第10話 浅野昴とモデルのリンカ
「浅野さんは……何か企んでいるのかしら? 」
さっきの沙綾との会話を聞き流していたということは、沙綾との関係(今はまだ雇い主とパートのハウスキーパーではあるが)をある程度聞いているんだろう。その上で、梨花は話をしたいから昴を引き止めたようだった。
「は? 」
「あなた、見た目通り爽やかな質じゃないわよね」
傍から見たら和やかな雰囲気を崩さずに、にこやかな笑顔で実はお互いを探り合っていた。
「と言いますと? 」
「モテているようだけど、会社では女の子に告白されても全員断っているようね。かと言って、彼女がいるようでもない。あ、男色は疑ってないわよ。あなたはそっち側じゃないわね。彼女を作るのは面倒だから、セフレを数人キープしてる……そんな感じかしら」
「神崎さんは占い師かなんかですか?」
「あら、苗字だとややこしいでしょ。名前を呼んでもらってかまわなくてよ」
「いえ、大事な人に勘違いされたら困りますから」
「ふーん。」
上滑りの返事に、昴の言うことを全く信用してないのが丸わかりだ。だが、昴は嘘は言っていない。なんと言っても、沙綾は大事な逆玉の相手だから。
そして、それは沙綾じゃなくても同じ神崎なら梨花でも良い筈(昴の逆玉の条件には合致してないが)だが、万が一花梨が地味〜な見た目をしていたとしても、今の昴なら同じ地味なら沙綾を選ぶと断言できるくらいには情が湧いていたりもする。
「もしあの子を騙したり弄んだりするようなら、私は私の使える全ての権力を使ってぶっ潰すけどね」
いや、実際に色んな権力持ってそうだから、冗談じゃすみさそうなところが笑えない。でも真剣に将来を見据えたお付き合い希望なんで、なんの問題もないんですけどねと、昴は梨花から視線をそらすことなく真剣に見つめる。梨花は不敵な笑顔を浮かべていたのが、視線をそらさない昴の瞳をジッと見つめて、フッと表情を緩めた後に僅かに瞳を揺らした。
「あの子、高校の時に男に酷い目に合ってるの」
「男? 」
沙綾と男という単語が結びつかなくて、昴の眉が数ミリ上がる。
「私も詳しい内容は知らないんだけど、彼氏なのかしらね。その彼氏と彼氏の、取り巻きのせいで、対人恐怖症にまでなってね。今はあれでもかなり改善されたのよ。あ、集団レイプとかそういう内容じゃないから、あの子の名誉の為にも勘違いしないで。なんか、酷い内容の賭けの対象にされたとか。どんな内容かは教えてくれなかったけど」
いや、勘違いしないでも何も、あの沙綾に彼氏がいたこと自体衝撃過ぎて、話の内容がぶっ飛んでいた。
「それまでの沙綾は、かなりトロ……おっとりとはしていたし、恥ずかしがり屋さんだったけど、あそこまで挙動不審じゃなかったのよ」
確かに沙綾は人と視線を合わせないが、挙動不審とまでは……言えるのか?
