#11 手がかりを追って

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今回の件については、いっさい他言しない――エフィは国王に誓約した。その後、カーミルは彼女をSUVに乗せ、昨晩の聞き込みで得た情報をもとに、国境近くの集落へ向かう。


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 翌朝、アンセルとエフィはカーミル同席のもと、ライード国王と対面した。通常は謁見の間でおこなわれる対面も、今回は内容が内容だけに奥まった国王の執務室でとなった。

「カーミルの記事を書いた新聞記者というのはあなたか?」国王はまず、エフィに目を向ける。

「はい、閣下。エフィ・ベレスフォードと申します」エフィは落ち着いた口調で告げた。

「アンセルから話を聞き、真っ先にカーミルに知らせたというのは本当なのか」

「もちろんです。他言はしておりません」

「新聞記者なら、記事にしたいという欲求を持つのではないか?」

 エフィはどう答えるべきか迷った。私情や個人的な思惑を話してもしょうがない。第一、話がややこしくなる。ここは新聞記者として話すべきだ。

「わたしが所属する新聞社は、大衆紙やゴシップ紙ではありません。それに、英国王室のことならまだしも、他国の王族の問題を取り上げなければならないほど、わが国は平穏無事でもありません」

「それはおもしろい表現だな」ライードは笑った。「アラビア王族の隠し子騒動など、取るに足らんか」

「いえ、そういうつもりでは……」エフィは慌てた。卑下したつもりが、表現のしかたをまちがえたようだ。「つまり、わたしの国はそれだけ社会的な問題を多く抱えているとお伝えしたかったのです。陛下のおさめるこの国とはちがって」

 ライードは興味深そうな顔をした。「ほう、この国がいい国だと?」

「カーミル王子が取材で話してくれたように、この国は経済的に豊かで、明るい未来とビジョンがあります。それに、街で受けた印象もとてもいいものでした。安全で、気のよさそうな人たちばかりで」エフィはちらりとカーミルを見た。昨夜の出来事を思い出しながら。

「そう思ってもらえるのはありがたい。もっとも、西欧人がそうやすやすとこの国のことを理解できるとは思えんが」ライードは皮肉とも思わせぶりともとれる言い方をした。「それはさておき、今回の一件については、今後いかなることがあっても公にしないと誓って言えるか?」

 エフィは国王の目をまっすぐに見つめ、「はい、神に誓って」と答えた。

「異教の神では意味がない。私に誓えるか? わが国の大地と太陽に」

「そんなもん、なんだっていいだろ。エフィちゃんは約束を破ったりしないよ」突然、アンセルが口をはさんだ。

「口を慎め、アンセル!」カーミルが怒鳴る。

 エフィはかまわず、「陛下のおっしゃるすべてに誓います。わたしは絶対にこのことを誰にも話しません」と確固たる口調で宣言した。

 ライードは黙したまま、しばらくエフィを見つめていた。「よろしい、英国のご婦人よ。その言葉を信じるとしよう。ただし、誓いを破った暁には――」

「父上、その先は不要です」カーミルがさえぎった。

 国王はカーミルとエフィを交互に見やった。その表情には、どこか探るような感じがあった。「まあ、そうだな。あえて言葉にすることもなかろう」

 カーミルは小さく頭を下げると、「では、エフィとわたしはここで退出したいと思いますが、かまいませんか」と許諾を求めた。

「ああ、かまわん。ここから先はこちらで詰めることにしよう」ライードはちらりとエフィを見やった。

「おいおい、オレのことはフォローしてくれないのかよ」アンセルが不満げに両手を上げる。

「父上と積もる話もあるでしょうから、兄上殿」カーミルはアンセルに耳打ちし、肩をポンと叩いた。

 エフィは国王に一礼すると、カーミルとともに国王の間の出入り口へと向かった。ライードは、2人のどこか急いでいるような様子を見逃さなかった。

「どこへ行く?」

 カーミルは肩越しに振り返ると、国王に向かって「彼女には取材と言う名目で来てもらっています。少しはそれらしいことをする必要がありますので、街へ出てきます」と答えた。


     ―    *    ―    *    ―


 カーミルは昨日までのスポーツカーではなく、巨大なSUVの助手席にエフィを乗せ、ひたすら砂漠を走った。最高級クラスのレンジローバーは、重厚な外観とは裏腹に、軽やかで滑らかな走りで2人を運んでいた。いつしか風景はこの土地本来の荒涼としたものへと変わり、濃淡のあるサンドベージュ一色の世界になる。地表からすべての水分を吸い上げたかのように、空はどこまでも青い。舗装されたアスファルトの道は未舗装になり、やがて車道の痕跡さえ薄くなった。

 その間、エフィは正面を向いたまま、ずっと黙り込んでいた。カーミルがときおり「暑くないか?」「喉は乾いていないか?」と声をかけたが、エフィはかすかに頬を緩めて「大丈夫です」と答えるばかり。カーミルはエフィの心情を察し、話しかけることを控えた。

