#21 絆

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窮地のふたりを救ったのは、大金を手にして出国していたはずのアンセルだった。さらにマームーンに導かれた親衛隊も加わり、武装グループの撃退に成功する。


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 無事に廃墟にたどり着いた2人は、高さ10メートルほどの見張り塔を見上げた。味方はこの円柱の最上部にいるらしかった。的確な射撃のおかげで追っ手の速度は大幅にダウンし、敵の攻撃は姿なきスナイパーに集中していた。

「上に行こう」カーミルはエフィの手をとると、廃墟のなかに入った。らせん階段を駆け上がり、見張り塔の頭頂部にたどりつく。奥の壁にはさまざまな銃器が立てかけられ、窓辺にはライフルを撃つ黒ずくめの男の姿があった。

「危ないとこだったな、お2人さん」男はすばやく窓から身を離して半回転した。

「アンセル!」カーミルとエフィは同時に声を上げた。

「どうしてここに?」エフィが訊いた。

「わが弟から頼まれてね」

「マームーンか?」とカーミル。

「詳しいことはあとあと。それより、あいつらをやっつけまおうぜ」

 カーミルはライフルを手にとると、アンセルが陣取っているとなりの窓に身構えた。一瞬の隙をつき、敵の車輛は陣形を整え、車輛を横並びにして楯にしていた。敵は車体の向こうに身を隠して攻撃してくる。

 カーミルはスコープ越しにじっくり狙いを定め、タイヤを次々と打ち抜いていった。

「なかなかやるじゃないか」

「だてに士官学校は出ていないと言っただろう?」カーミルの声にはどこか楽しんでいるような響きがあった。

 アンセルも負けじと敵を着実に倒していく。

 すると、敵の1人が車からロケット砲を引き出した。

「おいおい、それは卑怯だろ」アンセルが呑気に言う。

「ダーギルめ、よほど私のことが憎いらしいな」

 2人は同時にロケット砲を構える男に狙いを定め、撃った。スコープ越しに敵がのけぞるのが見えた。が、コンマ何秒かの差で、ロケット砲のトリガーを引く指までは止められなかった。煙を噴き上げて、砲弾が飛んでくる。

「伏せろ!」カーミルの声に、エフィは慌てて床に腹ばいになった。カーミルがその上に覆い被さる。次の瞬間、強い衝撃音とともに天井に近い壁の一角が崩れた。

 カーミルは体を起こし、「大丈夫か?」とエフィに声をかけた。エフィは粉塵が舞うなかに顔を上げ、「ええ、なんとか」と声を絞り出した。

「くそっ、大人しくさせてやる」カーミルが吐き捨てた。

「賛成」アンセルは銃器のなかから銃身の長い大型のライフルを手に取ると、カーミルに渡した。「車を蜂の巣にしてやろうぜ」

 2人は銃弾の雨を浴びせかけた。ボンネットや屋根やドアに無数の穴が開き、フロントガラスが割れ、窓が砕け散る。突然の連射攻撃に、敵は車の影からちらりとも姿を見せなくなった。

 と、遠くにいくつもの砂塵が上がっているのが見えた。

「ようやくお出ましだ」アンセルが言う。

「エフィ、マームーンたちが来たぞ」

 エフィは恐る恐る窓辺へ歩み寄った。カーミルの背後に隠れながら覗きみると、数台の車が猛スピードで接近してくるのがわかった。

「もう大丈夫なのね」エフィは大きくため息をついた。

「ああ。じきに終わる」

「しんみりするのはまだ早いぜ、お2人さん」アンセルはそう言うと、車の背後から姿を現した敵の1人を1発で仕留めた。


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 背後を親衛隊に押さえられた敵は、身の隠し場所がなくなり、あっさりと投降した。覆面を剥いでみると人種はさまざまで、反カーミルを訴える〝辺境の部族〟でないことは誰の目にも明らかだった。

 マームーンは見張り塔へと走った。崖の斜面を登りきると、ちょうどカーミル、エフィ、アンセルの3人がなかから出てくるところだった。砂埃にまみれていたが、見たところ、全員が無事らしい。「兄さん!」マームーンは真っ先にカーミルに抱きついた。

