第32話 浅野昴は神崎沙綾を〇〇させたい

 沙綾が目の前で部屋着を着ておにぎりを食べている。小さい口がモソモソとおにぎりをかじっている様は、なんだろう……凄く興奮する。

 誰が見ても色気皆無なその光景(スッピンで髪を無造作に一つに結び、多少よれたTシャツにジャージの沙綾)な筈なのに、昴の目にはこの上なく蠱惑的に映った。別に肌の露出が多いとか、下着が透けて見えているとかじゃないのだが、沙綾が自分の前でくつろいだ格好をしているというだけで、ビクビクとあらぬところが反応しそうになる。

 誰もが認めるイケメンでありながら、いつでもどんな沙綾にでも反応する変態に成り下がる昴だった。


「……はぁ、可愛い」


 沙綾はキョロキョロと辺りを見回した。自分に言われた言葉だと認識していないらしく、どこに可愛い物体があるのかと探しているようだった。


「可愛いのは沙綾ちゃんだって。毎日可愛い沙綾ちゃんが見れるのは凄く嬉しいんだけど、あんま可愛いと我慢するのが辛いよ」

「辛い……とは? 」

「僕的には、沙綾ちゃんと隙間なくくっつきたいんだよ。いつでも触ってたいし、キスしたいし、Hなことだってしまくりたい」

「しまくり……」


 友人兼恋人なのだから、許されることなら今すぐ押し倒して、洋服を剥ぎ取って、アレやコレやバリバリ18禁なことをしたい。今までのパトロン達との生活も、数多のセフレとの爛れた関係も、沙綾をドロドロに蕩かして自分に夢中にさせるための布石と思えば、無駄ではなかったのかもしれない……と思うくらいには、今まで培った手練手管を沙綾に披露したいのだ。なんとなく恋愛に温度差を感じている昴は、沙綾を自分の温度まで引っ張り上げる為には、自分に使える手はどんな手でも使おうと思ってはいるのだが……。


 普通の女子なら、鉄板の笑顔一つで落とせるし、一回抱けば夢中にさせられる自信があった。でも、沙綾にはどんなに笑顔を向けても反応は乏しいし、人見知りで怖がりな沙綾にはいまだに手を繋ぐくらいしかできない。沙綾に拒否されてるというよりも、昴自身が怖いのだ。もし迫って拒否されたら、嫌われて友達兼恋人の恋人部分を撤回されたら……。

 会ったその日にキスしたりセックスしたりするのが当たり前だった昴が、沙綾にはガンガン攻めていけないのは、それだけ沙綾に本気である証拠でもあった。


「好きな娘と一緒にいればさ、そりゃ身体も反応するし、子孫繁栄の本能だから元気になっちゃうのはしょうがないよね」

「そう……なの……かな? 」

「そうなんです。だから、まぁ反応しちゃうのは目をつぶって欲しいな。でも、だからって沙綾ちゃんを傷つけて無理強いしたいとかはないから」

「う……ん」

「そこはちゃんと誓約書守るし、全身永久脱毛はさすがに嫌だから」


 誓約書には項目により罰則があり、軽いものはトイレ掃除から始まり、買い出しに行くとか、一日口をきかないとか、一週間スキンシップ禁止とか諸々あったが、重めの罰則が全身永久脱毛だった。ちなみに、相手の許可なく私室に入らないという項目についての罰則だった。


「あ、僕の部屋はいつでも入っていいから、沙綾ちゃんの全身永久脱毛は有り得ないからね」

「まぁ、掃除の時とか入らせてもらわないとできませんから」

「違うよ、沙綾ちゃんならいつでも夜這いOKってこと」

「夜這……」


 沙綾は視線をオドオドとさ迷わせたが、なるほどあの誓約書の抜け道はここかと昴は納得した。


「沙綾ちゃん、手」


 沙綾に向かって右手を差し出すと、キョトンとした表情をしつつ沙綾は昴の手に手をのせた。ちょこちょこと軽いスキンシップに慣れてもらおうと手をつないできたせいか、普通につなぐ分には普通ーな感じで受け入れてくれるようになっていた。ただ、沙綾からつないでくれたことはないから、これは初の試みだった。


「えっと……これは? 」

「沙綾ちゃんから手つないで欲しいなぁって思って」

「え……っと」


 少し手をずらして所謂恋人つなぎにしてみる。沙綾が嫌がることをしたら誓約書に引っかかるから、あくまでもさらっとだが。


「さっきも言ったけどさ、僕は沙綾ちゃんがしてくれることならなんでもウエルカムだから。沙綾ちゃんは、僕と手をつなぐのは……嫌? 」


 自分でもあざといと思わなくはない。どうすれば自分の顔がより良く見えるか、どんな表情をすれば女子受けするか知り尽くしていて、それを100%沙綾にぶつけているのだから。大抵の女子ならポーッと赤くなるのは必然だ。


「嫌……」


 嫌?!


