第53話 神崎沙綾は意識の擦り合わせをする
「す、すみません」
「え、何が? 」
沙綾が謝ると、昴は沙綾の太腿を握ったままキョトンとした顔をする。
「こんな棒みたいな足、触りたい訳ないのに、触りたいですか……なんて聞いてしまって。……そんな訳ないのに」
「え? 触りたいでしょ? 」
「え? (沙綾)」
「え? (昴)」
お互いに「?」な表情で顔を見合わせた。
付き合ってから四ヶ月、キスやハグをするようになってから、回数だけは多いとは思うが、それが性的な流れになったことがなく、いまだに唇を合わせるのみのキスから進展していない。外人並みにハグキスは挨拶代わりとなっていた。
沙綾に色気がないから、昴の食指が動かないのだろうと思って、結菜の全面協力の元こんな格好までしてみたが……。
沙綾が「触りたいですか? 」などと余計なことを聞いたから、昴は触りたくもないのに触ったのだと思った。それくらい色気もへったくれもない触り方で、勢いつけなきゃ触れないとばかりにガッツリ太腿を握られたから。ここからどうやってお色気の方向に持っていくのかもわからないし、下手したら「触らせてくれてありがとう」「どういたしまして」と、笑顔で終了しそうだよなとすら思えた。
だからこその沙綾の謝罪だったのだが、昴は「触りたい」と言ってくれ、そんな訳ないと言う沙綾に、心底分からないと首を傾げている。
「浅野さんは……私に触りたいとか思わないのかと思ってました」
「は? 」
「セフレが必要なくらい性的欲求が強い浅野さんが、私にはそういう面を出さないので……私は家族枠なのかなって」
「は? 」
目を見開いて、口までポカンと開けたびっくり顔は、普通ならばマヌケに見える筈なのに、やはり昴はどんな表情をしていてもイケメンだった。沙綾はとんでも発言をしている自覚はあるものの、その頭の片隅では昴のイケメンぶりに感心していた。
「ちょっと待って! セフレとかそういうのはもうないから、とりあえずあっちに放っといて、沙綾が家族枠? うん、大切な奥さん枠だよ。そこ以外のどこにも当てはまらないよね」
「お母さん……とか、姉妹とか」
「ハァッ? 」
びっくりしながらも、いまだに昴は沙綾の太腿を握っている。ちょっと力がこもり過ぎて痛いかもしれない。少し足を引いてみるが、昴の手は離れなかった。
「ない……ですか。そうですか。それなら良かったです」
「ないです! 」
「てっきり、浅野さんはスキンシップ過多のインターナショナルな方かと……」
「バリバリの日本人だから。キスもハグも…(今は)…好きな相手としかしない」
微妙な間に、沙綾はジトッと昴を見上げる。昴は誤魔化すように軽く笑うと、沙綾をギュッとハグして唇にチュッとキスをした。やっと離してくれた太腿は少し赤くなっていたが、昴の手の温かみがなくなって、ちょっと寂しいようなホッとしたような。
「できれば、いますぐにでも奥さんになって欲しいよ。全部、全部、俺のにしたい。……でもさ、沙綾に怖い思いをさせたくないし、何よりそういうことして、やっぱり無理!とか言って俺の全部を拒否られるのが一番怖いんだ」
「……」
昴を全拒否することはないと思うけれど、実際にそういう場面になってみないと、どれくらい受け入れられるのかは不明だ。昴ならば大丈夫だとは思うし、ケントとは全然違うというのはわかってる。わかってはいるが、触られた時にトラウマが発動しないかどうかは、やってみないとわからない。
とりあえず、さっき触られたのは大丈夫だったけれど……。
「浅野さんは……私と……したいと思いますか? 」
「すっごくしたい! 」
おー、ワンテンポも間がなく返事がきたよ。
「……私で本当に大丈夫ですか? 」
妄想の沙綾では元気になったとして、いざ実物の沙綾を目の前にして、思っていたのと違うと萎えられたら、それこそ第二のトラウマになりそうだ。
「何をもって大丈夫か聞かれているかわからないけど、沙綾が沙綾なら、チ○コついてても大丈夫な気がする」
