第20話 浅野昴の浮気現場?
これって……。
昴はスマホのライン画面を見て唸っていた。愛しの彼女からくるラインが塩っぱすぎる。
過去の
そんな
それが、今じゃ朝起きたらすぐに、今日の天気や仕事内容などをおりこんだおはようメールを沙綾に送り、昼くらいにもランチの写真を送ったり、定時に帰れたか確認のメールや寝る前の戸締まり確認メール、おやすみメールに至るまで1日数回沙綾にラインを送っている。休憩時間や食事をしている時など、いつの間にか沙綾のことを考えていて、気がつくとラインを送っているのだ。
そしてその返事が一言だけだったり、スタンプだけだったり……。
あまりに熱量が違いすぎないか?!
自分はクールなタイプだと思っていた。外面は優しげに装ってはいるが、実際は他人などどうでも良かったし、女性に至ってはただの金づるもしくは性欲発散の道具くらいにしか考えていなかった。(クールというか……ただのイケメン下衆野郎である)そんな自分が、沙綾を好きだと意識した途端、粘着気質に早変わりとか、自分でも自分が信じられない。
そして、それに反して沙綾はあまりに塩対応だ。友達兼恋人になった筈だけど、友達としてもなかなかあり得ないくらい昴に興味なさげなんじゃないだろうか。まるで以前の自分を見てるよう……いや、それ以上か。
それなりにあった自信がポッキリと折れた気がした。
「お待たせしました」
頭上でしっとりとした大人の女性の声がし、項垂れていた頭を起こすと、目の前に華やかな美人が立っていた。周りの視線も彼女に釘付けで、たまにスマホがこちらに向いているから、きっと写真を撮られているんだろう。昴は内心舌打ちしながら、立ち上がって向かい側へ行き椅子を引く。神崎梨花、沙綾の従姉がさも当然というように椅子に座った。
「申し訳ありません。個室を予約した方が良かったですね」
「おかまいなく。私、注目されるの好きですから。でも、浅野さんの写真が拡散されてしまうわね」
「私なんか神崎さんの影にかすんでしまいますから問題ないですよ」
「あらご謙遜。女子はほとんどあなたを見てるわよ」
ホテルの一階にあるカフェ•バーは、程良い暗さでムーディーな大人の雰囲気が漂っているものの、待ちあわせとかでも気軽に使用される為か、幅広い年齢層の客がいた。それでも20代30代の客が多かった為、リンカとしてのモデル時代を知っている年齢層はリンカの出現にざわついているようだった。
梨花は嫣然と微笑みを浮かべ、ウエイターにノンアルコールのカクテルを注文する。昴も同じくノンアルコールビールを注文した。
「あら、お飲みにならないの? 」
「ええ。車で来ましたから」
飲み物が運ばれてきて、乾杯をして冷たく冷えたノンアルコールビールを一口飲む。
「こんな時間にお呼びだてして大丈夫でしたか? 」
沙綾と付き合うことが出来た次の日、梨花に沙綾のことで相談がしたいとメールを送ったのは昴だった。しかし、まさかその日のうちに連絡がきて、さらに2日後の今日会う約束が取れるとは思わなかった。しかも、梨花はシングルマザーの筈で、子供もまだそんなに大きくないという噂だった。
思わず、自分を放置した挙げ句に捨てた母親とだぶり、この綺麗な女性も結局は母親ではなく女性として生きているのかと、気持ちが冷たく平坦になって声音にも出てしまったかもしれない。
「ウフフ、うちには住み込みの有能なシッターさんがいるからね。それに千奈津……うちの娘ね、が沙綾ちゃんの彼氏を品定めしてきなさいってうるさくて。あの子も沙綾が好き過ぎて困るわぁ」
「はあ……」
梨花は、見て見てと、スマホのロック画面を見せてきた。唇の端だけわずかに笑う沙綾と、満面の笑みでそんな沙綾に抱きつく美少女が写っていた。ロック画面を解除すると、待受画面はピースしてる美少女とエプロン姿でWピースをする厳つい男性だった。
「これがシッターの葉月さん。千奈津が赤ちゃんの時から面倒みてくれてるの。千奈津の大好きランキングが、1位沙綾、2位葉月さん、3位私ですって。お腹を痛めて産んだのは私なのに失礼しちゃうと思わない? 」
梨花は、他にもスマホの中のアルバムを昴に見せてくる。娘の写真が多いが、かなりの頻度で沙綾と葉月という男も出てきた。
高校生くらいの沙綾が馴れない手付きで千奈津と思われる赤ん坊を抱っこしていたり、お昼寝させるつもりで一緒に寝てしまったのか、顔を寄せ合って寝ている姿など、昴からしたらついつい沙綾メインで梨花のスマホを覗き込んでしまう。
スマホの大量の写真もそうだが、モデルをしていたような梨花が、体型が崩れる危険を侵して子供を産んだのだ。愛情がない訳がないということに気づく。写真の子供も表情豊かで、愛情を受けて育ったのがわかった。
「ガラゲーの時の画像だから画質は悪いけど……ほら沙綾の子供の時の写真もあるのよ」
従姉妹だと聞いているが、かなり仲の良い従姉妹だったのだろう。年齢差もある筈だが、沙綾の小学生の時の写真なども出てきた。
