第40話 浅野昴、説教されて……暴露する

「自分がされて嫌なことはしちゃ駄目だと思います」

「うん、神崎さんの言う通りだと思うよ」

「浅野さんは全然わかってません!こーんなにお顔が整っているんだから、女の子がわんさか寄ってくるんです。選びたい放題です。二股、三股、四股当たり前です」

「そんなことないよ。好きな子以外はどうでもいいし」

「ありまくりですぅッ! 寺井さんだって、浅野さんのこと身体から落とすとか言ってましたし」


 寺井はとんだ誤爆を受けて狼狽える。


「ちょっとあんた何言ってんのよ?!意味わかんないこと言わないでよ」


 沙綾はグリンと寺井に向き直る。いつもはオドオドした態度の沙綾が、妙に肝の座った表情をしていて、寺井は逆にオドオドと口ごもった。


「会社の女子トイレで聞きましたぁ。トイレは私の安息の場所なんです。そこでいつもあることないことみなさん騒がし過ぎです。噂話もそうですけど、誰が好き彼が好き、みなさん会社に何しに来てるっていうんです。浅野さん、あなたの名前が一番上がってるんですよ。彼氏にしたい人ランキング一位ですよ。おめでとうございますですね」

「えッ? ちなみに俺の名前は? 」


 谷田部の問いに沙綾は首を傾げる。


「すみません。お名前を聞いたことはございません。っていうか、お名前なんでしたっけ? 」

「谷田部、谷田部太一だよ」

「あぁ、全ての課に彼女がいる谷田部さんでしたか。本気になったらいけないランキング一位です。おめでとうございます」

「アハハ、確かに。けっこうみんな話すんだよね。女子の間ではお気軽に寝れるイイ男で有名かも」

「寺井さん、人のこと笑ってる場合じゃないですよ。彼氏を寝取ったランキング一位ですから、あなた」

「ちょっ……! 」


 沙綾はまたグリンと昴に向き直る。


「彼氏にしたい人一位……なんですよ」

「いや、誰になんて言われても、彼女にしたいのは一人だからね」

「じゃあ、料理上手な可愛い彼女はどうしました?! もう一人彼女さんがいるんでしょう」

「だから、料理上手な可愛い彼女でしょ? 」

「誰がです?! 」


 昴はちらりと谷田部と寺井を見たが、もういいかと大きくため息を吐いた。


「沙綾だよ。いつも言ってるだろ? 沙綾の料理美味しいって。沙綾が可愛くて仕方ないって」


 谷田部と寺井はポカンとして昴を見て、そして沙綾を見た。沙綾は昴が暴露したのを今一わかっていないようで、首を傾げて反応が薄い。


「うん? 」

「だから! 二股なんかありえないし、もう沙綾以外では勃たないから。万が一勃ったとしても、沙綾しかいらないの。前も言ったけどね、セフレなんか生涯必要ないから。一生沙綾だけがいいでから。第一ね、沙綾と知り合ってからセフレとは縁切ってたし、あん時会ったのは……沙綾の元カレの話を神崎さんに聞いたからだから。むしゃくしゃして、だから……」

「アレがなんの関係があるんですか?」

「だってムカつくじゃんか。俺だけが沙綾の特別な一番になりたかったのに、なんで他の男のがおまえの一番な訳?」

「浅野さん色々ご経験ありますよね」


 昴は沙綾の「」という言葉にさっきの男と沙綾がからんでいる姿を妄想して一瞬にして頭が沸騰する。


「俺って何? あの男、ぶん殴っておけば良かった! 沙綾はあの男とどんなご経験したんだよ?!どこまで許した?! ふざけんなよ!」


 沙綾の表情が一瞬でなくなり、唇をキュッて噛んでうつむいた。


「浅野さん、ストップです」

「浅野さん、最低です! 」


 寺井も谷田部もケントのことはさっき見て知っている。明らかに沙綾とはタイプの違うチャラ男で、しかも沙綾の態度からただの元カレというより、今は近寄りたくもない相手なんじゃないかと思われた。それをえぐるような発言は、傍目から見ればヤキモチゆえだとはわかっても、沙綾に向けて良い言葉には思えなかったのだ。

 昴も一瞬で自分の失言に気付いた。気付いたが、沙綾があまりに蒼白になりうつむいてしまったので、どうすることもできずに言葉もでなかった。


「……未遂です」

「神崎さん? 」


 沙綾は、唇が切れるんじゃないかという程唇を噛み締めて言った。


「……賭けの対象だったんです」

「賭け? 」

「私と付き合って、関係を深められれば……みたいな賭けを友達としていたようです。証拠は写真でって……ハメ撮り写真って言うんですか。そんな話をしているのを聞きました」