「エッ……」
ここにきてホモ疑惑が再燃か……と、頬を引き攣らせながら昴から若干距離をとろうとすると、昴が慌てて沙綾を引き寄せて昴の膝の上に抱え込んだ。
「喩えだからね! それくらい沙綾だったらどんな沙綾でも大丈夫だってこと。第一ね、ちょっと沙綾の生足触っただけで、もうこんなんだし」
昴の太腿の上で横抱き状態になっているのだが、沙綾のお尻の下で何やら硬く主張している物体が……。しかも、昴はわざと沙綾の身体を自分の股関に密着するように抱きしめ、あまつさえグリグリと押し付けるようにしてくる。
どんな棒を隠し持ってるんだ?! というくらいの硬さで、さらにどんどん質量を増していくように感じられる。
「あ、あ、あ、浅野さん?! 」
「いつだって、俺は沙綾に発情してんの。わかった? 」
「わ、わかりました! 」
昴は沙綾を持ち上げると、ヨイショと沙綾の座る位置を替えて、昴のスバル君が当たらないようにしてくれる。でも、沙綾のドキドキはそんなに落ち着かなかった。
「俺はね、君のことが本当に好きだ。もちろん、女性としてって意味でだから。触れれば反応するし、触れなくても沙綾のこと妄……考えるだけで抜ける! いや、沙綾でしか抜けないし抜いてない」
すっごい爽やかな笑顔で最低エロ発言。それに妄想とか言おうとしたし。どんな妄想をしているのかは想像したくないし、そこは昴の頭の中だけで処理して口にして欲しくないところだ。
「……そうですか。お役に立てて何よりです」
「クッ……」
神妙に言う沙綾に、昴は顔を背けて肩を震わせている。どうやら爆笑したいのを堪えているようだ。
「……うん。すっごくお役立ち。キッチンでエプロンして料理している後ろ姿とか、誰も見たことないだろうくつろいでる部屋着姿とか、風呂上がりでツルンと赤いほっぺとか、もう堪らないよね! 」
そう言えば、そういう時にだいたいハグされてるかも。
どんな妄想しながらハグしてたのか……、経験のない沙綾には想像できなかったが、もしそんな時の昴の頭の中が覗けたら、未経験の沙綾は恥ずかし過ぎて鼻血を出していたことだろう。
「考えるのみに留めていたのは、私が慣れてないから? 拒否されると思ったから? 」
「だいたいはそんな感じ。あとは……」
昴はへニョリと眉を下げる。そうすると、年上の筈の昴に少年のような純朴さが見え隠れする。
「身体だけの関係は腐る程あったけど、自分から好きになったのは初めてなんだ。相手から誘われてってのが多くて、自分から誘いなれてないと言うか、いざどうやって怖がらせずにHの流れにもっていけばいいのか……」
純朴な少年ではあり得なかった。それはそうだ。相手は浅野昴なのだから。
「それは……私からお誘いしないといけないということ? 」
「いやいやいや、そんなの無理ゲーだってわかってるから」
「怖いかどうかはしてみないとわかりませんが、……浅野さんにギュッとされるのは好きです。キスも。さっき触られたのも嫌じゃなかったです。だからきっと……」
「え? それってOKってこと? どこまで? 洋服は? 脱がすのはあり?ちょっと細かく教えて」
満面の笑みを浮かべた昴が前のめりで聞いてくる。それでなくとも昴の膝に乗せられ近かった距離が、輪郭がボンヤリするくらい近くなる。
「それは……してみないとなんとも」
「する! していいの?! ちょっと待ってて! シャワー、すぐにシャワーしてくるから」
「いや、私もお風呂まだなんですが」
「エッ?! 一緒に入る? それもあり? 」
「それは別々で! 」
「じゃあ、すぐにお風呂沸かしてくるから。沙綾は浸かりたいよね? 俺、シャワーでいいから、沸かしながらサッとシャワーしてくる! 」
昴は口調も態度も大慌てで、でも沙綾を丁寧に膝から下ろして風呂場へ向かった。
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