「〝秘密兵器〟のおかげで命拾いしたよ」

「なかなかの高性能だったでしょ?」マームーンはアンセルに目をやりながら言った。

「いったいどういうことなの?」エフィがたずねた。

「エフィさんに初めて会った日の夜、兄さんたちが出かけたあとに、アンセルと話をしていてすっかり意気投合したんだ。カメラマンじゃなくて傭兵だと知らされたときには、本当に驚いたよ。それで、アンセルが宮殿を出て行くまえに、僕に連絡先を教えてくれたのさ。何かあったら、ここにいるって」

「なんとなくイヤな予感がしてたんだよ。だからさっさと宮殿をあとにした。まさか、こんな派手なドンパチになるとは思わなかったがね」アンセルが照れくさそうに言った。

「兄さんからこの計画を聞かされたあと、すぐに連絡したんだ。絶対に手を貸してくれると思って」

「まあ、2人には恩があるからな。エフィちゃんの顔も拝みたかったし」

「調子に乗らないで」エフィは眉間に皺を寄せたが、目は笑っていた。「でも、あなたのおかげで助かったわ。本当にありがとう」

「私からも礼を言うよ」カーミルはアンセルの肩に腕まわし、その背をポンポンと叩いた。

「よしてくれ。苦手なんだよ、こういうの」

 カーミルは体を離すと、「実はな、アンセル」と重苦しげに口を開いた。「私は王子では――」

 アンセルがすぐにさえぎった。「マームーンから聞いたよ。まあ、気にするなって。オレの感覚じゃ、普通にいとこどうしってだけのことさ。マームーンは腹ちがいの弟だし、なんだかんだ、みんなじいさまの血を受け継いでいるってことだ。妙な3人組だよ、オレたちは」

「そんなことないわ」エフィが割って入った。「最高の3人組よ」

 カーミルのかたい表情がようやく緩んだ。「そうかもしれないな」


 その後、マームーンの案内でカーミルとエフィ、アンセルは廃墟の裏手へと向かった。そこに、1台のありふれたランドクルーザーが控えていた。

「これで我慢して。兄さんのレンジローバーを車庫から出してたら、バレちゃうかなと思って」

「十分さ。それにあの車のキーはここにある」カーミルはカンドーラのポケットからキーチェーンを取り出した。そして、鍵をひとつだけ抜き取ると、キーチェーンをマームーンに渡した。「あの車も、ほかの車もぜんぶおまえのものだ」

「ありがとう。大切に乗るよ」マームーンは寂しげに言った。「ここから先、どうするの?」

「ある場所に行って、そこからこの国を出る」

「また会えるよね?」少年の目がにわかに輝いた。

「もちろんさ。この国の外でならいつでも」

「よかった」

 カーミルはあらためて弟の顔をじっと見つめた。「今回のことは、すべて父上に話すんだぞ。そして、おまえが皇太子になる。この国の未来はおまえに託した。おまえなら、きっとやれる」

 マームーンは涙を浮かべながらうなずいた。

 カーミルにつづいてエフィがランドクルーザーに乗り込もうとしたとき、マームーンが歩み寄ってきた。「エフィさん、兄さんのこと、よろしく頼みます」

 エフィは顔を赤らめながら、「わかったわ」と耳打ちしてマームーンを抱きしめた。「いろいろとありがとう」

 2人を乗せた車は、廃墟の奥へとつづく道をゆっくりと走り出した。それを呼び止めるかのように、アンセルが叫んだ。「お人好しのオレ様のことを忘れんなよ!」

 すると車が止まり、カーミルが窓から顔を出した。「また会おう、アンセル」

 そのとなりに、エフィの顔が現れる。「そのときまでに、少しは品格を身につけておくのよ」

 ふたたび車が動きだし、やがてごつごつした斜面に沿って左に折れていき、その姿は見えなくなった。

「オレが年長者だってのに、最後まで上から目線でモノを言いやがって。まるで王子と王女気取りだな」

「憎まれ口は嫉妬の証し」

「生意気言うな」アンセルはにやにやしているマームーンをひじで軽くこづいた。そして「まあ、お似合いの2人だよ」とつぶやいた。

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