第39話 神崎沙綾、初めての外飲みからの酔っぱらい
「浅野さん、こっち座ってください!」
四人がけのテーブルに通され、寺井は一番に席に座って昴を手招きする。昴は沙綾に寺井の正面の席をすすめ、自分はその隣にごく自然を装って座った。
「谷田部、早く座りなよ」
「浅野さん、俺、針の筵っすよ。なんでお前が隣に座るんだ感がヒシヒシと伝わってくるんすけど」
昴は寺井のジトッとした視線も、谷田部の勘弁してくださいという視線もまるっと無視し、沙綾にドリンクメニューを差し出す。
「何飲む? 神崎さんはソフトドリンク? ホット柚子茶もあるよ」
沙綾は飲めない訳ではないようだが、すすんでアルコールをとらない。家でも昴がビールやウィスキーなどを飲んでいる時、いつもお茶を飲んでいた。最近は寒くなったからか、柚子の蜂蜜漬けをお湯で割って飲むのが定番になっていた。「最近それ好きだよね」と聞いた時、「なんとなく甘いカクテルを飲んでいるような気分になるから」と、その理由を聞いた時はあまりの可愛さに悶絶してしまった。
「なんでソフトドリンクなんすか?神崎さんがアルコールは駄目って、浅野さんは知ってたんすか? 」
「いや、なんとなくイメージで」
「そりゃ神崎さんは童顔っすけど、子供扱いは駄目っすよ。ねえ? せっかくですからお酒飲んじゃいましょうよ」
「なら、サングリアのデキャンタをみんなで飲みましょうよ。私、サングリア大好き」
「いいっすね。食べ物は……」
谷田部と寺井で飲み物を勝手に決め、どんどん食べ物を注文していく。
沙綾にとって初めての肉バルだったし、何が良いのかわからないので、二人のように勝手に決めてくれる相手がいるのは有り難かった。飲み物もサングリアというのが何か知らなかったが、沢山のカットフルーツが入ったワインは見た目も楽しかった。
「じゃあ、少し早いクリスマスに乾杯! 」
「かんぱーい! 」
谷田部が全員分ワインを注いでくれ、ワイングラスで乾杯をする。
軽く口をつけて飲んでみると、フルーツの味がワインに移っていて凄く飲みやすかった。ついゴクゴクと飲んでしまう。
「……美味しい」
「あ、神崎さんいけるね。もう一杯どうぞ」
「ありがとうございます」
すすめられるままにワイングラスを差し出しておかわりを注いでもらう。
「神崎さん、あまり無理しない方が……」
「浅野さん、神崎さんにばっかりかまってズルイ! 」
「それ言うなら、結菜ちゃん浅野さん浅野さんってばっかじゃん。この前はあんなに可愛かったのに」
「は? 勘違いされるような発言止めてくれる?! 二人でお食事しただけですよね。そうだ! 浅野さんも酷いです。私の連絡先勝手に谷田部さんに渡しましたね」
「ごめん、待ってるって言われたけど、僕にも用事があったからね。ずっと待ってても可哀想かなって思って」
「なら、浅野さんから直に連絡欲しかったです」
そういえば会社のトイレで寺井が昴を狙っていると聞いたような。しかも、身体から落とす的な発言をしていなかっただろうか?
