第18話 浅野昴、衝撃を受ける
とんでもないカミングアウト(昴の下半身事情)から、沙綾に「友達兼恋人」を了承してもらった昴は、土曜日のデートプランについてググっていた。
「浅野さん、お片付けしてもうそろそろ帰らないと……なんですが」
時計を見ると11時を過ぎてしまっている。沙綾が初めて昴のうちに来た時も同じような時間になり、昴が車で送ると言っても沙綾は頑として受け入れなかったが、今は友達兼彼氏の立場を手に入れた昴である。大切な嫁(昴の希望)を、こんな深夜に一人で帰らせる訳にはいかない。
昴はスマホをテーブルに置くと、進んで皿をキッチンに運んだ。
「一緒に片付けよう。この惣菜はどうする? 捨てる? 」
「捨てませんよ。明日も食べられると思いますけど、浅野さんは同じ物を2日食べるのは嫌な人ですか? 」
「沙綾ちゃんが作った物なら、何日だって同じの食べられるけど、買ってきたのはなぁ。それにだいたい夕飯は仕事帰りに食べてきちゃうし、よっぽど残業で遅くなった時はお弁当とか買ってくるけど。沙綾ちゃんは自炊? 」
「はい。お昼は外食が多いので……夜はだいたい自炊ですね」
「偉いねぇ。僕も毎日沙綾ちゃんの作るご飯が食べたいなぁ。お昼はお弁当持ってかないの? 女子達、けっこうお弁当率高いよね」
沙綾が洗剤で洗って流した物を、昴が拭いてしまう。大皿と取皿2枚、コップくらいしかなかったなかったのですぐに終わった。惣菜の残りは沙綾が持ってきたタッパーに移し替えて、沙綾が持って帰ることになった。
「そうなんですよね」
昴は、もしかして沙綾がイジメられたり、ハブられたりしてるのかと心配するが、沙綾は苦笑気味にそうではないんだと首を振る。
「お弁当を持って行くじゃないですか、すると一緒に食べようって誘われちゃう訳ですよ。大勢で食事するとか、本当に苦手で」
「誘われるのが嫌なのか」
「はい、苦痛です」
けっこうバッサリと言い切る沙綾に、昴の好感度はさらに上がる。普通の女子なら、自分を良く見せようともう少しオブラートに包んだ言い方をしたり、同情を引くように逆に周りを貶めたりするというのに、沙綾は言いにくいことも躊躇わずに言葉にする。単に対人スキルが少ないせいなんだが、粘着質な女子に纏われやすい昴からしたら、新鮮で魅力的に見えた。
シンクをから拭きした沙綾は、荷物をまとめて昴の前に立つ。
「では、失礼します」
「ちょっと待って」
普通に挨拶して帰ろうとする沙綾を、昴はガッシリと捕まえる。
「電車の時間もあるんで……」
「うん、電車では帰さないよ」
「……? 」
「送って行く。これは彼氏特権だからね」
「でも……」
「車のが速いよ。心配して家に帰るまで電話で話してるより、送って帰って来た方がずっと速い」
「……」
「あのね、これは自己満足だから。俺が嫌だから。沙綾ちゃんに何かあった時に後悔したくない」
これは昴の本心だ。
「……お願いします」
本当に渋々という感じに了承を得、昴はそんな沙綾のリアクションにも新鮮さを感じながら、部屋の鍵と車の鍵だけ持って部屋を出た。
昴の車はマンションの地下駐車場に置いてあった。エレベーターで地下2階におりると、外車ばかりがズラリと並んでいる。この手のマンションに住んでいる人種が軽自動車やら大衆車に乗っている訳がなく、当たり前の光景と言えば当たり前の光景だろう。スポーツカーなども多々あり、高級車の展示場のようである。
ドジをして車に傷をつけないようにと、沙綾はなるべく車には近づかないように歩いた。
昴の車は駐車場の真ん中辺りにあり、この高級車ばかりの車の中に思いっきり馴染んでいた。つまりは、沙綾も見たらわかるくらいの外車だったのだ。
「どうぞ、乗って」
昴は助手席側のドアを開けたが、沙綾は固まって動かない。
「靴……」
「靴? 」
「靴……脱いだ方がいいですか? 」
「え? 何で? 普通に乗ってよ」
