四方山話。

 とある放送枠での下らない記録です。


先輩せんぱい → 「先」

菊池きくち → 「k」

蒔村まきむら → 「蒔」




   □   初めまして   □



k:(咳払い)はい、入ってます。


蒔:あー。おお凄いですねこれ。本当に喋っただけで文章になっていくんだ。

  下手なこと言えないような……これ方言にも対応してくれるんですか?


k:あんまりネイティブだと、やっぱり認識しなくて誤変換する。


蒔:標準語で話さないといけないね。大丈夫かな。


先:でも蒔村君て、あんまりなまってないよね。


蒔:どちら様でしょう。


先:こら。


k:お前にとっても先輩なんだよ、一応。


蒔:一応。えーと、じゃあ初めまして。


先:だから初めてじゃないって。二回は会ってるんだよ。最初は陸上の大会の時で、


蒔:さっきもそのお話になりましたけど、本当に覚えてないんですよね……。


k:すごいハッキリ言われてますね。


先:な。


蒔:「な」って。


先:大会当日に、お前が競技前の点呼に遅刻した事は覚えてる?


蒔:あー……あった気がします。何か偉そうなおじさんに、すごい怒られました。


先:その時もう一人、遅刻した奴いたろ?


蒔:いました! ひょっとしてあの時の、トイレに間に合わなかった方ですか?


先:その思い出し方やめろ。


k:先輩、トイレ間に合わなかったんすか。


先:トイレに間に合わなかったんじゃなくて、トイレに行ってて間に合わなかったんだよ。


蒔:……つまり、トイレに間に合わなかったって事ですよね?


先:トイレには間に合ってんだよ。その後の点呼に間に合わなかっただけ。


蒔:えー、ちょっと難しいですね……。

  だってトイレに間に合ってても、その後の用事に間に合わなかったって事は、トイレも間に合ってないって事じゃない?


k:うん。ちょっと哲学的な問題になるよな。


先:俺のトイレ事情を哲学にすんじゃねぇよ。あとお前も遅刻してんだよ。

  だから、〝トイレに行ってて、間に合わなかった〟だけ!


蒔:……じゃあ略して、〝トイレに間に合わなかった〟って事ですね?


先:うん。じゃあもうそれで。




   □   改めまして   □




k:まあ、今日は蒔村君が。珍客として。


蒔:お邪魔してます。ご無沙汰ぶさた……してます。


k:そう、先輩はちょくちょく来て貰ってるけど、彼は相当久々なんですね。

  昔ネットラジオみたいなのを録ってた時に……。


蒔:ありましたね。疑いようのない黒歴史。


k:胸を張って言えるよね。あれは黒歴史だったと。


蒔:何処に出しても恥ずかしくない黒歴史でしたね。

  絵に描いたような、ザ・黒歴史。


先:何言ってんのこいつら。


k:あれは十年近く前?


蒔:多分。もう名前が違うからいいけど、絶対に聴き返したくない。データとか残ってないよね。


k:……多分。


蒔:怖いよ。ネットの何処かに残ってたらどうしよう。


k:名前の話が出たけど、〝蒔村〟君でいいんだよね。


蒔:はい。蒔村令佑マキムラリョウスケと申します。


k:それは、いいの?


先:確かに。本名で大丈夫?


蒔:まあ何やってても、どうせ十年後にはまた黒歴史になってますから。


k:いや(笑)、それもあるけど。名前出していいのかって事。


蒔:ああそういう。まあ大丈夫だと思います、字は違うし。

  でも表記はしないでね。検索とか掛からない感じでお願いします。


k:了承してます。

  で、読み方は本名まんまだもんね。便利そうで羨ましくなる。


蒔:それたまに言われます。菊池君は人名ぽいけど自分の名前じゃないもんね。

  作家名みたいなの使ってるアマチュアの知人いるんだけど、やっぱり使い分けとか面倒だったり、いざ人と会う時に気恥ずかしかったりするみたい。そのへん本名だと楽です。


k:なるほどね。読み方は本名と一緒で、字だけ変えたって事だけど。由来とか訊いていい?


