第56話 浅野昴の日常、神崎沙綾の日常
最ッ高〜な週末を迎えた昴は、ひたすらご機嫌で営業先を回っていた。
土曜日に初めて身体を繋げ、少し箍が外れて沙綾に無理を強いてしまった感はある。今までのセックスが何だったんだ?! というくらい、好きな相手とのセックスは気持ちよく、昴はセックスを覚えたての少年のようにがっついてしまった。
なにせ、そういう知識に疎い沙綾は、昴が要求することに恥ずかしがりはするものの素直に応じてくれ、初めてなのに「一回じゃ普通は終わらないよ」という昴の適当な発言に、「ちょっと身体が……」と言いつつも、求めるだけ答えてくれた。
それこそ寝食も忘れて二人で過ごし、気がついたら日曜日の夕方までベッドで過ごしたのだった。
「昴」
週末のアレやコレやに意識を飛ばしていた昴は、電車を下りたホームで声をかけられた。最初は自分だとは思わなかったが、グイッと腕を引かれてやっと振り返る。
目の前には、黒髪ストレートで整った顔立ちの清楚系美人がリクルートスーツを着て立っていた。
「……どちら様でしょうか? 」
かなり若めの女だ。二十代前半だろうか?
「酷い! 私よ私! 」
声に聞き覚えはある。昴の名前を呼ぶくらいなのだから、知り合い……主にベッドの中だけの……なんだろうが、こんな若くて清純そうなのに手を出した記憶はない。地味なリクルートスーツを着ていても、その下にナイスバディが隠されているのは、パッと見ただけでもわかるが、いくら昴でも体型だけで関係をもったりはしない。
反応の薄い昴に焦れたのか、女は昴の腕に腕をからめてくっついてきた。わざと胸を押し付けるその行為に、昴は思いきり眉をしかめる。が、女が近寄ったことで、そのきついフローラルの香りが鼻につき、その匂いの主を思い出した。
「山田……さん? 」
山田美和、サンヨウの孫娘で昴の過去のセフレ。
髪型、髪色、化粧まで変えて、全くの別人のようだった。別人を名乗って目の前に現れれば、きっとわからなかったに違いない。つまり、そこまで化粧で盛っているということで、女は化けるとはよく言ったものだ。
「美和。名字呼びなんて他人行儀でイヤよ」
「他人だから」
昴は美和の手を自然な動作で解いた。あまりくっつかれてまた匂いがうつっても困るし、会社の最寄り駅だから知り合いに見られても困る。
「ね、これからお昼一緒しましょ」
「仕事中だから」
「あら、もうすぐお昼時間でしょ」
「一旦会社に戻らないとだから」
「なら待ってる。会社の前に喫茶店あったわよね」
昴がKANZAKIの社員ということはバレているのはわかるが、会社の回りのことまで把握しているということは、会社を下見に来ているということだろうか?
まさか、ストーカー?
「ストーカーじゃないからね。インターンシップの面接で来たの。まぁ、面接って言ってももう決まってるけど」
「インターンシップ? 」
「そ、大学の単位なのよ、インターンシップ。来週からしばらくKANZAKIで働かせてもらうから、よろしくね、せ・ん・ぱ・い」
「ごめん。会社戻らないとだから。あと昼は弁当だから、君とはとれない。じゃあ」
昴は美和を振り切るように背中を向けて歩きだした。美和も特には追いかけてはこなかったからホッとする。
幸せの絶頂に浮かれる昴に、面倒事がやってくるまでのカウントダウン、あと七日。
★★★
……腰痛が。
沙綾は痛む腰を擦りつつ、ややへっぴり腰で出社した。
それにしても、世の恋人達はあんなにハードな性生活を送っているんだろうか?
土曜日の昼過ぎからグズグズになるまで溶かされ、弄られ、初めての筈なのに痛かったのは一瞬だけだった。さすが経験豊富なだけあるなと感心しきりだったけれど、感心できたのは一瞬で、後はいまいち記憶があやふやだ。声がでなくなるなるほど何回も揺さぶられ、寝たのか気絶したのかわからない状態を何度か繰り返した。でも覚えている限り、常に昴のスバル君は沙綾の中に収められていた。
世に言う絶倫というやつなんだろうか?
昴的には、「みんなこんなもんでしょ」ということだったけど、本当にそうなんだろうか? 比較対象のない沙綾には、そうだとも違うとも言いようがない。
しかし、他人がどうあれ、昴がそういう人であるのなら、昴の彼女は自分なのだから、とことん付き合う必要があるのかもしれない。
あれに付き合えた過去の昴のセフレは、どんだけ体力お化けだったんだと、感心というか……ちょっとひいてしまう。
これが毎日とか、多分死んでしまう。寝不足と筋肉痛で。トレーニングも、休養が必要と言うじゃないか。
回数と頻度は要相談だなと思う一方、本格的にジムで体力作りをしようと沙綾は密かに力こぶを作って決意する。
「おっはよー」
会社に入る寸前、沙綾は背中を強く叩かれてよろけた。今まで親しい友人などいなかった沙綾に、朝の挨拶をしてくる人間は皆無だった。そんな沙綾に声をかけてくる人間は、今の所一人しか思いつかない。振り返って見ると、やはり結菜がそこに立っていた。
「おはようございます」
「なによ、ヨロヨロ歩いてたけど、どっか怪我でもした? 」
そう思うのなら、もう少し穏やかに挨拶してくれてもいいのにと思いつつ、沙綾は引き攣った笑顔を向けた。いつも視線を合わせない沙綾が大進歩である。
「怪我……ではないんですが」
「ふーん、じゃ、ヤり過ぎ? 」
「ブッ……。結菜さん! 朝から卑猥です」
「えー、別に何をとは言ってないけどぉ。そっか、卑猥なことヤり過ぎちゃったのか。ふーん」
赤くなってオロオロする沙綾に、結菜はニマニマ笑顔を向ける。
「色々聞きたいことはあるんだけど、ね、昼ご飯一緒しようよ」
「私お弁当ですが……」
「じゃ、私も何かコンビニで買ってくるから。お昼に迎えに行くから。後でね〜」
沙綾が返事をする前に結菜は会社のビルに入っていってしまい、沙綾はその後ろ姿に「また後で」と小さくつぶやく。
沙綾が初めて友人とランチをするまで、あと三時間半。どこぞの誰かが沙綾に爆弾発言するまで、あと七日。
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