「それで、神崎さんはあなたの全ての権力を使ってその男とその取り巻きをぶっ潰したんでしょうね」
「それがね、沙綾がその相手の名前を言わなくて……と言うか言えなくて。トラウマの元凶でしょ。思い出すだけでもどしちゃってたの。私達も敢えて思い出させるよりも忘れさせようってことになって」
あの沙綾が照れながらも微笑んで見つめた男(昴の勘違い)がいたのかと思うと、何やら得体の知れない気持ちがせり上がってくる。その感情が何かはわからなかったが、いつも穏やかな笑みを絶やさない昴の眉間に皺が寄るくらいには不愉快だった。
そんな昴の表情を見て、梨花は満足そうな笑顔を浮かべる。
「浅野さん、沙綾のことをお願いしますね」
「勿論です。私も仕事に戻らないといけない時間なんで、これで失礼します」
昴はアイスコーヒーを飲み干すと、伝票を片手に立ち上がった。
「あら、ごちそうさま? 」
「どういたしまして。また、沙綾さんと一緒の時にお食事でも」
社交辞令プラス沙綾抜きで会うつもりはないとの言外に告げる。
「そうね。しばらく母には沙綾をパーティーに駆り出さないように伝えた方がいいかしら? 」
「母? 」
「ええ、あなた達が出会ったパーティー、主催は母の会社ですからね。リハビリも兼ねて、あの手のパーティーに沙綾を引っ張り出してるみたいね」
「あぁ、なるほど。もうパーティーは必要ないですね。彼女は毎週私でリハビリしてますから」
神崎は神崎でも、神崎正の娘ではなく、美和子の娘だと理解した。なるほど、年齢不詳の美魔女で有名な神崎美和子の娘なら、この美貌も頷ける。逆に、沙綾との血縁関係が一滴でも無さげに見えるが……。人は一皮剥けばみんな骨、見た目の美醜などくだらないと思っている昴は、梨花の美貌を見ても特に心惹かれることも惜しむこともなく、簡単な挨拶をしてから店を出た。
沙綾の高校の時の彼氏……。
男と手も繋いだことがなさそうな沙綾の、まさかの過去の男の存在。それがこんなに昴の気持ちを波立たせるとは。何をどこまで許したのか……。今まで性的な目で沙綾を見たことなどなかったのに、どこぞの馬の骨が昴の知らない沙綾を暴いたのかと思うと、イライラすると共に自分で上書きしたいという欲求に襲われる。
そんな自分の思考に驚きつつ、そういえば沙綾と知り合ってからセフレ断ちしてしまったから、欲求不満が溜まっているのではと考えた。
まだ信頼関係を築こうとしている真っ只中で、その欲求を直に沙綾にぶつける訳にはいかない。怖がりの沙綾は、二度と昴に近付いてくれなくなるだろう。
昴はしばらく使用してなかった遊び用のスマホを鞄から取り出した。
セフレにはもう会わないことを告げて着信拒否にしているが、かなり以前に一回関係を持っただけの相手とか、番号を登録していない相手からたまに連絡が入るときもある。そんな相手と気楽に欲だけ発散してしまおうかと、着信履歴を確認していた時、都合よく知らない番号から電話がなった。
会社の手前の広場でスマホに出る。
「はい、浅野ですが」
『昴? 私よ』
私と言われても、誰だかさっぱりわからない。着信拒否にしてなかったということは、そんなに頻回に関係を持った女じゃないんだろう。
「ああ、君か。どうしたの? 」
『ねえ、今日会えない? 久しぶりに……ね? 』
「うーん……そうだね、じゃあいつもの六本木のホテルのラウンジで」
『ええ、わかったわ。8時くらいかしら? 待ってるわ、じゃあ後でね』
女の晴れやかな声に了解の返事をして電話を切った。いまだに誰かわからないが、行けばわかるかと気楽に構える昴だった。
今まで感情とは関係なく生活の為に女を抱いてきた。自活出来るようになってからは、ただの性欲の捌け口として。だから、今回のモヤモヤも別口で発散すればおさまる類の欲だと考えていた。
★★★
「昴、会いたかった……」
ラウンジで一人ウィスキーのロックを傾けていたら、真横の席に女がスッと座った。栗色のストレートの髪の毛をかきあげる様は、いかにも良い女ふうで、多少化粧は濃いけれど日本人にしては彫りの深い顔立ちの肉感的な美人だ。
一瞬誰だっけと考えたが、そういえば自分に少し執着が強くなってきた女だったなと思い出す。電話は着拒した筈だが、電話番号を替えたんだろうか。
「あ……ぁ、久しぶり」