「お、お邪魔いたします」
「クスッ、何でその口調? 」
沙綾が助手席に乗ると、昴がドアを閉めて運転席側に回り込んだ。沙綾から住所を聞き、カーナビに入れる。
「……車、好きなんですか? 」
「別に。これ大学卒業の時に貰……譲ってもらったんだ。だから車道楽とかじゃないよ。買い替えるのも面倒で、ずっと乗ってる。最近はあまり乗れてなかったけど、これからは沙綾ちゃんの送迎に活躍できるね」
パトロンの一人が、新しい生活の門出にと現金一括払いで購入してくれたB●Wの新車だった。すでに5年たっているが、あまり乗っていないのでほぼ新車同然だ。週に一回はエンジンを回したほうが良いと聞き、近所のコンビニに買い物をする時などに無理やり乗っていたが、これからは沙綾の送迎やデートにと使用頻度が上がるだろう。
沙綾が快適に乗れるような便利グッズとか、今度車屋に見に行こう。車にTVとかつけれるって聞いたな。もし遠出とかするなら、沙綾が飽きないようにTVが見れるようにしてもいいな。カーナビでも見れるけど、途中でナビが入るのも鬱陶しいだろうしな……などと、昴が沙綾仕様に車をカスタマイズしようなどと考えながら車を発進させた。
「私の送迎なんて滅相もない! 」
「えー、彼氏なら普通だよ。ほら、彼女が飲み会で遅くなった時に迎えに行ったりとか」
「飲み会に参加したことありません」
「あー、うちの会社そうだよね。飲み会強制参加じゃないもんな。でもほら、同窓会とかは? あ、沙綾ちゃんの地元は? 一人暮らしなら東京じゃないのかな」
「東京……ですよ、ギリギリ」
「そうなんだ。じゃあ実家にはすぐに帰れるね」
「まぁ、そうですね」
お嬢様(だと昴は思っている)の沙綾が一人暮らしをしているのは、社会勉強か何かなんだろう。それにしても、ご両親は心配ではなかったんだろうか? 生活能力は普通にあるようだが、何せ対人関係が壊滅的な沙綾だ。もし沙綾みたいな娘が自分の娘だったら、とてもじゃないけれど一人暮らしなど許可できないだろう。
「実家に帰る時とか送っていくよ」
「大丈夫です」
「でも、ご両親とかにもご挨拶したいし」
「遠慮します」
「えー、真面目なお付き合いしてますってご報告しないとじゃない? 」
「……私から報告しますからお気になさらず」
「報告してくれるんだ」
赤信号で停まった時に、沙綾の方を盗み見た。沙綾は思った以上にくつろいでいるようで、いつもはオドオドと定まらない視線も、窓の外を眺めて穏やかだった。この様子ならば、日曜日のドライブデートもかなり良い案だったかもしれない。
「まぁ、それは、一応」
「嬉しいよ」
それでも実家への挨拶の答えは「NO」だった。やはり頑なな沙綾である。
「あ、ここで」
カーナビの「目的地に近付きました」という音声ガイドが入ったところで、沙綾が一軒のアパートを指差した。
外階段で、平成どころか昭和な感じのアパートだ。もちろんオートロックなんかない。
「ここ? 」
「ここです」
沙綾はシートベルトを外すと、ペコリと頭を下げて車から出ていく。昴がア然として見守る中、外階段を上り2階の右から二番目の部屋の鍵を開けて入った。見た感じ鍵は二重とかになっていなかったし、アパートの感じからしても防犯は重視されていないだろう。
「マジか……」
何でお嬢様である筈の沙綾がこんなボロアパートに住んでいるのかわからないが、あまりの危機管理の薄さに心配しかない。しかも、住宅街にあるアパートで静かなのはいいが、人通りがほとんどなく、私道なのか細い路地も多くて人が潜んでいてもわかりづらい。この道を夜中に一人で歩かせていたのかと思うとゾッとする。
昴は財布にしまっていた名刺を一枚引き出し、そのメールアドレスをスマホに登録してからゆっくり車を発進させた。
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