第12話 浅野昴の反応(無反応?)
逃げるようにマンションに帰ってから、昴はスーツを脱ぐこともせずに、年代物のウィスキーを取り出して氷を入れたコップに注いだ。
いっきに飲み干して大きなため息を吐いた。
勃起しなかった……。
生まれてこの方27年、(正確には初めての性交してから13年)どんな相手にだって勃たなかったことはなかった。まぁ、相手を選べるくらいには需要は多かったから、そこまでキツイ相手はいなかったが、それでも30くらい年上の女相手でも頑張れた(若さゆえ)のに……。
昴は自分の股関をジッと見た。
さっきの女……名前も思い出せないが、あの女のスッポンポンを思い出しても、うんともすんとも反応しない。
昴にとって、学生時代自分の存在価値の6割は見目の良さだった。残りはただいまもっぱら無反応な下半身のイチモツ。生活の為、生きて快適な生活を確保する為に必要だった。もし自分の見た目が普通でお粗末なブツを持っていたら、今の自分はいないだろう。中卒で生活する為に借金を重ねる日々……、考えたくもない日常が待っていたことだろう。
普通の男性だってこの年齢で
最初はロックで飲んでいたのが、氷がなくなり生でグイグイあおる。
気がついたらスーツの上着を脱ぎ、フラフラと寝室のベッドに仰向けで倒れていた。多分寝たのは明け方。気がついたら昼過ぎ、いきなり眩しくなって睡眠から浮上する。
「浅野さん……」
穏やかなゆったりとした口調、意識が戻る中で幸せの音か頭に響く。
「浅野さん、お仕事しないとじゃないんですか」
「……ウッ……ゥン」
軽く肩を揺すられ、うっすら目を開けるとかなり近い距離に心配げな沙綾の顔が見えた。夢……だな。思わず欲求のままに沙綾の腕を引いた。
「ゥッヒャ! 」
変な奇声が聞こえ、ムニュッと柔らかい感触を抱きしめる。あー、シャンプーの良い香り……。
「浅野さん……Yシャツ洗います。脱いでください」
ボソボソとした声が胸元から聞こえた。
「うん……うん? 」
「口紅の跡、落とさないとですから」
口紅? 何の……。
「えっ?! 」
昴はガバッと起き上がった。夢だと思って抱きしめていた沙綾は現実の沙綾で、温かくて柔らかくて……勃った。え? 勃った?!
「シーツも洗いますから、外して持ってきてください。お風呂入りますか? 沸かしましょうか」
「いや、シャワーで。洗濯物は僕がするよ」
見える範囲で確認したが口紅の跡は見えない。襟首か? あの女、何面倒くさいことしてくれてんだ。
「……そうですか」
昴と目を合わさずに軽いお辞儀をして部屋を出ようとした沙綾を思わず引き止める。とにかく何か言わなくては。
「沙綾ちゃん! ……あの、これは別にたいした意味はなくて、たまたま偶然ついただけで……」
「……そう……ですか。私には関係ないですから」
いつも以上に平坦な声で返され、パタンとドアが閉まった。
これ……ヤバくないか? なんで着替えなかったんだ俺!!
昴は丸くなって頭を抱えた。その時に匂った女の残り香に二日酔いさえぶっ飛んだ。
口紅に女の香水の匂い……終わったかな……いや! 接待で付けられたとか言い訳はいくらでもある。それにあの女の手技でも裸でも無反応だった俺のナニが沙綾には反応したじゃないか。つまりは俺のナニは沙綾だけがいいって主張してる訳で、これって好きってことじゃないか?!
身体の関係は多数持ってきた昴だが、恋愛経験値は底辺だった為、最低の方法で自分の恋心に気づいたようだ。
昴はシャワーを浴びてスッキリしようと、とりあえず脱いで丸めたYシャツを手に寝室を出た。リビングダイニングでは、黙々と拭き掃除をする沙綾の後ろ姿があったが、昴が入っきても振り返りもしない。それどころか、いつもおっとり(ノロノロ)と動いている手が、キビキビと動いているじゃないか。
そんな沙綾に声をかけようか悩んだ昴だったが、今は先に臭いを落とすことが先決かと、頭をガリガリとかきながら風呂場へ向かった。
シャワーを浴びるとかなり頭がスッキリした。鏡で確認したが、身体にキスマークはつけられていなかった。不幸中の幸いだ。
今は通常使用に戻っている素っ裸の自分下半身に目をやる。
さっき……確かに反応したよな?
