいつに乗り組みてえ」
記者達が目を輝かせ、ザワザワとどよめく。
これまで海軍といったら、端的に言っていいところなしだった。日本の艦隊型航空母艦は『加賀』と『蒼龍』、それから幾分小型の『龍驤』くらいしか沈められていないというのに、合衆国のそれは7隻も喪われてしまっており、挙句の果てにシアトルへの爆撃まで許してしまうという体たらくである。
だが毎月のように就役しているエセックス級に加え、超大型の『ラファイエット』が戦列に加わろうとしている。
そうなれば戦局の全てが変わるに違いない。旭日旗を掲げた航空母艦を全て海の藻屑とし、東京だの大阪だのといった都市を片っ端から空襲していく。そんな輝かしい未来に期待を膨らませた者達は、ベケットがちょっとした演説を終えるや、次々と挙手をして質問を投げつける。
「先程、クソッタレな食中毒空母を挙げられましたが」
どこぞの大新聞の名物記者が尋ね、
「この『ラファイエット』と食中毒空母の違いについて、お聞かせ願いたい」
「無論、何もかもが違います。排水量で比較しても3倍弱、航空機搭載数も150機と桁違い。あれの最高速力は25ノットやそこらで、機動部隊随伴に難があるくらいですが、『ラファイエット』は元から32ノットだからお話になりません。ですが……もっと大きな違いもあります。質問に質問で返すなと言われそうですが、何だかお分かりですか?」
「ええと……いったい何でしょう?」
「我等が『ラファイエット』の乗組員には、一流のコックが調理した最高級のステーキが毎晩支給されるため、腐ったコメが夕食に出るようなことは絶対にない。つまり食中毒とは無縁だということです」
ベケットの投擲した冗談が、場に爆発的なる笑いの渦を巻き起こした。
各紙朝刊の一面記事は、これにて決まったようなものである。なおそんな軍事情報を堂々と紙面に掲載できてしまったのは、中華民国が連合国より脱落したという一大事変に世論が動揺する中、少しでも国民の士気を高める必要があるとの判断があったためだ。当然ながら、報じられた内容は中立国などを経由し、日本やドイツへと伝わっていく。
佐世保:航空母艦『天鷹』
酒と喧嘩には滅法強い高谷少将も、今日ばかりは頭痛を堪えるに必死であった。
第七航空戦隊司令官着任と大陸戦線終結という朗報が重なり合った結果、航空母艦『天鷹』において、空前絶後の大無礼講が開催されたのである。ようやくのこと古巣へと帰り着いた安堵感と、ヤンヤヤンヤと人目を憚らずバカ騒ぎする将兵の享楽的雰囲気がため、彼もまた尋常でないくらい飲み過ぎてしまい、翌日の昼になっても頭がまともに働かないといった具合だった。
そのため高谷は艦の通信室に押しかけ、米英の短波放送を聴くなど安静にしていた。
性格が根っからのバンカラであるから、軽佻浮薄でハイカラな音楽は耳障りで大嫌いである。それでもニュースの類をつぶさに分析していると、謀略目的で発振しているものだから嘘八百なのは百も承知としても、敵軍がどう動きそうか朧気ながら見えてくる――と大西は言っていた。小沢長官のように五か国語を楽に聞き取れるという程ではないが、英国海軍の仮装巡洋艦艦長と果し合いの前口上を交わす程度の語学力はあるので、それをもって情報収集に勤しむのである。
「カナダ、ケベックにて再び米英首脳が会談。対枢軸総反攻に関する協議が加速」
「米産業界は月間5000機の航空機生産目標を2割超過で達成」
「ニミッツ太平洋艦隊司令長官、西海岸防衛を確約。学童疎開は不要との見解」
アメリカ英語の報道はかような具合に続いていく。
南京政府への合流を遂に飲んだ蒋介石が、それと同時に公表した大反省文に関しては、綺麗さっぱり無視されているようだ。大東亜戦争が真に名が体を表す状況となり、大東亜十億の人種的闘争という側面まで帯び始めたことについては、植民地主義の連合国としては触れたくないのだろう。
ただそれでも、3万トン弱の艦隊型航空母艦を、起工から2年ちょっとで就役させているというから驚きだ。
しかも電波情報などを総合する限り、政治宣伝での文句という訳でもないようだから恐ろしい。海軍力は一度喪うと再建が容易でないというが、米国は例外なのだろうかと思えてくる。
「ですが腕のいい水兵はそう簡単に増やせませんし、将校なら尚のことでしょう」
新たに『天鷹』艦長になり遂せてしまった、色ボケの陸奥大佐が言う。
「つまり右も左も分からんお嬢様がたが、これからぞろぞろとやってくるって訳で、まさしく入れ食いではないかと」
「ムッツリな、いい加減そういうのは止めたらどうなんだ?」
高谷は大きく溜息。
遊ぶなら玄人にしろ、素人に手を出すな。海軍では昔からそう言われるが……良家のお嬢様を遊び半分で、言葉巧みに拐かしたのが若い頃のこいつであったと思い出す。一応は責任を取ってはいるものの、毎度この調子だから不憫に思えてくる。
「まあ表現はともかく、中身はその通りかもしれんがな」
「間違いありません。今度こそ『天鷹』に手柄を立てさせてやりましょう」
「うむ。今度からそっちだけ言うことにしろ」
バッサリと切り捨て、再び個人的情報収集活動を開始する。
今度は超大型航空母艦の話題であった。大西洋航路を結んでいた豪華客船が、ニューヨークの工廠で改造されているとのこと。しかも8万トンのとんでもない艦ということで、俄然興味が湧いてきた。
だが――ラジオを傍受しているうちに、高谷の怒りは有頂天に達した。
ブルブルと震えた手で三日月刀に手をかけ、やたらめたらに振り回しかねない剣幕だ。
「アメ公ども、舐めたこと言いがって! 絶対ぶっ殺しちゃる!」
「司令官、どうされたので?」
「ムッツリ、あいつら事もあろうに……我が『天鷹』を公共放送で侮辱してきおった! 元が満洲の田舎客船の空母と、ブルーリボン賞の豪華客船を改装した空母では次元が違うだの、食中毒の心配はないだのと抜かしおる!」
「ええ……」
「決めた、決めたぞ! かの空母を我等が手でもってボッコボコに叩き潰し、海の藻屑としてやるのだ! そうして米国人の空っぽの脳味噌に、『天鷹』の名を……」
怒鳴り散らしていた高谷の顔が、急に赤から青へと急転する。
そうして大きく目を見開き、全身に電撃でも走ったかのように慄然とする。今度はいったいどうしたのかと、周囲の者達が顔を見合わせる中、彼は弾丸列車さながらの速度で厠へと駆けて行った。要するに腹が下っていたのである。
なお今回の原因はといえば、前日に食った支那事変終結記念の中華丼だった。
大東亜共栄軒という流行りの定食屋が作った代物なのだが、殺到した注文に対して手数がまるで追い付かず、管理がいい加減になったものが出てしまった。それらは何の因果か『天鷹』に持ち込まれ、高谷を含めた複数人の被害者を出したのだが――食中毒はあそこの十八番で何時ものことだからと、事件は有耶無耶にされてしまったのである。
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