蒔:すごい訊いてくるね。興味も無かろうに。


k:珍客だからね。


蒔:なるほど。

  大した理由は無いんですけど。本名と違うのは「まき」と「りょう」ですね。苗字と名前の一字ずつ。

  蒔は「種を蒔く」とかのマキですね。意味合い的にも字面も好きで、あと私、廃墟の写真をよく撮ってるんですけど……。


k:先輩大丈夫ですか。退いてません?


先:退くっていうか……廃墟……?


蒔:まっとうな反応です(笑)。

  で、ある廃墟で、時計の針に植物のつたが巻き付いているのを見たんですね。それが不思議と忘れられなくて……みたいな感じです。

  「令」はもっと大した事なくて。単純に好きな字に含まれてる事が多かったんです。「零」とか、「鈴」とか。

  ……実は、本名の「リョウ」の字を書くのが、すごく下手だったんで。だから他の字なら何でもよかったんです。


k:それ、またちょっと訊きたくなるんだけど。本名のリョウの字ってどんなだっけ?


蒔:えーと、ナベブタに口を書くやつ……あ、諸葛孔明しょかつこうめいの「りょう」ですね。


k:ああー。


先:あれ書くの難しいか?


蒔:簡単な字ですけど、昔から何か苦手なんですよ。今でも上手く書けなくて。それで、……えーと(笑)。


k:どうしたの?


蒔:ごめんなさい。「諸葛孔明の亮」って、説明したかった「亮」だけ綺麗に避けて例えたなーと思って。しかもそれで通じたみたいだったから、何か自分でおかしくなって。


k:ああ(笑)。


蒔:すいません。まあそういう感じですね。

  ……喋り疲れちゃった。もうずっと黙ってていい?


k:ダメです。


蒔:ダメなんだ。


先:うん。正直この二人だと、もう話す事ないんだよ。


蒔:めんどい立ち位置……。




   □   何はともあれ   □




k:遅くなったけど、一応。とりあえず皆さん、熊本地震からの生還お疲れ様でした。


先:そうだね、生還お疲れ!


k:この中だと、特に蒔村君ですね。


蒔:どうもです。皆さん大変でしたね。まだ終わってない方も居られると思いますが。

  あれから、初対面の方と会うと「地震の時どうされてました」って訊くようになりましたね。


k:だね。蒔村君はマジで震源地というか…ど真ん中だったね。

  当たり障りのない範囲で、どんな感じだったか教えてくれる?


蒔:私は丁度シャワーを浴びてて……どがーんと来まして。


k:全壊ぜんかいだったんだよね。


蒔:そう、自宅は全壊で私は全裸でした。だから瓦礫がれきの中で、いそいそとパンツいて……大変でしたよ。真っ暗で何も見えないから、「ああこれ前後ろだ」って履き直したりして。


k:(笑) 何か、ちょっと喋り慣れてんな。


蒔:だって色んな人に訊かれたし、深刻になられても困るから笑わせたくなるのよ。

  重い事は幾らでも話せるけど、こういう場だしね。


k:そうね。じゃあ何か、ポップなエピソード一つお願いできる?


蒔:ディープじゃない話か。えーと……

  地震で家が逝っちゃたんで、家具とか家電も、ほぼ全滅しちゃったんです。


先:うん。


蒔:それなのに、有難い事に何も買い直す事なく、殆ど全部を揃い直せたんです。それは遠方の親戚とかもですけど、全くの他人、それも同じ被災者の方が寄付してくれたりしたんですよ。


先:おお!


