第7話 神崎沙綾、過去の出来事を封印したい
友達、初めての友達、しかも沙綾にはレベルが高い異性の友達とやらができてしまった。
さっきまでいた昴の超高級マンションに比べると、ウサギ小屋レベルの自分のアパートに帰ってきた沙綾は、お友達発言をしてくれた昴のことを思い出してジタバタしていた。
ただの雇用の関係だと思っていたのに、まさかのお友達になってくれるだなんて、浅野昴という人物はどこまで良い人なんだろう。見た目もイケメンなら中身まで超絶イケメンな彼が、自分みたいに地味で目立たないまさにモブ中のモブの友達……夢じゃなかろうか?!
うっすい壁のアパートじゃなければ、大きな声で叫びたいくらい感動していたが、ふと過去の出来事が頭をよぎり、一瞬で冷水をぶっかけられたかのように気分がダウンする。
過去の出来事……。沙綾は思い出したくない過去を思い出していた。
沙綾にとって幼稚園レベルから思い出しても、友達とやらがいたことはなかった。小さい時から人見知りという訳ではなかったのだが、人より鈍臭い沙綾は置いてけぼりになることが多かった。凄まじいイジメはなかったけれど、仲間に入れてもらえない、話しかけてもらえない存在で、自分からもアプローチすることもなかった。
そんな沙綾が高校に入ってしばらくたった時、やはり友達もできず、ただ授業を受けて帰るだけの生活をしていたそんなある日、帰ろうと荷物をまとめていた沙綾の目の前に一人の男子が立った。
同級生だが名前はわからない。茶色の短髪で片耳ピアスをした彼は、見た目は今どきだけれど顔立ちはフツメン、いわゆる雰囲気イケメン崩れ(見た目も全て普通の沙綾には言われたくないだろうが)で、少し派手なグループでたむろしてる男子だった。
「神崎さん、一緒に帰ろうぜ」
「……? 」
今まで話したこともない彼と、何故一緒に帰らないといけないかわからない。まだそこまで病的な人見知りを発症していなかった沙綾は、ピアス男子の顔をボーッと眺めた。この時の沙綾は、会話は苦手なものの、ただ動作のトロイ女子だったから。
ピアス男子はチラリと後ろを振り返ったが、すぐに沙綾の腕を掴んで無理矢理立たせた。
「行こうぜ」
ピアス男子は、沙綾の荷物を肩に下げて片手で沙綾の腕を掴み、足早に教室を後にする。引っ張られるように歩く沙綾はプチパニック状態だったが、ピアス男子は沙綾のそんな様子には無頓着で、勝手にベラベラ喋って意味不明にゲラゲラ笑っていた。
よくわからないうちに色々連れ回され、気がついたらすでに夜だった。そして何故か公園のベンチに座っていた。
「俺ら趣味とか合いそうじゃん、まぁ付き合いたいって言うんなら、しょうがないから彼氏になってやってもいいぜ」
「……」
趣味も何も、基本沙綾に趣味はない。時間潰しに本を読んだり、お金節約のため節約レシピを考えたり、実際に作ったりするのは、趣味と言えなくもないかもしれないが、この雰囲気イケメン崩れがそんなことをするとも思えなかった。というか、半日連れ回されたが、いまだに名前すらわからない相手に彼女にしてやっても良いと言われても戸惑いしかない。
「ま、そんじゃそういうことで」
「あ……」
あなた誰? そういうことでってどういうこと?
そう言おうとした沙綾は、いきなり抱きしめられてブチュっと何かが唇に押し当てられた。
あまりのことに頭が真っ白になった沙綾は、気がついたら一人公園に取り残されていた。
な…何事?!
対人関係に疎い沙綾は、これが普通の異性との流れ(明らかに異常なのだが)なのかもわからなかった。知らない間に雰囲気イケメン崩れを沙綾が好いていると勘違いさせるような行動をとってしまったのか、別に付き合いたいなんて言ってないんだけれど、いつの間に付き合ったことになっていたのか、色んな疑問が頭をグルグル回るも、何よりもショックなのはあの気持ち悪い感触。あれがキス……ゲロ吐きそうなんですけど。
今まで好きも嫌いも感じることがないくらいの人付き合いしかしたことがなかった沙綾が、世界で一番大嫌いな人ができた瞬間だった。しかも、何故かその日から沙綾はその名前も知らない大嫌いな男(友達にケントと呼ばれているのを後で知った)に彼女扱いされることになり、無理矢理デートという名前の拉致に合い、ベタベタ気持ち悪くくっつかれたり触られたり、まさに拷問のような数週間を過ごすこととなった。
そんなある日、昼休みに図書館で勉強していると、窓の外で話している声が聞こえてきた。ゲラゲラ笑いながら話す声はかなりうるさく、窓を閉めようと窓際に近寄った沙綾は、窓の下で話している男女数名を目にした。その中には自称彼氏のケントもおり、女子生徒の肩に手を回していた。
いや、別にそれはどうでも良かったのだが、話していた内容が問題だった。
「ところで神崎さんとはちゃんと付き合えたんだよね」
「当ったり前じゃん。俺が地味子に振られる訳ないっしょ」
「もうすぐ約束の1ヶ月だぜ。約束の写真取れなかったらおまえのローレックスは俺んだからな」
約束の写真? ローレックス?
「わかってんよ。あとちょいなんだ。ヴァージンはガードがかてぇんだよ」
「あんたら、タチ悪ッ! 賭けの対象に地味子とのハメ撮り写真とか、誰も見たくないっつうの」
「アハハ、ケント勃つの? 」
「まぁ、違う妄想すりゃなんとか」
下品に笑う男女の声に、昨日の恐怖が思い出された。
昨日、ケントの家に連れて行かれ、「親はしばらく帰ってけないからいいよな」とか言われていきなり襲われたのだ。口では好きだなんだ言いながらも、嫌だと拒否する沙綾を完全に無視して、いきなりスカートの中に手を突っ込んで下着をずり降ろされた。パニックになった沙綾が暴れたことにより、幸運にも沙綾の膝がケントの大事な場所にクリティカルヒットし、ケントが悶絶している隙になんとか逃げ出す事が出来たのだ。
色々触られたものの、かろうじて沙綾の純潔は保たれた……が、あれが沙綾のことが好きな上での暴走ではなく、賭けの上での出来事だったとは……。
沙綾は吐き気を覚えた。無性に気持ち悪く、どうしても我慢できなかった。
そのままトイレに駆け込み吐瀉する。吐くものがなくなって、胃液まで吐いても気持ち悪く、午後はトイレから離れられなかった。
そして次の日から沙綾は高校へ行けなくなった。両親に心配かけたくなくて無理矢理学校へ行こうとするともどしてしまう。そんなことを繰り返し、結局全く学校へ通えず留年してしまい、両親や親戚の勧めで通信の高校に入り直した。
この時の沙綾は、対人恐怖症を発症していた。人と視線を合わせるだけで身体が震え、会話なんかできなかった。男女共にそうだったが特に男性には顕著だった。
カウンセリングを受けてなんとか今はなんとか人見知りレベルまで落ち着き、男性とも視線を合わせなければ会話できる(沙綾的には大いなる進歩、他人から見れば具合でも悪いのかと心配するレベル)ようになった。
浅野さんはあのクズ野郎とは違う……よね? まさかまた罰ゲームとかだったりする訳? もし仮にそうだとしても、友達ならそこまで酷いことはされないだろうし、あのイケメンに馴れて普通に接することが出来るようになれば、人見知りもかなり改善される筈。
浅野昴と友達になること。
それは沙綾にとってリハビリ感覚でもあった。
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