 衝撃的な一言に、昴は本気でショックを受けてしまい、思わず笑顔が凍りつく。それでも沙綾の手を離さなかったのは、切実に受け入れて欲しかったからだ。


「……ってこともないんですが、このつなぎ方は恥ずかしい……です」


 た……溜めが長過ぎだから。恥ずかしいだけなら良かったと、心底昴は安堵する。


「僕はもっと恥ずかしいこともしたいんだけど。ほら、誓約書にも7番目にお互いの嫌がることはしないってあるじゃん。これって、記述としてはかなり曖昧だと思うわけ。僕は沙綾ちゃんにされて嫌なことはないからさ、沙綾ちゃんがOKなことをして見せて欲しいなって思って。手をつなぐのはOK?NG?」

「……OKです」


 OKと言われたからには、もちろん触り倒す。(手限定だけど)指をキュッと締めてみたり、指の間を中指でひっかいてみたりする。


「な……なんかくすぐったいです。それに少しHっぽい……」

「馴れだから」

「そう……なんですか? 」

「そうなの。恋人つなぎって言うだろ。恋人はみんなこうして手をつなぐもんだから」

「ハァ」


 沙綾からもキュッと(指を)締め付けられ……下半身がちょっと反応したのは不可抗力だ。


「じゃあ…腕組んだりは? 」

「……OKです」

「ハグは? 」

「…………わかりません」

「外国では握手と同じようなただの挨拶だよ。じゃあ、ちょっとできるかどうかやってみて」


 昴はつないでいた手を離して、沙綾に向かって両腕を広げて待つ。


「え……いや……ちょっと……」

「はい」


 沙綾の視線があっちに行きこっちに行き、さらにウロウロさまようが、昴は手を広げたまま動かなかった。もっと先に進みたいのだから、ハグくらいはドーンとクリアしてほしい。


 いつまでたってもその姿勢を崩さない昴を見て、沙綾は両目を固く瞑って突進してきた。小さく体重だって軽い沙綾に体当たりされても、それなりに鍛えている昴には軽い衝撃くらいにしか感じない。ハグというからには、お互いに軽い抱擁をすることなのだが、沙綾は両手を胸の前で組んだまま昴の胸元で固まっていた。


 まぁ、沙綾にしたら凄く頑張ったよな。


 昴は沙綾の背中をポンポンと宥めるように叩いた。慈愛の籠もったその動作ではあるが、多少腰を後ろに引いているのは昴のナニがナニしているからで、堂々と擦り付けないだけ良しとして欲しいところだ。


「キスは? 」

「無理です! 」


 即答がきてしまった……。


 内心凹みながら、それでも諦められない昴は、キスの分類分けを開始する。


「ベロチューはまだしないよ。軽いチューは? ちょっとハムハムするくらい」

「……無理です」

「じゃあソフトなやつ。外国だと、親しい友人とか家族なら口でもキスするしさ」

「私は日本人なので……」

「いや、僕も日本人だけど。行ってきます……は一緒に行くとして、お帰りなさいのチューは有りよりの有りじゃないかな」

「無しよりの無しです」


 昴は沙綾の旋毛に顎を乗せて、グリグリとして反対の意を示す。


「痛いですよ」

「大丈夫、大泉門はすでに閉じているからね」

「当たり前です。赤ん坊じゃないんですから」

「可愛い赤ちゃんには、ついキスしたくならない? 」

「まぁ、そうですね」

「だから、可愛い沙綾ちゃんにもついキスしたくなるんだよ」

「ちょっと意味がわかりませんね」


 昴はハア〜ッと大きくため息をついた。


「沙綾ちゃんが可愛くてたまらないのに……。じゃあさ、旋毛にチューは?」

「まぁ……それくらいなら。というか、さっきだって手にしましたよね」

「あ〜、まぁ、フライング? 手はもちろんOKでしょ? ね? ね? 」


 沙綾は苦笑気味にうなづいた。


 こうしてどこまで許されるかを細かく聞いていき、「なら、口以外ならキスはOKだよね? 」という含みをもたせた昴の最終確認に、沙綾は深く考えずに了承してしまった。


 昴の頭脳戦の勝利かもしれない。

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