蒔:……何か相槌で、先輩さんがいい人なんだなって、もう分かりますね(笑)。


先:だから初対面の感じやめろ。会った事あるんだよ。


蒔:それで、色んな方が色んな物を下さったんです。

  例えば……熊本大学の近くで、ご自宅で小規模な学生寮を営んでた方が居られたんだけど、地震でもう寮を閉じる事になったんです。

  それで、不要になった家具なんかを頂いたんですけど。


先:うんうん。


蒔:最後、頂いた家具をトラックに載せて帰る時にお礼を言ったら、その方お婆さんだったんですけど、「いいんですよ。あなたと会えたのも、地震のお陰ですね」って仰られたんです。


k:おー……。


蒔:「地震のお陰」って、すごく語弊があるというか、誤解を招きそうで怖いじゃないですか。

  でもそのお婆さんは、まっすぐにそう仰って。それが、何だかすごく……健全というか。

  「何て強い、ものの考え方なんだろう」って思ったんです。長く生きていく力を感じたというか。


k:うん。


先:なるほどね……。


蒔:それがしばらく前の事なので、私も色々ありましたけど……「熊本地震の縁」みたいなものって、確かに在るように感じてるんです。仕事とかボランティアでも、会う筈の無かった人と会ったりとか。

  それは勿論、私は生き残ったし、かなり恵まれたほうだから言える事で、甘えた綺麗事なのかも知れませんけど……まあ色んな目には遭ったので、何とかご容赦頂きたい……ところですね。


先:そっかあ。


k:うん。曲りなりにも彼を知る立場で聞いてると、すごい違和感だな……。


蒔:頑張って話してるんだから、ばらさないで。


k:えーと(笑)。あと、どこかの大学の先生が見学とかで来たって言ってたっけ。


蒔:はい。元々Twitterで写真見て下さってる方だったんだけど何か先生だったみたいで。学芸員育成の一環……とかだったかな? ゼミの生徒さん連れて、何回か来られてた。

 それこそ生徒さんが代替わりしても来られたし、話の内容とか、瓦礫の一部とかを展示に使ってくれたみたい。


先:何かスゲーな……。


k:彼は人脈もよく分かんないんです。誰とも関わってないようで、陰で色々と。


蒔:言い方。って何……。

  でもその先生が面白い方だったんです。担当してらっしゃる大学に私も呼ばれて、スクリーン使いながら二人の会話形式で、一コマ分の授業時間にしちゃったりとか。


k:……それ大丈夫だったの? 何話したんだ。


蒔:大丈夫では無かったと思う。生徒さん高い学費払ってるだろうにね。

  話したのは熊本地震の事。あと廃墟と女の子の写真についてとか……何故か最後にギター弾いたりとか。図書館のホールだったんだけどね。


先:おお……?


k:それは俺も初耳。


蒔:あとその先生が古文書を読み解くコミュニティもされてて、そこに参加させて貰ったりもしました。楽しかったよ。

  確かね、日本中を武者修行してた武芸者の記録とかも見つかったらしくて。薙刀なぎなたの女性とか、鎖鎌くさりがま使いとかと戦った記録が書いてあったんだって。面白くない?


先:ちょい待って。追いつかん。


k:面白いよ。面白いけど情報量が。


蒔:あ、すみません。あともう喋り疲れました。お茶ください。


先:ええ……。


k:普段一言も喋んないくせに、いざ口を開くと……っていう。


蒔:典型的なオタクですね。そして弾切れです。もう一言も喋りたくない。


先:おいちょっと……菊池。この子マジか。


k:まあこういう感じなんですよ。


蒔:あ、先輩さんの話が聞きたいです私。初対面ですし。


先:だから初対面ではないけどな。

  じゃあ俺話そうか? やっぱりまずは、頭皮についてだけど。


蒔:……。


k:……。


先:お前ら頭皮のケアはちゃんとやっとるか。後で慌てても遅いんだよ。

  例えば……


蒔:りんご。


k:ゴリラ。


先:おい。……そんなつまんねぇか俺の話。大の大人二人でしりとり始めるほどつまんねぇのか。


k:(笑) しかもジャンル縛りも無しで。


蒔:語彙の応酬で1on1ですからね。当分終わらないね。


先:いや、ちゃんと聞いとき。為になるし面白いから。

  でな、一回のシャンプーで抜ける髪の量とかも……


蒔:りんご!


k:ゴリラ!


先:やめろ!




