第55話 神崎沙綾、初めての腕枕で目覚める

 いつもと違う布団の固さ、いつもと違う枕の感じに、沙綾はパチッと目が覚めた。


 程良い固さのベッドにフカフカの羽毛布団はグリーンウッドの良い香りがし、頭の後ろの枕は……温かくて少し固い。お腹の上には重い物体が乗っていて、足の上にも何やら絡みつく物体が……。身動きがとれない。しかも暑い。


 動く頭を横に向けると、びっくりするくらい整ったご尊顔が目の前に?! 睫毛長ッ! 鼻筋高ッ!

 頭の後ろにあったのは昴の腕で、全身で抱き込まれていた。冬なのに暖房いらずとは、なんて省エネ。いや、暖房代ケチりたくて一緒に寝ている訳じゃなかった。


 なんとか昴から抜け出そうとモゾモゾ動いていると、寝ぼけた昴にさらに抱き込まれ、お腹のあたりに立派に主張している昴のスバル君が当たる。


 昨日はこれで……。


 沙綾の頬がカッと赤くなる。昨日は昴が言う通り、身体中いたるところを舐められた。そして昴の……。


 沙綾はあまりの脳内のモザイク映像(昨晩のアレやコレや)に身悶えする。といっても、実際には昨日は未遂で終わっている。お互いに生まれたままの姿になり、誰にも見せたことのない場所まで見られ、触られ、舐められはしたが、最後までは致さなかった。沙綾が拒否したからでも、昴のスバル君が反応しなかったからでもない。


 コンドームがなかったのだ。


 いざッ!となった時に、その事実に気づいた昴は、マンションのコンシェルジュに連絡して持ってきてもらおうとしたが、沙綾が全力でそれを止めた。それこそ、スマホを破壊する勢いで止めた。これからも毎日顔を合わせるというのに、そんな物をわざわざ買いに行かせるなんて有り得ない。

 第二案として、コンビニまで昴が買いに走ると言ったが、盛り上がった雰囲気が中断されて、また最初から……となるのは初心者の沙綾には恥ずかし過ぎて無理だった。

 だからと言って、ナマ……はもっと有り得なく、だから、アレを使ってこう……。


 思い出しただけで、全身が茹でダコのように赤くなる。沙綾は昨日昴がしたことの言い方(素股)を知らなかったが、衝撃的な出来事だった。


「……はよ」

「おはよう……ございます」


 沙綾がモゾモゾ動いたせいか、目を覚ましてしまった昴の少し掠れた寝起きの声は、沙綾の下腹部に直撃する程色気が溢れ出ていた。


「身体、大丈夫? 」

「ひゃい! 」

「……クスッ、可愛い、大好き」


 真っ赤になって縮こまる沙綾を見て、昴は甘々な笑顔をダダ漏れにして沙綾の旋毛に口付けてギュッと抱きしめてくる。今までも沙綾には甘い昴だったが、昨日の件があってから、さらに砂糖菓子をまぶしたかのように雰囲気が甘く柔らかい。


「な、今日はちゃんと用意するから、そうしたら最後まで……いい? 」


 昨日は恥ずかしかったけれど、全く嫌ではなかった。なんて言うか……、事ある毎に「これ嫌じゃない? 怖くない? 気持ち悪いことない? 」とお伺いをたてられ、「大丈夫です」と答えると、さらに根掘り葉掘り聞かれ、最終的に「気持ちいい」という言葉がでるまで言葉と手と舌で翻弄された。

 一度「気持ちいい」を自覚して声に出してしまうと、後は雪崩落ちるように気持ちいいしかなくなった。今思い返すと羞恥しかないが、あられもない格好で、ひたすら「気持ちいい」を連発させられた気がする。

 アレが普通の性行為なのかはわからないが、経験豊富な昴が普通だと言うのだから、きっとみんなしていることなんだろう。


「ね、沙綾。返事は? 」


 沙綾はコクリと頷く。

 今晩、昴と……。

 恥ずかしくて顔が上げれない沙綾をさらに抱き込んだ昴は、「あー、可愛過ぎる」とつぶやくと、ガバっと起き上がった。二人を覆っていた布団がその勢いで捲れ上がり、二人の上半身が露わになる。昨日洋服を着て寝た記憶はないから、当たり前だが素っ裸の状態で、沙綾は慌てて胸を隠す。


「朝ご飯、外で食べようか。ってか、もうすぐ昼だな。先にシャワーかな」

「ですね」

「一緒浴びる? 」

「む、む、む、無理」


 昨日は昨日、今日は今日。

 自分でさえ見たことのない場所を見られたとは言え、いまだ羞恥心は健在だ。そのうち気にしなくなるのかもしれないけれど、今はまだ明るい中真っ裸を晒す度胸はない。見せて楽しい身体でもないし。