「何それ?! 最低じゃないのあの男! 」

「賭けはあの人の負けですから……。それに私から許したことは一度もないです。いきならキスされて彼氏面されて……。私は一度だって彼氏だなんて思ったことなかったに、知らない間に回りからもあの人の彼女だって認識されるようになっていて、誰もベタベタしてくるあの人を止めてくれなくて。怖くて、気持ち悪くて……」

「神崎さんストップ! もういいよ、話さなくて大丈夫だから」


 いつの間にか沙綾の目から涙が溢れていて、席を立った寺井が沙綾の頭をギュッと抱きしめていた。


「……沙綾、ごめん。ごめん、本当にごめん。俺、情けないけど沙綾のことになると自制が効かない。ヤキモチやいたんだ。沙綾が全部俺だけじゃないと嫌で、子供みたいに癇癪起こした。沙綾を傷つけたかった訳じゃない。こんな気持ちになるの初めてで……お願いだから嫌いにならないで。どうすれば許してくれる? 何でもするから」


 昴は回りの目も気にせず沙綾の手を両手で握り、その手を自分の額に当てて懇願した。


「……」

「あ、別れる以外でお願いします。頭丸める? 全身脱毛? 沙綾の名前チ○コに彫る? 」

「浅野さん、キャラ崩壊してるっす。あと、神崎さんがひいてます」


 沙綾がというより、昴のあまりの必死ぶりに昴以外の全員がひいていた。酔いもかなり覚めるくらいに。寺井も、さっきまでの恋心が霧散して、面倒くさい男を見る目になってしまっていた。

 沙綾の涙も治まったので寺井が席に戻ると、谷田部がコホンと咳払いした。


「浅野さんの同棲中で料理上手な可愛い彼女ってのは、神崎さんのことだったんすね」

「エッ?! 何でバレたんですか?!」

「いや、さっきから浅野さん、神崎さんのこと名前呼びだったし、料理上手な可愛い彼女は君だみたいなくっさいこと言ってたっすけどね」

「……気が付かなかった」

「あと、あんた以外勃たないとか、イミフなカミングアウトまでしてたわよ」

「エエッ?! 」


 沙綾の慌てた声に、三人が三人共沙綾が酔っぱらっていたんだと理解した。そして少し酔いが覚めた今、羞恥心も戻ってきたのだろう。より顔を赤くした沙綾が顔を隠すようにうつむいたが、昴に握られている手を放置しているのは、完璧には酔いが覚めていないせいかもしれない。


「っていうか、あんた社長の親戚とか、全然そぶりも見せなかったけど」

「……別に言いふらすことでもないですし。でも別に偽名を使ったり隠したりした記憶もないです。秘書課の一部の方と人事部の一部の方はご存知ですよ」

「あぁ、まぁ、そうか。そうよね。でも、浅野さんの彼女を探せって、みんなかなりやっきになって社長の親戚筋の社員を探してたけど、よくそこから漏れなかったわね。秘書課の先輩達もお互いに探り合ってバチバチしてたのに」

「できれば、バレたくないと叔父には伝えてましたけど。変に気を使われたら居辛くなるからって」

「そういえば、姪っ子が可愛くてしょうがないって聞いたことあるわ。かなりデレデレな顔で。てっきり梨花さんのことだと思ってたけど、仕事の場ではクールにしてるから、オンとオフ切り替えてるんだって思ってたわ」

「じゃあ、神崎さんは社長の溺愛の姪っ子ちゃんって訳? 」

「溺愛……かどうかはわかりませんけど、可愛がってはもらってます」


 谷田部と寺井と会話している沙綾を横目に、またしても無意味なモヤモヤが湧き上がってくる。自分とは自然に話せるようになるまでけっこう時間がかかったのに、この二人にはすでに普通に喋っているではないか。別に谷田部が沙綾を狙っているとかいう訳じゃないし、寺井に至っては自分を狙っていた女子である。


 以前、気のないセフレだと思っていた女に、「もう他の女とは寝ないで」と言われてウザイと一瞬で関係を断ったことのある昴が、好きな女相手だと女子にまでヤキモチを焼くようになるとは……。自分をこんなに変えてしまう沙綾って凄いなと、何故か沙綾をリスペクトする昴だった。

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