   □   頭皮   □




蒔:そもそも、どうして頭皮の話なんですか?


k:直球だな。


先:最近、薄毛なんだよ。察しろよ。


蒔:そうですか? 全然気になりませんでしたけど。


先:おっ……と……?


k:先輩、違います。こいつは他人がどうでも良すぎて、何も見てないだけです。


先:そうなのか?


蒔:そうですね。


先:あ、本人が答えてくれるんだ。


蒔:見てませんし見たところで。先輩さんがハゲていらっしゃろうとフサフサであろうと、ねえ……。


先:これは殴りたいな。


k:ハゲていらっしゃろうと。


蒔:おハゲ遊ばされていようと。

  ちなみにですが、私も額は広いですよ。ほら(前髪を掻き上げる)。


k:こっちにも見して。あー確かに。


蒔:ね? 子供の頃からですけどデコ広いんですよ。


先:本当はお前も、もう来てんじゃないの頭皮。


蒔:そうなんですかねえ。


先:……何でそんな落ち着いてんの?


蒔:だって毛が生えてる生えてないとかどうでも。先輩さんみたいに男前だったら一大事かもですけど、私はヴィジュアルで勝負してませんからね。


先:……。


k:先輩、何でちょっと満足そうなんですか。


先:うん。何か、機嫌直ったわ。


k:今ので直るか……?


蒔:さあ。まあ直ったんならよかったです。

  でも布、えーと。皮膚面積が広いって、メリットの方が多い気がするんですけど。


k:「布面積」って言いかけたのが気になるけど一旦おいとくわ。

  メリットが多いってどういう事?


蒔:(笑) だってその、全身ボディソープ、何ならハンドソープで洗えちゃうって事でしょ? それってよくない?


先:よくねえよ洗えねえよ。

  いや洗ってる人も居るかも知れんから、何とも言えんけど。俺はそこまでハゲてないから。


蒔:……何か、今のは。


k:ハゲがハゲをけなしてたな。


蒔:何て醜いんだろう。


先:言いたい放題か。


蒔:これだから薄い人って……。

  で、話を戻しますけど。僕らって、ハンドソープでひじくらいまで洗っちゃう時あるでしょ?


k:ああー。まあ単純に腕まで汚れた時とか、汗かいてちょっとスッキリしたい時とか?


蒔:そうそう。だから、おハゲでいらっしゃる方って、その感覚で肘と言わず頭まで洗えちゃうのかなって。


先:洗えちゃわねえよ。あと言っとくけど、俺だって肘まで洗う事あるから。


蒔:あるんですか!?


先:あるよ。何でビックリしてんだ。お前ハゲとハゲてない奴とで区別してない?


蒔:してます。


先:してんじゃねえよ。


蒔:だって違うじゃないですか。だから嬉しかったんです。ハゲてらっしゃる方も肘まで洗うんだなあって。


k:分かり合えた瞬間だったよな。


蒔:ね。種族の壁を超えるって、素晴らしい事ですよ。


先:こいつらマジで……。

  ハゲてようと肘があるのは同じなんだから、当たり前に肘まで洗うってんだよ。あれだろ、ちょっと出張する感じだろ?


蒔:そうですそうです! そして先輩さんの場合、そのまま頭まで単身赴任みたいな事は、


先:ねえよ!


蒔:(笑) すごいツッコんで下さる……どうしよう、ちょっと楽しくなってきた。


先:……菊池、こいつ何とかしろ。


k:どうにもなんないんですよ。

  対処法としては……こいつが笑ってる時は、嘘ついてる時か、相手をバカにしてる時だと思った方がいい、くらいです。


先:……ずっと笑ってんじゃねえかよ。


蒔:(笑)


k:そうなんですよね……。




   □   また髪の話   □




k:せっかくなんで蒔村君、薄毛に関するエピソードとかある?