沙綾は小さい時からほぼ変わりなかった。髪型も眼鏡も、地味な格好すら、スモール版沙綾がそこに写っている。ただ、今よりも笑顔が多いし色んな表情をしていた。視線もちゃんとカメラ目線をしているものも多く、美少女ではないが愛嬌のある親しみやすい少女という印象を受けた。
つい頬が弛み、気がついたら梨花と頭を寄せ合うようにスマホを眺めていた。
「変わらないな」
「フフフ、可愛いでしょ。それで、私に相談って何かしら? 」
昴は、沙綾の写真を見に来た訳じゃないと思い出して姿勢を正した。いや、できればメールに添付して送ってほしいが。
「そうでした。あの、つい先日、沙綾さんと交際させていただくことになったのはメールでお伝えした通りなんですが」
「それね、あの子からはまだ聞いてないけど、よくあの子がOKしたわね」
興味津々という表情で梨花が身を乗り出す。
「まぁ、友達寄りの恋人……ということでなんとか頷いてもらいました」
まさか勃つの勃たないのという話は話せないので、なんとなく話を濁す。
それよりも、これだけ仲の良さそうな従姉にまだ自分の存在は話されてないのかと落ち込みそうになりながら、まだ付き合ってからたったの3日、話してなくてもしょうがないと気持ちを浮上させる。
「それで? 」
「彼女の住むアパートのことなんですが」
「あぁ、あそこね」
梨花の鼻に皺が寄る。
「オートロックじゃないじゃないですか」
「そうなのよ! 」
「鍵もピッキングできそうな普通のものですよね? 一つしかついてないようだし」
「ええ、そう。その通りよ! 」
興奮して頷く梨花は昴の手をガッツリ握ってきたが、昴がさりげなくその手を解くと、梨花は「あらごめんなさいね」とさして気にした様子もなく両手を胸の前で組んだ。
「防犯上問題があるんじゃないかと思うんです」
「私もそれは心配してるの! 沙織おば様にも話しているのに、大丈夫よーとか言って聞いてくれないし、うちの母親とか正おじ様とかが部屋を用意するって言っても、自分のお給料でなんとかなる範囲のアパートに住むって聞かないしで。正おじ様がそれならお給料を倍にするって言ったら、依怙贔屓は駄目だって怒るのよ」
沙綾の仕事内容で給料な倍出たら、いくら親族だとはいえ、周りからの反感も凄まじくなるだろう。それにしても、随分と独立心旺盛なお嬢様だ。あのセキュリティ面で問題ありまくるボロアパートに住んで、給料の範囲内で生活しようとするなんて、甘やかされたお嬢様にはなかなか出来る事じゃない。(お嬢様ではない沙綾にしたら普通のことなのだが)
「あの子、大人しそうに見えてかなり頑固だから言うこと聞いてくれなくて。一応私達は静観してるんだけど……心配なのよねぇ」
「頑固……ですよね。出来れば一緒に住んでくれればって思うんですが、さすがにまだ早いかなと思いまして。部屋は余ってるのうちはいつでもウエルカムなんですが」
「あら、それいいじゃない。ちなみに浅野さんはどこにお住まい? 」
昴が住所とマンション名を告げると、梨花はすぐに場所を理解したようで、パンと手を叩いた。
「あそこね。会社に近くていいじゃない。今のお住まいは賃貸? 」
「いえ、分譲で購入したものですね。支払いは終わってますが」
「まぁ、若いのに凄いわね。間取りは?」
「2LDKです」
「家族で住むには狭いけど、一人や新婚家庭ならちょうどいいわね。で、そこに沙綾が住んでも浅野さんは困らない訳? 」
「そりゃ……沙綾さんが頷いてくれるのであれば、私は出来るだけ早く同棲したいとは思ってますが」
今回梨花に相談したかったのは、防犯のしっかりした住まいに転居するように沙綾を説得して欲しいということだった。そのことを相談する前に、つい沙綾と同棲したいという願望がダダ漏れてしまったが。
「それなら任せて。うまくいけば沙綾を引っ越しさせられるかもしれない。浅野さんは沙綾が使う部屋を整えておいてね」
そりゃいくらだって部屋の準備はするが……。
梨花が何を考えているのかわからないが、全てを梨花に丸投げすることにした。詳しくはメールで状況を知らせると言われ、梨花は悪い笑顔を浮かべた。
それから飲み物を飲み終わると、梨花を家まで送って昴は帰宅した。
それなりの時間になってしまったが、部屋に戻るエレベーターの中でスマホの電源を入れる。仕事関係のメールはきていたが、沙綾からのラインは届いてなかった。
まぁ、期待はしていなかったが、沙綾相手だ、そんなものだろう。
【昴】もう寝ちゃった?
沙綾にラインを送ってから鍵を開けて部屋に入る。当たり前だが真っ暗な部屋に、ラインの着信でスマホが光った。
【沙綾】まだ起きてます。今帰りですか?
珍しくスタンプだけではなく文章まで入る。
【昴】うん、今家についたとこ。部屋が暗くて寂しいです。沙綾ちゃんにお帰りなさいって出迎えて欲しいなぁ
【沙綾】お帰りなさい、お疲れ様でした。そしておやすみなさい
やはり甘くない文面に、昴はクスクス笑う。甘くはないけれど、すぐについた既読と返信に、少しは昴からの連絡を待ってくれていたのかと思えたからだ。
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