第52話 浅野昴は撫で回したい

「ただいま」

「谷田部君遅い! 」


 玄関先に出てきたのは、帰り支度をした結菜だった。


「あ、寺井さんお疲れ様」

「結菜ちゃん、お疲れ〜」


 昴の後ろについてきた谷田部が、結菜にヒラヒラと手を振る。


「浅野さん、お邪魔しました。ほら、行きますよ」

「はいはい。浅野さん、ご馳走さまっす」


 お辞儀した結菜に引っ張られて、谷田部もペコリと頭を下げ、玄関のドアが閉まる。

 付き合ってはいないと言っていたが、二人の様子は彼女に尻に敷かれる彼氏そのもののようだった。


「沙綾? 」


 起きていればいつも玄関先まで出てきて「お帰りなさい」と言ってくれる沙綾が、今日は出てきていない。結菜が家にいたのたから、寝ているということもないだろうが、もしかして飲み過ぎて泥酔しているのかもしれない。昴はネクタイをゆるめながら廊下を進み、リビングダイニングへ続くドアを開けたが沙綾はいなかった。キッチンにもいない。すでに片付けは終わっているらしく、シンクまで綺麗に拭き上げられていた。


「……お帰りなさい」


 沙綾の寝室のドアが開き、沙綾が顔だけ出した。もう夜も遅いというのに、まだ化粧もおとしていないらしい。というか……、顔がちょっと違う。

 いつもより2割増しで目が大きくなり、眉毛も綺麗に整えられている。ヌーディーな色使いでナチュラルメイクに見える、かなり気合いの入ったガッツリメイクだった。髪型もなにやらアレンジされている。いつもの洗いっぱなしの一つ結びじゃなく、ブローされておくれ毛まで計算された編み込みヘアーになっていた。普通に可愛らしい女の子に見える。いや、昴からしたら世界一可愛らしいのだが、一般的に見てもということだ。


「どうしたの? すっごく可愛いんだけど」

「……結菜さんに色々してもらいました」


 チークのせいか、結菜とお酒でも飲んだのか、沙綾の頬がホンノリピンクに染まっており、瞳も潤んでいるのか眼鏡の下の目が艶っぽく見えた。


「ただいまのハグがしたいんだけどな」


 部屋から出てきてくれない沙綾に、昴はコンコンとドアをた叩いてアピールする。


「笑いませんか? 」

「笑う? 仮装でもしてんの? 」

「そういう訳じゃないんですが……」


 オズオズと部屋から出てきた沙綾は、控え目に言って最高だった。

 化粧や髪型はもちろん、身体にフィットして胸元がV字に開いた黄色のファー生地のセーターに、膝丈十センチ以上上の薄いグレーのスカート。太腿までの黒のニーハイソックスと、スカートの間のわずかな肌色が、昴の視線を捕らえて離さない。いや、フワフワのファーから覗く胸元もいい!! 谷間……はないが、なだらかな膨らみが見えそうで見えない感じが凄くいい!


 昴は、あまりの衝撃に逆に無表情のまま沙綾を視姦した。


「……やっぱり……変……ですよね」


 沙綾は、モジモジとスカートの裾を引っ張りながら、胸元を左手で隠す。


「いい!! 凄くいい! 」

「本当ですか? 」

「どうしたの、その格好」

「伯父がくれた服の中から結菜さんがセレクトしてくれました」


 寺井結菜、グッジョブ!!


 沙綾はスカート丈を気にしつつ部屋から出てくると、飲んできた昴の為にお茶漬けでも作りましょうかと、キッチンに立った。いつもつけているエプロンをつけているのだが、下に着ている洋服が違うだけでこれだけ色っぽいのかと、昴の視線は沙綾の足に釘付けだ。自分は足フェチだったのかと思うくらい、数センチの肌色の部分がたまらなくいい!! 