「あそこに集落が見えるだろう」走り始めて3時間近く経ったころ、カーミルが右手をハンドルから離し、指をさした。「昨日会ったナースィルの部族はあそこで暮らしている」

「こんな何もないところで?」エフィはようやくカーミルからのボールを投げ返した。

「それを言うなら、そもそもこの国には何もない」カーミルは笑った。「むかしは遊牧生活をしていたが、いまはあそこに定住しているんだ。ナースィルのように街に出て働く男たちも少なくない。まあ、いずれはほとんどが都市部に移るだろう。彼らは私たちの国づくりに理解を示してくれているからね」

「でも、すべての辺境の部族がそういうわけではないんでしょう?」

「ああ。だからナースィルのような人間が必要なんだ」

「たしか〝一方通行のパイプ役〟でしたよね。スパイじゃなくて」

 カーミルが助手席のほうに顔を向けると、いたずらっぽい表情をしているエフィの視線とぶつかった。どうやら心の整理がついて余裕が出てきたらしい。シンガポールで再会したときは、冗談めいたことを口にした直後に気まずそうな顔をしたが、いまは私の視線を受け止めてなお、茶目っ気ある表情を崩さない。エフィは変わり始めている、とカーミルは思った。じきに父親に会えるかもしれないという期待から心が高揚しているのか、それとも……。

「トゲのある言い方だが、今日のところは勘弁してやろう」カーミルがそう言うと、エフィはその返答に満足したかのように微笑んだ。

「さあ、あと少しだ」カーミルはアクセルを踏む足に力を込めた。


     ―    *    ―    *    ―


 ナースィルの集落から北へ1時間半ほど走ると、岩山に抱かれるようにして凹凸を形づくる日干しれんがの家々が現れた。

「あれだな」カーミルはつぶやき、車の速度を徐々に落とした。「こんな場所にここまでの集落があったとは」

 エフィはシートベルトに逆らってわずかに身を乗り出した。鼓動が胸の奥で強く響き、息苦しい。はやる心を少しでも落ち着かせようと、「知らなかったんですか」とカーミルにたずねた。

「ああ、ナースィルの集落があるあたりまでは何度も足を運んでいるが、ここまで来たのは初めてだ。正確にはここがパダーンかどうかさえもわからない」

 家屋の外では子どもたちが遊んでいた。カーミルは彼らを驚かせないように、ゆっくりと、そしてある程度の距離を置いて車を止めた。シートベルトを外すとエフィに向き合い、「大丈夫か?」と声をかける。

 エフィは喉を鳴らしてつばを飲み込むと、かすれたような小さな声で「ええ」とだけ返した。カーミルはエフィのシートベルトを外してやり、色をなくしている彼女の顔をじっと見つめた。そして、膝に貼り付いたままの手に自分の手を重ね、そっと引きはがすように握りしめた。エフィの手のひらは熱く、汗ばんでいた。

「よし、行こう」

 2人はレンジローバーから降り立つと、子どもたちのほうへと歩いていった。

「こんにちは。お父さんかお母さんはいるかな?」カーミルが膝を落としてたずねると、子どもたちはいっせいに家のなかへかけていった。しばらくすると、民族衣装で全身をおおった頬のこけた中年の男が1人、うしろに若者2人を従えて現れた。

「ムタイリー家の王子ともあろうお方が、こんなところになんの御用ですか」男はレンジローバーをちらりと見やりながら言った。その表情や口ぶりから、歓迎しているようには見えなかったが、かといって警戒心をむき出しにしているふうでもない。

「今日はムタイリー家として来たわけではない。じつは人を捜している。イギリス人の医師なんだが、この集落にいるという噂を耳にした」

 エフィはたまらず口を開いた。「わたしの父なんです」

 男は驚いたような顔をした。目もとの緊張は消えたが、いくつもの感情が入り交じったような表情にエフィは混乱した。男は天を見上げて両の手を挙げると、何やらつぶやいた。そして、エフィに視線を戻したとき、男は待ち望んでいた救済を得たような顔をしていた。

「なかへ案内しましょう」

 男に導かれ、エフィとカーミルは迷路のような細い通路を奥へと進んだ。子どもたちがつかず離れずあとをついてくる。やがて小さな中庭のような場所にたどりついた。その先に道はなく、扉のない入り口らしきものが口を開けていた。

「ここでしばしお待ちを」男はなかへと姿を消した。

 エフィはたくさんの言葉を飲み込み、混乱したまま立ちすくんでいた。あの向こうに父さんがいるのだろうか。でも、いるのなら最初に教えてくれるはず。それとも、病気で動けないのかもしれない。じりじりとする気持ちを持てあまし、果てしなく待たされているような気がした。ああ、お願いだから早く……。

 と、男がふたたび姿を現した。「長老がお会いになります。どうぞ、こちらへ」

 なぜ長老が? エフィの心に不安が一気にふくれあがった。すがる思いでカーミルを見つめる。

「さあ、なかへ入ろう」カーミルはエフィの手をとり、もう片ほうの腕を背中にまわしてうながした。

 エフィは身をこわばらせた。わたしは長老でなく父さんに会いに来たのよ。いったい何が……。

「真実に向き合うときが来たんだ、エフィ。しっかりするんだ」

 エフィはカーミルの瞳を見つめた。そこには、逃げるなと叱りつけるような厳しさがあった。

 エフィは小さくうなずくと、カーミルの手を強く握りしめた。

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