ジッと見ていたが、特にピクリともしない。(当たり前か)
なんとかもう一度沙綾を抱きしめて確認したい。でもまさか、勃つかどうか確かめたいから抱きしめさせてくれなんて言えない。
良い手はないか考えながら脱衣所を出ようとすると、ファブリーズを手にした沙綾と出くわした。どうやら替えを取りに来たらしく、洗面台の下を漁っている。ファブリーズ、まだ半分以上あった筈だけど、使い切ったのか。酒臭さをなくす為? それともあの女の香水臭さをなくす為? (後者が9割です)
「沙綾ちゃ……ん? 」
「……何でしょう」
沙綾にしては珍しく語尾までしっかりした「何でしょう」に、昴はへニョリと眉を下げた。やっぱり怒ってる。いつも視線は合わないが、今回は頑なさを感じるから。
「何か怒ってる? 」
聞くまでもなく不機嫌なんだけど、とりあえず弁解のきっかけになればと聞いてみる。
「別に。……私、人より鼻がきくんです。だから、強い匂いが駄目で。それだけです」
「昨日かなり飲んだからな。もう、匂い取れた? 」
沙綾は一歩近寄って昴の胸元の匂いを嗅いだ。真下に沙綾の旋毛が見えて、背中に手を回せば抱きしめられる距離だ。さっき香った沙綾のシャンプーの匂いが漂い……、(半分)勃った。
「……さっきよりはずっとマシです」
胸元に沙綾の吐息を感じて……、完璧に臨戦態勢を迎えた(フル勃起)。昴は下を見るなよと祈りながら、わずかに腰を引く。
「何か食べますか? おじやとかならすぐに作れます」
「いいの? 」
「お待ち下さい」
昴の盛り上がったアレに気づかれることなく、沙綾はそさくさと昴から離れるとキッチンへ向かい、昴は「ちょっとトイレ」と言って急いでトイレに向かった。
昨日の無反応はなんだったんだというくらい勃ち上がったソレに、今じゃないだろと思いながら、
しかしこれで他の女には無反応だが沙綾にだけ反応することはわかった。
「わかったけど……これどうすんだよ」
擦って出せばいいのはわかるが、女に不自由したことのない昴は自分でしたことがなかった。
なんとか欲を吐き出して、トイレで右手の処理をしていると、なんとも虚しい気分になる。彼女のいない世の男は、こんな虚しい行為を夜な夜な行っていたのかと、なんとも言えない気分になる。しかし体調的には出したからスッキリだ。
これは早く沙綾に告白しないと、いつまでもこんな虚しい行為を繰り返さないといけなくなる。
昴は決意も新たにトイレを出た。いきなり恋人は無理でも、少しは好意を小出しにしてアピールしなくては!
リビングダイニングに戻ると、キッチンにいた沙綾が鍋から目を離さないまま聞いてきた。
「食べられそうですか? 」
「うん、ありがとう」
沙綾は卵おじやを作ってくれたらしく、器によそうといつもの昴の定位置に器とスプーンを置いた。食べてる間は掃除は控えようと思ったのか、沙綾はお茶をいれて昴とL字の位置にポスンと座った。
卵おじやの出汁の良い香りに、思った以上にお腹が空いていたことに気がついた昴は、まずは食欲を満たしてからと、フーフー冷ましながらおじやを食べた。
酒で荒れた胃に染みる……。
昴の状態を思いやってくれた食事は、胃と心を温かくしてくれた。二日酔いは病気ではないが、具合が悪くても熱があっても、基本一人でなんとかしてきたし、看病なんか誰もしてくれなかった。
こういうの、スゲーいい。本気でいい。ソッコウ結婚したいかも。
「そう言えば……」
「ん? 」
「彼女さんには私のこと……私がハウスキーパーさんの代わりにおうちに出入りしていることは話してあるんですよね? 」
嫁になった沙綾に看病される自分を想像して、そのあまりに幸せな日常にウットリしていた昴は、沙綾の爆弾発言にいっきに現実に引き戻された。
「彼女? 」
「はい。彼女さんがいることを失念していた私が悪いのですが彼女さん以外の女が家の鍵を持っていて自由に出入りしているなんて嫌じゃないですか。いや浅野さんにとって私が女の概念にかすりもしない存在だってのはわかってます。だから浅野さんももしかして彼女話忘れてるんじゃないかと思いまして」
沙綾は視線を床に固定して、ノンブレスでいっきに話した。こんなに話す沙綾はレア中のレアだ。レアな沙綾を見れるのは良いが、こんなレアはいらない。昴に彼女がいる体で話す沙綾に、昴は慌てて否定した。
「彼女はいないし、沙綾ちゃんは僕にとっては普通に可愛い女の子として認識してるけど? 」
沙綾は胡散臭そうな視線をチラリと昴に投げたが、すぐに視線をそらして「いないならいいです」と、立ち上がって寝室の掃除へ行ってしまった。
この日、沙綾はいつもよりも家事がはかどった様子で、話をしようとする昴をスルーすること15回。黙々と家事をこなして帰っていった。
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