蒔:もう喉痛いから黙りたいけど……考えてみたら、ある。


k:お願いします。


蒔:えーと、何年か前に、お世話になった男性が居たんです。まあまあおじさんで、その……とてもハゲてらっしゃる方だったんですけど。

  で、その方が私にライヴのチケットを下さる事になったんです。「二枚当選したから、一緒に聴きに行こうか」みたいな。


k:いい人じゃん。


蒔:そう。すごく親切な方で、本当によくして頂いたんだ。

  で、当日の会場で待ち合わせして、チケット渡してくれるって事になって。県立劇場だったかな。エントランスで、その方を待ってたんです。


先:うんうん。


蒔:それで、私その……病的に人の顔を覚えられないんですね。本当にダメで、お付き合いした女性なんかも、ちょっと会わないと怪しくなるぐらいの。


先:ええ……。


蒔:そんなだから、〝何か親切なおじさん〟の顔なんて絶望的で。その時も完全に忘れた状態でドキドキしながら待ってたんです。

  そしていざ、おハゲていらっしゃるおじさんが、私の方に歩いて来られたんです。「あ、この方か!」と思って、急いで背筋伸ばして、「今日は有難うございます!」って言おうとしたんです。


先:うん。


k:まあそういう時は、食い気味でお礼言わないとな。


蒔:うん。だけどその方は、私の前を素通りして行っちゃったんです。


先:おお?


蒔:あれって思って、その方の背中を目で追ってたんだけど、そしたらトントンって肩叩かれて。振り返ったら、また別のハゲてらっしゃるおじさんが居られたの。


k:……(笑)


蒔:それで「あ、こちらの方か!」と思って、今度こそ頭下げてお礼言ったんです。

  その時は慌ててたから、もう夢中で感謝して、チケット頂いて、一緒にライヴ観て帰ったんですけど……。

  よくよく考えたら、その方は私が別のハゲたおじさんに話しかけようとして、空振りして、不思議そうに目で追ってるところも間近で見えてたんだよね。それを思うと、どんな気持ちで私の肩を叩いてくれたんだろうって……。


k:……腹痛え。


蒔:それで、この話を始めた時に、「どうだハゲは親切だろう」みたいな顔をされてた先輩さんが、今ちょっと静かになっちゃった事も含めて、申し訳なかったなあって。そういう話です。


先:思ってねえだろ絶対。




   □   まだ髪の話   □




蒔:まあ私は、自分もいずれハゲるって事を踏まえた上で喋ってるので、そこは理解して頂きたいです。

  何なら子供の頃からデコ広い訳ですから、私が誰より早くハゲてたとも言える訳です。


先:ほう……。


蒔:まあ散髪して貰ってる時、よく髪の量が多いって言われますけど。


先:……。


k:いらんこと言うな。


蒔:だって全員どうせハゲるんですよ。大事なのは、ハゲた時にどうするかじゃないでしょうか。


k:何だ何だ。


蒔:変に伸ばして、誤魔化そうとして散らかっちゃうみたいの苦手なんです。潔くどーんとハゲてたらいいんですよ。私はそうしたいです。これは一つの覚悟でもあります。


先:どういう事?


蒔:さっきも触れましたけど、先輩さんは男前でいらっしゃるから髪を剃られてもお似合いだと思います。

  菊池君も、実際ボウズ頭の時ありましたよね。あれも似合ってた。


k:うん。ちょっと髪で遊び過ぎて、一回リセットした時あった。


先:それこそハゲないのが不思議なくらい無茶してたもんな。


蒔:そう。そんなあなた方に比べて、私がボウズにしたって絶対に似合わないんです。尼さんのコスプレしたおじさんみたいになるんです。


k:「みたいに」って言われても、例えがピンと来ないけどな。


蒔:世の男性の殆どに言える事ですが、私と比べたら皆さん顔のメリハリがあるから、スキンヘッドなんかでもちゃんと似合うんです。かっこいいんですよ。

  顔立ち的に私の方がハンデは大きいのに、甘えてんじゃないよって事です。


k:意外な方向に転がすねえ。


先:まあ……でもな蒔村君。実際に、頭皮に地雷を抱えた人間からすると、そう簡単に言われても……

  何で二人して笑ってんだよ。


k:すんません……。


蒔:だって、「頭皮に地雷を抱えた人間」……。


k:ピンと来るのか来ないのか……。


蒔:どういう……誰用の地雷? 踏めなくない……?


k:……鳥?


