バーター選手(7)

 レギュラー組の布陣はGKゴールキーパー下山貴志しもやまたかし。3バックは左から杉下克利すぎしたかつとし古河直樹ふるかわなおき松藤敦也まつふじあつやの三人。ダブルボランチに山崎和司やまさきかずし田中耀翔たなかあきと。中盤の左に柏田聡文かしわだあきふみ、右に森岡将吾もりおかしょうご。トップ下は直井凌生なおいりょうせい。2トップに前川駿介まえかわしゅんすけ高城拓美たかじょうたくみ、3−5−2、四列表記にするならば3−4−2−1という布陣になる。日韓ワールドカップでトルシエ監督が、ドイツワールドカップでジーコ監督が採用した布陣だ。3バックはトルシエが提唱していたいわゆる『フラットスリー』――CBセンターバックの三人をフラットに並べる形――でコンパクトさ維持し、オフサイドエリアを相手FWフォワードを牽制するための手段として使う。フラットスリーはともかく、フォーメーションとしては十数年前はJリーグの各チームで見られた形だが、現代サッカーではあまり目にかかることはない。『サイドを制するものは試合を制す』という言葉があるように、サイドアタックが現代の主流である。そんな中サイドの人数が少なく、スペースの空きやすいこのフォーメーションは時代にそぐわない過去の遺物と言えるだろう。前監督は日韓大会のベスト16に未だ夢を見ていたようだ。

 それに対してサブ組はGKに佐川彰大さがわあきひろ。4バックは左から元橋颯太もとはしそうた塩尻翼しおじりつばさ荒野勇人あらのはやと馬原和章まはらかずあき。中盤2枚に平本慎二ひらもとしんじ青田敏之あおたとしゆき。左サイドハーフに吾妻淳紀あずまじゅんき、右サイドハーフに清浦公平きようらこうへい。2トップに浅野将志あさのまさし渡貫大生わたぬきたいせい、4−4−2のフラットの並びだ。おそらく最もオーソドックスな布陣だろう。最近ではアトレティコ・マドリードのシメオネが採用していた。全体にバランスよく選手が配置されていてチーム全体をコンパクトに維持でき、バランスに優れている。また、フィールド上に選手が均等に配置されているので位置関係が明確なので相互理解がまだ足りないサブ組にはうってつけの布陣だ。

 布陣だけの対面で言えば、有利不利は判断できない。一般にDFの枚数は『相手FWの枚数+1』が基本である。その視点でいけば2トップに対して3バックをぶつけるレギュラー組の方が有利だろう。方や『サイドの攻防』という観点でいけばサイドハーフ1枚のレギュラー組に対してサイドハーフとサイドバックの2枚で対応できるサブ組の方が有利ではある。ただ、中身に目を向けると話は別だ。レギュラー組は全員推薦で入ってきた奴らだ。根本的に能力が違う。加えて向こうには駿介がいる。サイドが使えなくても中央突破で攻撃を完結できる。一方サブ組はサイドを有利に取れてもFWが心もとない。クロスを上げてもDFに競り勝てないのだ。大生は170cm、浅野は173cm、少なくとも高さ勝負では杉下、古河、松藤の三人に勝てやしない。総合的に考えると『強者』はレギュラー組、『弱者』はサブ組だ。

「三十分一本、ラフプレーのないように」

そう言って城田しろた監督は笛を吹いた。

レギュラー組のキックオフでゲームは始まった。のっけからサブ組は押し込まれる。両サイドの柏田、森岡は所構わずクロスを供給する。それを中央で待ち構える高城が強引にヘディングシュートに持ち込む。それの繰り返しだ。188cmもある高城はまさしくボックスストライカーの典型だ。こういうターゲットマンがいるだけでサイド攻撃の効果は格段に上がる。こちらのボランチの平本は最終ラインに吸収されてしまっている。これではせっかく跳ね返したボールも相手に拾われてしまう。拾えたとしても全線からプレスをかけてくるレギュラー組に慌ててキープできない。

 これでは青田の言っていたことも試せそうにないな。

 前線に張っている大生は左右に振られるチームメイトを眺めながらそう思った。ただ、それでも高い集中力で徹底的に引いて守り無失点でしのいでいる。しかしなかなかマイボールにできない。この集中力もいつまで続くか……かつての日本代表のように集中の切れてくる終盤に失点という未来が簡単に想像出来る。