すでに連絡先を交換して、二人で会う約束をするような仲なら、落とされるのも間近ってこと? セフレとホテルに行っちゃうような昴なら、こんな美人な寺井に迫られたら、即関係を持つような気がする。
一杯のワインですでに酔っ払っていた沙綾は、いつもなら人と視線を合わせないのに、真横を向いてジッと昴を見上げた。「寺井さんとヤりました?」と聞かないだけの正気は残っているが、視線ではそれを問い正していた。
「神崎さんどうしたの? もう酔っぱらった? 」
「……いえ、全然。浅野さんは、寺井さんとご連絡を取り合うような関係だったんですね」
沙綾には酔っているという自覚がない。そして残念なことに顔色に出るタイプでもなかったようで、誰も沙綾が酔っているとは気が付かなかった。ただ、通常を知っている昴だけは何かおかしいと思ったようだが。
「違うからね。寺井さんに連絡先渡されて待ってますとか言われたけど、連絡先ごと谷田部に丸投げしたから。会社のスマホは私用には使えないし、私用のスマホは気軽に人に教えないことにしてるから」
「勝手に丸投げしないでくださいぃ」
「あぁ、うん、そうだね。それはごめんね。でも、彼女に変に疑われたくないじゃん」
「そうですよね。結菜ちゃんが夜中に電話とかして、同棲中の彼女さんに見られたら修羅場っすもんね」
「同棲?! 」
寺井が素頓狂な声で叫び、「……同居です」とつぶやいた沙綾の声はかき消された。寺井が凄い勢いで昴の
料理も続々運ばれてきて、沙綾はいつもの癖で昴の分を取り分けて昴の前に置く。全員分取り分ければ特に目立った行為ではないのだが、飲み会に参加したことのない沙綾は、女子達が女子力アピールの為に「取り分けしますね」とテーブルを仕切ることがあるなんて思いもせず、ただ自分と昴の分だけを何も言わずに分けた為、目の前の谷田部の視線が沙綾に集中した。酔っぱらった沙綾は、珍しくそんな谷田部の視線を真正面から受け止める。
「すみません、食べたかった物取っちゃいました? まだ残っているかと……。一応4等分くらいで取ったんですが」
「いや、全然大丈夫。へぇ、神崎さんって、もっとオドオドというかキョドったタイプかと思ってたけど、けっこうまともに話せるんすね」
まともに話せているだろうか? キョドったとは、挙動不審に見えたということだろう。それは社会人として問題がある気がする。
「すみません。対人関係の経験が不足しているせいかもしれません」
「なんとなく人嫌いなのかなぁとは思ってたけど、経験不足かぁ。じゃあ俺と友達になろうよ。神崎さん下の名前は? 俺は
「谷田部は誰彼構わずにフレンドリーになり過ぎ」
「そうよ。谷田部君と友達になんかなったら、いろんな部署の女子に睨まれちゃうからね。神崎さん、注意した方がいいわよ」
「はい。お友達は辞退させていただきます。名前呼びでなく、神崎でお願いします」
「ウワッ、ガチで凹むわぁ。結菜ちゃん慰めて」
寺井の肩に頭を乗せる谷田部と、その頭を軽く小突き倒す寺井は、なかなか良い感じに見えた。あぁいうのが男女の友達の距離感(違います)なのかと、沙綾は自分には男性と友達になるのは無理だなと、男性と親友関係になる未来は自分には一生ないなと思った。その前に女子の友達すらいないのだけれど。
「浅野さん! 」
さっきまで谷田部とじゃれていた寺井が、ピシッと背筋を伸ばして昴の方を向いた。
「うん? 」
「彼女さんがいるのはわかりました。同棲中で料理上手の可愛らしい彼女だということですが、私が付け入る隙は少しもないんでしょうか?! 」
同居中なのは沙綾だが、料理上手の可愛らしい彼女が別にいたんだろうか?
それでは二股ではいか?!
「うん、ごめんね。彼女だけしか好きになれないから。自分から好きになったのは初めてなんだよ」
沙綾からは見えなかったが、昴の蕩けるような笑みに、谷田部も寺井も頬を染める。それくらい破壊的な微笑みで、彼女への愛情がたっぷり溢れていた。寺井からしたら、自分の入る余地は1ミリもないと自覚するほどに。
完膚なきまでの失恋に寺井が気持ちの整理をつけている間、沙綾は沸々と怒りを感じていた。酔っぱらいの怒り上戸が発動したのかもしれない。
やっぱり二股は駄目! セフレも駄目! それはいくらイケメンでも許されないと思う!!
「浅野さん……料理上手の可愛らしい彼女もいたんですね」
「?」
「彼女は一人じゃなきゃ駄目です! セフレも論外です!! 」
「セフ……」
沙綾の口から出たセフレ発言に、谷田部も寺井も何故か視線を反らす。多分この中で、過去現在においてセフレという存在と無縁なのは沙綾しかいないかもしれない。
沙綾は勘違いしたまま、こんこんと昴に説教をし始めた。
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