第51話 神崎沙綾、恋愛相談する

「は? 」

「ですから、私は浅野さんにとって母親的な立ち位置なんじゃないかと……」


 仕事帰り、沙綾が着れない(可愛すぎて)伯父からもらった服を結菜に譲る為に家に呼んだところ、何故か沙綾の美容教室になり、化粧の仕方から肌のお手入れまで、また洋服の着こなしや着回しに至るまでみっちりレクチャーされた。その上で、沙綾が絶対に着ないだろう露出の多めの服を持ってきた紙袋に詰め、お礼だと夕飯までチャッチャッと作ってくれ、今、昴のワインを開けて向かい合って夕飯の最中である。


「バッカじゃないの?! どう見てもあんたにべた惚れじゃないの。浅野さんて、見た目も経歴も極上なのに、趣味だけが悪過ぎる。私を振ってあんたを選ぶくらい目が腐ってるのよ? 」


 酷い言いようだが、結菜の女子力の高さをまざまざと見せつけられたら、確かに結菜を振って自分を選んだ昴が変人だとしか思えなくなる。

 結菜は自分磨きのプロフェッショナルだった。弛まぬボディーメイクの努力から全身のケア、いかに自分が良く見えるか化粧や洋服を研究し、外見だけ磨くのではなく、華道、茶道、料理に英会話教室に通い、野菜ソムリエの資格やハウスクリーニングの資格まで持っているらしい。

 しかも、付け焼き刃の知識ではなく、小学校高学年くらいから、高学歴のイケメンの嫁を目指して努力してきたらしい。子供の時の将来の夢「お嫁さん」を真剣に追求した女、それが寺井結菜だった。


「確かに浅野さんの目は腐ってるとしか思えないけど……、浅野さんが私に彼女を求めてない気がするんですよね」


 結菜の作ってくれたミモザサラダをモシャモシャ食べながら沙綾は考える。昴の生い立ちを勝手に話す訳にはいかないから、どう説明すればいいか難しい。


「浅野さんって……今まで彼女はいなかったらしいんです。……女性経験は豊富なようですが」

「だろうね。って言うか、彼女作らないタイプだったか。ちょっと思ってた以上にクズだわ。女性関係が見えなかったから、下手したらホモなんじゃないかって疑ってたくらいだけど、徹底して遊びオンリーだったか。そりゃ好きだ付き合ってくれって言われても、全員断るよね」

「ホモ……」


 なるほど、そっちの可能性もあるのかと、沙綾は一瞬勘違いしそうになる。じゃないと、今の沙綾と昴の状態に納得がいかないからだ。そんな沙綾の思考を読んだのか、結菜は呆れたように手を振る。


「いや、違うからね。どう見ても浅野さんはあんたのことが好きだから。しかもかなり重めで」

「でも、手を出してこないんです」

「は? それは性的なアレコレ? 」

「はい、性的なやつです」


 別に沙綾が熱烈にしたい訳ではない。過去のトラウマからも、触られるのに拒否反応が出ないか不安もある。でも、昴にハグされても嫌だと思ったことはないし、なんなら落ち着くくらいだ。キスも、最近は挨拶のようにチュッとされるのには大分慣れた。唇があんなにフニッとしていて気持ちがいいものだと初めて知った。昴の唇だから気持ちいいのか、みんなそうなのか(唯一昴以外で知っている感触は、最低最悪ゲロ吐くレベルで気持ち悪かったが)はわからないが、他を知りたいとは思わない。

 ハグしてキスして、良い大人が同棲までしているのだから、それで終了ではないことを沙綾は知っている。学校で習った保健体育レベルの知識かもしれないが、結婚するまで清い関係でいなければならないなんて時代錯誤なことは考えていない。


 だから、まぁ、昴に求められたらできるかもしれないなとは思っているのだ。怖いけれど。


「付き合ってどれくらい? 」

「四ヶ月くらいでしょうか? 」

「えっ? 浅野さんってインポ?!」

「……違うと思います」

「だって、してないんでしょ? 勃たないって可能性も」

「いえ、お元気みたいです。ハグとかした時にお元気になることもあるようで、生理現象だって、たまにトイレとかで……その……、抜く? みたいなことをしてるようですし」

「ということは不能って訳じゃないよね。しかも、沙綾に反応して大きくなるなら、ホモでもない……と」


 体型的に、少年に近い自覚はある。胸はブラの存在意義を感じないくらいお粗末なものだし、尻も薄くて小さい。自分で反応するなら、少年でもいけるんじゃないかと思ってしまう。