高城のヘディングシュートを抑えた佐川が十分にラインを上げてからパントキックを蹴る。浅野と松藤が競るがあっさりと負けてしまう。バックラインの三人は全員180cmを優に超える高身長揃いだ。競り勝てというほうが無理があるだろう。センターサークル付近で零れたボールを確実に山崎が拾う。こちらのボランチは直井のマークを気にして出られない。山崎は落ち着いて右の森岡に振った。対応するのは吾妻だ。しかし、粘り強く付いていけずワンステップで簡単に振り切られてしまった。そのまま森岡はトップスピードに乗って右サイドを駆け上がる。たまらず元橋がチェックしに飛び出す。サイドバックとセンターバックの間にギャップが生まれてしまった。そこにスルスルっと入ってくる相手選手が一人。

「バカ! 出るな元橋!」

全線から大生が大声を張り上げるが間に合わない。逆に中途半端に足を止めてしまい、森岡への寄せが甘くなってしまった。森岡は生まれたギャップに丁寧にスルーパスを供給した。そこに飛び込んでいたのは駿介。慌てて塩尻が飛び出す。が、冷静さを失ったマーカーを駿介はシザーズで簡単にかわし、そのまま内側に進路をとり突っ込んでいく。ボランチの寄せも間に合わない。荒野がスライドしてくる前にペナルティエリアの角付近で駿介はシュートを打った。左利きの駿介のコントロールカーブだ。ファーサイドを狙ったシュートは弧を描いて佐川の手を超えサイドネットに吸い込まれた。

時計を見れば五時十五分。残り時間は五分程度。予感的中だ。

自陣に戻るとき、駿介は大生の方を睨みつけるようにして帰って行った。

『俺は一つ結果を出したぞ。お前も自分らしさを一つでも出してみろ』

と言いたいのだ。大生の中でふつふつと何かが湧き上がる。種火だ。――上等だよ。

センターサークルに立った浅野から試合は再開される。ボールはボランチの平本を経由してバックラインまで下げられる。攻め疲れからか、レギュラー組はそこまでプレスをかけに来ない。ボールを受けた塩尻は一発で右サイドバックの馬原へ。馬原はそのままゆっくりとドリブルで進みバックラインを上げる。その間に大生は3バックの中央付近にポジションをとる。一列前の清浦にボールが渡った。そのまま柏田を抜きにかかるが、粘り強い守備でなかなか抜ききれない。逆にトップ下、ボランチの二人も応戦に来て囲いこまれてしまう。清浦はバックパス、それを馬原はダイレクトで受けに来ていた青田へ。その刹那、大生は右サイドへトップスピードで走り始めた。

 一度も合わせたことがない青田が俺の意図を分かってくれるかは分からない。これはもう賭けだ。どの道、駿介のような突破力が無い以上味方を信じるしかない!

 大生の動きに杉下が釣られた。杉下と古河の間にギャップが生まれる。パスカットを狙いにポジションを左へ移そうとしたその時、大生が進路を内側へ変えた。それを理解していたように青田からスルーパスが出た。逆を取られた杉下はバランスを崩した。古河と杉下の間を縫ってボールは大生の走路へ転がる。完璧に裏を取られたバックラインは追いつけない。これがフラットスリーの弱点だ。オフサイドトラップで裏のスペースをケアしているので、逆に裏を取られたら即失点につながってしまう。トップスピードに乗ったまま大生はコントロールした。すかさず下山が果敢に飛び出してきた。絶妙なタイミングの飛び出しにシュートが限定されてしまう。

練習試合を観察していても思ったが、下山のレベルは相当に高い。キッカーをよく観察してセービングしているように見えた。

左にやや遅れて走り込んできた浅野が見えた。確実に点を取りたいなら、横パスがいいのだろう。だが、これは紅白戦。“俺の結果”以外に意味は無い! アシストじゃダメだ! ゴールじゃなきゃ!

大生は一瞬浅野に目をやった。それに下山が釣られた。やっぱりこいつはよく見てる。下山の重心が左に寄ったその瞬間、右アウトサイドを使い大生は下山を抜きにかかった。そして抜ききる前にインサイドキックで確実に流しこんだ。ボールはワンテンポ反応が遅れた下山のグローブを掠め、ゴールネットに吸い込まれていった。



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