「けっこう飲んだんですか? 」


 鮭茶漬けを運んできてくれた沙綾は、ごく自然に昴の横に座った。座ることでスカートが僅かに上がり、肌色の面積が増す。夜食を目の前にしたからだけでない唾が昴の口に溜まる。


「そうでもないよ。手羽先の店に行ってきたんだけど、おじさん率が高くて居やすかったよ。ご飯も美味しかったし」

「あぁ、浅野さんと谷田部さん二人だと、逆ナンとか凄そうですもんね」


 確かにそれは否定しない。自分から女子に声をかけなくても、そういう相手に不自由しないくらいにはあっちからアプローチがあった。でも今はそんなのは鬱陶しいだけだし、全く必要を感じない。


「谷田部はともかく、俺はそういうのはもういらないから。沙綾がいてくれればいいし」


 鮭茶漬けをズズズッとすすりながら、沙綾の太腿から視線を反らせない。


「沙綾さ、今の格好はすっごく良いんだけど、こんな格好をするのは俺と二人っきりの時だけにして欲しい」


 鮭茶漬けを食べ終わった昴は、カチンと箸をテーブルに置き、沙綾の肩をつかんで真剣な面持ちで言った。


「え……っと? 」

「他のやつが沙綾のことをいかがわしい目で見るのんだろうって思ったら耐えられない」

「いや……、誰も私のことなんか。大袈裟です」

「いやいやいや、いつもの沙綾も俺から見たら滅茶苦茶可愛いけど、今の沙綾は万人にうける可愛さだからね。特にここ! ほんの少し見える素肌とか、エロ可愛いが過ぎるだろ」


 昴が沙綾の太腿を指差して言うと、沙綾は自分の肉付きの悪い太腿に目をやった。


「この隙間! 簡単に手が入るからね! 本当に危険! 」


 昴は、今まで女性とセックスする時、自分からはあまり触らずにいたしてきた。触っても最小限、義務程度の触れ合いくらいだった。セフレに至っては、マグロ状態だったと言ってもいいかもしれない。もちろん昴がである。そんな昴が、自分から進んで触りたいと思い、しかもどんどん妄想が広がり、昴の頭の中の沙綾は、下着姿(パンティとニーハイソックスのみ)で昴を誘うように横たわっていたりする。

 あくまでも昴の妄想で、実際は恥ずかしそうに太腿を隠すように両手でおおっていたりする。


「触り…………たい……ですか? 」


 沙綾は顔を真っ赤に染め、挙動不審気味に視線をさまよわせる。両手をグッと握り込み、なんなら少し震えていたりする様は、明らかに沙綾の許容範囲を超えた一言を言ってしまった感が溢れ出ていたが、昴は自分の欲求に素直に頷いた。大人の余裕とか気遣いなどというものは、遥か彼方へ吹っ飛ばした。


「もちろん、触りたい! 」


 食い気味に答える昴にドン引きするかと思いきや、沙綾はギュッと目をつぶって半歩昴の方へにじり寄った。


「どうぞ! 」


 マジ、マジで?!


 そして昴の動きは早かった。なんの迷いもなく、沙綾の太腿を掴む。というか、勢い余って半分手がスカートの中に入ってしまったくらいだ。


「ヒッ……」

「……柔らかい」


 痩せている沙綾の太腿と太腿の間には隙間があって、ちょうどうまい具合に指が嵌る。細いなりに弾力のある感触と、スベスベの素肌が気持ち良い。思わず撫で回したくなるが、グッと我慢する。


 しかし、これはこれで凄く良いんだけど、なんていうか……ムードがない。

 肩でも抱いてキスでもしながら触れば、そういう雰囲気になったんじゃないか?

 何でいきなり触っちゃったかな?!

 ここからいきなりスカートの中に手を突っ込んだら、ただの変態エロ野郎じゃないか。


「す、すみません」

「え、何が? 」


 謝るとしたら昴の方だろうに、何故か沙綾がフルフル震えながら頭を下げる。


「こんな棒みたいな足、触りたい訳ないのに、触りたいですか……なんて聞いてしまって。……そんな訳ないのに」

「え? 触りたいでしょ? 」


 触りたいし、撫で回したり、揉んだり、舐めたりしたいに決まってる。


「え? (沙綾)」

「え? (昴)」


 そんなビックリしたみたいな表情で見られて、こっちこそビックリなんだけど。

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