 でも、口紅をつけたセフレが過去にいたようだし、結菜の言う通りホモではないのかもしれない。


「ホモじゃないなら、何でそういう流れにならないんでしょうか? 私の色気の問題ですか? それともやはり浅野さんにとって私が母親みたいな存在だからでしょうか? 」

「母親にハグしておっ勃ててたら、浅野さんは真正の変態よ」


 鼻息荒く言い切る結菜は、残念美女感がプンプン漂っている。沙綾には取り繕う必要を感じていないのか、素の結菜を出しているようだ。


「そこは本物の母親じゃないからであって、その欲を向ける相手として見てないから今の状況なんじゃ? 」

「いや、アレは恋愛童貞とみた」

「ど……」


 結菜が豆腐ハンバーグをパクリと食べながら言う。

 お肉よりも豆腐の割合が大きなハンバーグだが、言われなければ普通のハンバーグだ。さっぱりした大根おろしと大葉を刻んだ和風ソースに合っている。


「まぁ彼女くらいはいたかもだけど、自分から好きになったのは沙綾だけなんじゃない? あんたっていかにも初めてっぽいでしょ。だから、嫌がられたらとか怖がられたらって思うと手が出せないんじゃない? それだけあんたのことが大事ってことね」

「っぽい……というか未経験ですが」

「だよね! 遊び慣れた男にバージンはめんど……手が出しにくいんだと思う」


 今、面倒と言おうとしませんでしたか?! 


「……私がバージンだから手を出さないということですか? 母親枠だからじゃなく」

「一緒に住んで四ヶ月も我慢するとか、よっぽどのMじゃなきゃ、沙綾が大切だからだよ。勃つなら大丈夫。沙綾的には、どうしたいの? このまま清く正しくお付き合いをしていきたいのか、身も心もガッツリ結ばれたいのか」


 身も心もガッツリ結ばれる? 


 沙綾は頭の中でイメージしてみた。

 抱き合ってキスする二人。……ここまでは容易に想像できる。

 ベッドに押し倒され、洋服を脱ぐもしくは脱がされる自分。……電気を消してもらわないと恥ずかしいから、脱ぐ前にカーテンはしっかり閉めて、電気は常備灯まで消してもらおう。

 アレコレ触られる……のは、ちょっと予測できない。多分昴が相手ならば怖くはないと思うけど、くすぐったくて笑ってしまったらどうしよう。さすがに爆笑したら、雰囲気がブチ壊れるだろう。

 自分からも触るべきだろうか? どこを? どうやって? まさか局所?!

 いや、これはわからないから保留で。

 いざ、挿入。……初めては痛いと本で読んだけど、どうなんだろう? 痛み止めをする前に飲んでおけば大丈夫だろうか? とりあえず、タンポンは使ったことあるから、あれくらいなら余裕だろうけど、その何倍くらいあるのかな? これも未知過ぎてわからないけど、普通にズボンに収まるくらいのものの筈だから大丈夫よね?


 とりあえずの流れを想像してみたが、ちょっと未知過ぎて想像し難い部分はあれど、なんとかクリアできそうな気がした。


「私は……どっちでもいいんですけど、もし浅野さんにその気があるなら……受け入れたいなとは思う……かな? でも、浅野さんからそういうこと言われたことないし」

「なら、沙綾からアプローチしてみたら? 」

「私から?! 無理無理無理」

「……でも、あんまりヤらせないと、他で発散してきちゃうかもよ」


 昴の洋服についたキスマークと、甘ったるい香水の香りが思い出される。


「それは嫌! 」


 いつになく大きな声を出した沙綾を見て、結菜はニヤニヤ笑ってワインを飲み干した。


「なんだ、いっちょ前にヤキモチ焼くくらいには恋愛感情あるんじゃない。なら、ちょっと頑張ってみてもいいと思うけど」

「頑張る……って? 」

「沙綾からセックスしましょうって言いなさい……なんてことは言わないから大丈夫。ちょっとしたアプローチよ。私に任せなさい」


 任せなさいって、本当に大丈夫?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る