「いつかね。……約束」

「はい。もう少し耐性がついたら」


 沙綾の両親は比較的仲が良い方だと思う。仲良しの秘訣は、毎日同じベッドで眠ることと、お風呂も一緒に入れる時は入ることらしい。後は、お休みの時は大抵二人でどこかに出かけている。比較的というか、かなり仲良しかもしれない。

 だから、そういう関係になったら、こうして毎日同じベッドで眠って、お風呂も……。


「シャワー、先に浴びる? 」

「いえ……お先にどうぞ」


 スッポンポンの状態で、昴の前でベッドから下りてお風呂へ行く勇気はない。


「ん。じゃ、行ってくる」


 昴は沙綾の唇に触れるだけのキスを残すと、どこも隠すことなく素っ裸のままベッドから下りて、見事なまでに均整のとれた後ろ姿を晒して部屋から出て行った。


 なんて、なんて、なんて、美しいの?!


 顔の美醜に大して拘りはなかった沙綾だが、昴の肉体美に新しい扉を開けてしまった気がした。昴は骨格自体もパーフェクトの上、アスリートのような細みの靭やかな筋肉がついていた。あの筋肉があるから、スーツ姿が素晴らしく様になるし、何を着ていてもモデル以上に着こなせるのだろう。何より、引き締まった大臀筋。眼福です。


 筋肉フェチではなかったのだが、昴の裸は綺麗過ぎて目が離せなかった。あの完璧過ぎる身体を見た後で自分の裸に目をやると……。ないな。なさ過ぎて笑いすらでてくる。

 細いだけの身体は、筋肉もなければ贅肉もなく、凹凸なんかどこいっちゃったの?というレベルだ。

 それでも、こんな身体にも昴は反応してくれた訳で……。沙綾はマンションについているジムに通おうと決意する。せめて自分の身体に自信がもてれば、一緒にお風呂の難易度も下がるかもしれない。


 昴がシャワーを浴びている間に、沙綾は脱ぎ散らかした服を撤収すると、新しい下着と洋服を着てお茶をいれておいた。昴と交代でシャワーを浴び、軽く化粧をした沙綾は、さっき着た洋服ではなく、タートルネックのセーターにジーンズ姿に再度着替えてリビングに戻った。


「あれ? また着替えたの? 温かそうでいいね」

「浅野さん、つけ過ぎです! 」

「うん? 」

「キスマークですよ。これ、月曜日までに消えますかね」


 脱衣所で洋服を脱いだ沙綾は、鏡に映った自分の姿にギョッとした。首筋、胸元、お腹、腕も足も柔らかい所に散りばめられた鬱血痕。あまりの数の多さに、病気みたいで気持ちが悪い。しかも、首筋などバッチリ見えるところにもついていたのだ。


「消えない……かな? 」

「かな? じゃありません! 私、制服なんですよ? 髪の毛下ろしたら隠せるかな」


 いつもスーツで出社し、会社で庶務の制服に着替えている。必ずしもスーツ着用の義務はないから、通勤はなんとか誤魔化せても、ワイシャツにベストにスカートの制服姿では隠しようがない。首筋のも隠せないだろうが、鎖骨辺りに散らされた物も多分見えてしまうだろう。


「見えてもいいじゃん」

「社会人として駄目でしょう」

「大人の証。それに、沙綾に彼氏がいるんだって周知できるじゃん」

「そんな羞恥いりません」

「だってさ、俺が彼氏だって年末にバレた筈なのに、いつの間にかデマ情報扱いされてるんだもんな」


 昴は凄く納得がいかなそうだ。


「しょうがないですよ。浅野さんと私ですから」

「だから、毎朝一緒に出社しようって」

「嫌ですよ。浅野さん、絶対に手を繋いでくるじゃないですか」

「そりゃそうだ」

「会社は仕事しに行くところですからね」

「可愛い沙綾に変な虫がつかないように、精一杯アピールしたいんだけど」

「つきませんよ、そんなの。だから、こんなのでアピールしないでください。と言うか、見える場所につけるのは禁止です」

「……見えない場所なら良い? 」


 昴に抱きしめられ、耳元で囁かれて、昨晩いやというほど耳も可愛がられた沙綾は、身をすくめて身体を揺らした。変な声が出そうになり、思いっきり歯を食いしばる。


「……好きに、好きにしてください」

「ハァッ……。そんなこと言うとね、本当に好きにされちゃうからね」

「浅野さんなら、大丈夫です。怖いことしないから」

「ハァッ……。まぁね、気持ちいいことしかしないけどさ」


 何故かため息ばかり吐きながら、昴はしばらく沙綾を抱きしめたまま頭に頬擦りして離してくれず、結局朝ご飯は昼ご飯と兼用になってしまった。

 そして、ご飯後に薬局に連れて行かれた沙綾は、キスマーク対策として昴にコンシーラーとファンデーションを買ってもらった。その際、ごくごく自然にコンドームの箱を三箱レジに置いた昴に、ギョッとした沙綾はお会計は昴に任せてそそくさと店を後にした。

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