蒔:(笑)


先:おいお前ら。


蒔:すみません。もっとこう、最新式の地雷なんですよね、きっと!


先:そこじゃねえよ。


k:AI搭載とか?


蒔:多分そう。顔認証とかで。


k:笑顔検出で起爆するんだろうな。「あ、こいつ笑いやがったドーン」って。


蒔:(笑) ちょっと、すみません。流れ無視しちゃうけどごめんなさい。

  ねえ先輩さん。さっきから菊池君も結構、言いますよね。


k:(笑)


先:俺もちょっと、「こいつ今日ガンガン来んなー」とは思ってた。いつもはもっと、ちゃんと後輩やってんのに。


蒔:じゃあいつも思ってたけど我慢してて、今日は私みたいな無礼者が来たから尻馬に乗って発散してるんですね。そう考えると一層面白いですね。

  あー、お腹痛い。私はもう来ないだろうからいいけど、お二人の今後の関係性とか心配ですよ。ぎくしゃくしないで下さいね。


k:お前に責任が無いとは思えないけどな。


蒔:あー喉も痛い。また喋り過ぎちゃった。もうやだ。この飴もらうね。


k:どうぞ。




   □   昔の話・下品な話   □




k:蒔村君が今、飴舐めながらキョロキョロしてるけど。いい部屋になったでしょ?


蒔:うん。ちゃんとした設備が揃ってて凄いですね。例の黒歴史時代の事とか思い出してた。


k:あの頃は酷かった。暑くて狭くて、換気扇の音もデカいから回せなくて。


蒔:そのくせ君タバコ吸おうとするから地獄で。あと洗濯。お母さんが洗濯物を干す時に、目の前を往復してた。


k:あー。あの部屋のベランダにしか干せない時間帯があったんだよ。


蒔:その度に「お邪魔してまーす。」とか言って。

  私その時ハンドルネームみたいなの使ってたんだけど、お母さんが平気で「あらマッキー。元気ー?」みたいな感じで声かけてくれて。


k:その声も普通にマイク拾ってたもんな。


蒔:そう。割りと本名に直通のアダ名を、マイク前で吹き込まれてた。

  あと文鳥。


k:あー飼ってた。あの頃。


蒔:お母さんにすごいなついてたよね。


k:そう。ケージから出してる時はずっとお袋の肩に止まってた。


蒔:帰る時に見送って下さるんだけど、いつも肩に文鳥乗せてて、何か……戸愚呂とぐろ兄弟みたいになってた。


先:他に例えあったんじゃねえ?


k:その頃の最後らへんって、もう先輩も来て頂いてましたよね。


蒔:あ、そうなんですか。黒歴史時代ご存知だったんだ。


先:うん。ただ俺は、未だにあの階段事件が申し訳ない。


k:ありましたね(笑)。


蒔:階段事件、うかがっていいですか?


k:さっきも話したけど、ずっと劣悪な環境で録音してたんだよね。それでどういう流れか覚えてないけど、一度マージャン回をもうけたのよ。


先:卓を囲んで、その模様を録音・放送するっていう。


蒔:えーつまんなそう。しかもあの小部屋で?


k:そう。男4人で集まって。


蒔:うわ……。


先:で、密閉空間で酒とタバコが回って、全員気持ち悪くなって。


蒔:そらそうですね。


先:最初に俺が吐きそうになって、慌ててトイレ借りようとしたんだけど間に合わなくて。

  ……汚い話で申し訳ないけど、階段の途中で吐いちゃったっていう。


蒔:あ、やっぱりトイレ間に合ってないんですね。


先:それは今いいんだよ。


蒔:よかないと思いますけど。


先:それで、他にもトイレ行きたがってた奴いたんだけど、俺の××で階段が通れんくて。


蒔:どんな地獄絵図。


k:俺はその時、ちょうど氷が切れたから補充しに一階に下りてたんだ。

  で下から見上げたら、階段の途中でしゃがみこんで、申し訳なさそうな顔した先輩と、その足元から××が、階段をこう……一段ずつ落ちてきてて。


蒔:棚田みたいになってたんだ。


先:そんないいもんじゃねえ……。


k:あとその例えは、農家の方に申し訳ない。


蒔:私は農家みたいなもんだから言っちゃったけど。えーとじゃあ、ナイアガラみたいな?