女はスルリと腕をからませてきて、豊満な胸をグイグイ押し付けてくる。ああ、そう言えば身体の相性だけは良かったなと思い出す。
女はテキーラサンライズを頼むと、楽しげに会話し始めた。押し付けられる胸は気持ち良かったが、媚びるように見上げてくる視線とか、くだらない芸能ネタとか、心底どうでもいい。本当によく動く口だなと、適当に相槌を打ちながらボンヤリ女の口を見ていると、女の真っ赤な唇が気持ち悪く弧を描いた。
「移動する? 」
「そうだね」
セフレなんかに一流ホテルの一室などもったいないので、以前の流れのままにホテルを出て少し歩いたところにあるラブホテルに向かう。ベッタリくっついてくる女の香水の匂いがどうにも気持ち悪い。
そういえば沙綾からは香水の香りはしなかった。微かに香るのはシャンプーの匂いか柔軟剤の匂いか、こんなに刺々しい匂いではなかった。それこそ、抱きしめて深呼吸したくなるような爽やかな香り。多分、抱きしめたりなんかしたら変な声とか上げて硬直してしまうんだろうな。それともジタバタ暴れるんだろうか? いつか抱き返してくれるようになるかな? きっとその手の動きもぎこちないんだろうけど。
半身を擦り寄せる女のことなど頭から抜け、沙綾のオドオドとした態度を妄想していたら、昴の口元に自然な笑みが浮かんだ。女は、それをこれからの自分達の情事を想像して浮かんだ笑みと勘違いする。さらに身体を密着してきて、ラブホテルの部屋に入ってすぐに昴にキスを強いてきた。昴のスーツの上着を脱がせ、ネクタイを弛めてYシャツのボタンを外す。流れるような動作を、激しいキスをしながら行う。
口紅の味はこんなに不味かっただろうか? きっと、ベッタリ昴の口にも口紅が移ってしまっているに違いない。つい唇を拭いたい衝動に駆られるが、さすがにキスした後にそんなことをしたら激怒されるだろうと我慢する。
いつもならば、積極的に女の唇を貪る昴が、女を抱きしめたり身体を弄るでもなくされるがままにダランと手を下げたまま、お愛想とばかりに舌を絡めるのみのその消極的な態度に、女は焦れたようにキスを激しくし、ズボンをくつろげて直に昴の股関を撫で擦った。
しかし、女の巧みな指使いもにも昴のモノは全くの無反応でピクリともしない。女も焦ったようだが、昴も表情に出さないがプチパニック状態になる。
まさかの打ち止め?!
中2の時にパトロンの一人に初めてを買われ、それからはほぼ毎日生活費を稼ぐ為にパトロンと寝てきた。パトロンが必要じゃなくなってからも、習慣のようにセフレに性を吐き出してきた。沙綾と出会ってからのこの2ヶ月弱、昴は誰とも寝ていなかったし、自慰すらもしていなかったので、絶対に溜まっている筈だった。それこそ、女にすり寄られただけで勃っていてもおかしくないのに、触られても全くの無反応って、まさか
昴は女を引き剥がした。
「お風呂に入ってきなよ」
「昴も一緒に入るでしょ」
「いや、まだ少し仕事片付けるから先に入ってて」
女は少し不満そうにしつつも、見せつけるようにワンピースを脱ぎ、紫のエロい下着姿で昴にもう一度キスをしてから風呂場へ向かった。
昴は、鞄からノート型PCを出すこともなく、ベットに座って透けて見える風呂場を眺めた。風呂場からは部屋は見えないようになっているが、部屋からはマジックミラーになっていて風呂場が丸見えだ。女もそれがわかっているから、わざとらしくネットリと身体を洗ったりして昴にアピールしている。
魅力的な女の豊満な胸も、くびれて細いウエストも、後ろから突いたら気持ちが良さそうな尻も、全くもって昴の下半身に響いてこない。
ヤバイ、勃つ気がしない。
気分的な問題か、完璧な病気かわからないが、昴は情けない状態の下半身をズボンを押し込むと、衣服を整えて上着を羽織った。
【ごめんね、仕事で呼び出された】というメモの上に、ラブホテルの宿泊料金よりも少し多めのお金を置き、昴は早々に部屋を後にした。ラブホテルを出たらタクシーをつかまえ、六本木から離れてホッとする。
遊び用のスマホの電源を落とし、昴はタクシーの座席に寄りかかって大きなため息を吐いた。
これは男の沽券に関わる出来事だった。
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