k:どちらかと言うとそっちが近い。


先:もう、東洋のナイアガラ。


蒔:九州だけでも幾つかある、東洋のナイアガラですね。


k:その内の一つだよ。菊池家のナイアガラ。


先:しかもそれが、菊池家の人間じゃない奴によって生まれたという。


蒔:(笑) たまったもんじゃないですね……。

  階段事件って仰るから、何か池田屋事件的なものを想像してました。だいぶ違うんですね。


k:あれの処理は、中々。


先:悪かったって。まあ俺も、じょんじょん、に、……酒とかも、


蒔:はい?


k:じょんじょん?


蒔:て仰ったよね。菊池君じょんじょんて何?


k:多分だけど、「徐々に」と「どんどん」が混ざったんじゃないかな。


先:そうだよ。よく分かったな。


蒔:なるほど。

  いやなるほどっていうか、混ざったところで分からないんですけど。「徐々に」と「どんどん」って、全く意味が違うじゃないですか。


k:だから、「どんどん」ほどはピッチが速くないって事なんじゃない?


蒔:……じゃあ「徐々に」でよくない?


k:そこまで遅くもないような、「徐々に」寄りの「どんどん」なんじゃない?


蒔:じゃあ「どんどん」でよくない?

  ……「徐々に寄りのどんどん」?


k:(笑)


先:うん。あの、あんま広げられるとさ、


蒔:あ、すみません先輩さん、もう少し時間頂けますか。まだ解析が出来てないんで。


先:解析すんじゃねえよ。俺が悪かったから。

  「徐々に」と言おうとして、「どんどん」とも言おうとして、どっちも言っちゃったんだよ。


蒔:……どっちも言えてないからこうなったと思うんですけど。


先:要は、丁字路で直進しちゃったよーみたいな。


蒔:……えっ?


k:どういう事でしょうか。


先:やめろ。


蒔:ちょっとよろしいですか。詳しくお訊きしたいんですけれども……、


先:ちょっとよろしくねえよ。


蒔:ちょっとよろしくないんですか。ベストでは無いけど、ベターみたいな。


先:……その「ちょっとよろしくない」じゃねえよ。

  言い間違えたし、噛んだんだよ。こんなの言わせんな。


蒔:言い間違えを噛んだんですか。それとも噛みながら言い間違えたんですか。


先:どっちでもいいよ。よく噛むんだよ俺は。


蒔:……よく噛むんですか。いい子じゃないですか、すこやかで。


k:……(笑)


先:菊池止めろよ。お前の友達やべえよ。


k:こいつ相手の言い訳から拾い直していくから、一回捕まったら終わりなんです。


蒔:でも菊池君もこうなるの分かってて、先輩さんと私を呼んだんだと思いますよ。

  あと友達ではないです。ね。


k:うん。友達ではないな。


先:何か怖えよこいつら。




   □   退室   □




k:時間的には丁度いいけど、どうします? 一旦枠は延長するけど。


蒔:もういいんなら私は帰ります。疲れた。あとはお二人でどうぞ。


先:冷めてんなー。


k:次に来てくれるのは、また十年後くらい?


蒔:また来るとしたら、そうかもですね。


k:俺が十年後なら、先輩とはもう会う事もないんじゃない?


先:まあ二度と会いたくないしな。


蒔:そうですか? 私は先輩さんとは、またお会いしたいと思ってますけど。


先:いや、そんな本気で受け取るなよ。冗談で言ってんだから。


蒔:はい。だから私も、冗談で返したんですけど……。


先:……うん?


蒔:うん?



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音声記録 蒔村 令佑 @makirike

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