女郎蜘蛛

夜更けに巣を張る蜘蛛の、裏淋しさへの共感半分、強さへの憧れ半分。


夢の中、畳の擦り切れた小上がりを衝立で仕切っただけの場所で、私は知らない男とセックスしている。右にある衝立の向こうからは聞き覚えのある衣擦れの音がして、左にある衝立の向こうからは時々枯れた矯声が聞こえる。

衝立で区切られた私達はそれぞれ客を取っている。胴元には興味がない。この2畳ばかりの空間から外のことを知らない。ただいつも目の前の男を観察している。この光景の中でただひとり生きている人間、生温い体温と動物の息遣い。逆光で男の顔が見えない。私にはひとつの予感がある。あの左の衝立の向こうから聞こえる声の主は未来の自分で、反対側の向こうには昔の私がいる。自分の瞼に頰に男の汗が飛び散り、目が覚める。

いつもの夢だ。

現実感のぼやけた頭でベッドに腰掛けると、鏡台に疲れた顔の自分が映った。まるで左の衝立の向こうの女、と夢の中身を反芻して自虐的な気持ちになる。

少し落ち窪んだ三角の目が父に似ている。いつも努めて忘れていることを、寝起きの無防備な脳はふと思い出してしまう。誰からも見捨てられた年老いた男二人のことを。遠い昔に捨てた限界集落に棲む父とそのまた父を。


私の祖父は気のきつい人だったという。なんでも妾の子であるということで、小さい頃にずいぶん苛められたそうだ。その妾の旦那である曽祖父の顔は知らない。伯父曰くは村の林業の視察に来ていたエライセンセイであったそうだが、何せ誰も顔を見たことはない。森で出会ったのならで妖の類であったとしてもおかしくはないだろうと私は密かに妄想する。


祖父の住処は霧が深い山の中で、彼は生まれて死ぬまでそこに住んだ。庭の片隅には立派な腹の女郎蜘蛛を数匹飼っていた。昔、蜘蛛同士で戦わせていたのだという。山の男達の賭け事だ。


山での生活、祖父の賭け事、その一切を私の父はあまり語りたがらない。父も傷つくことは多かっただろうと想像する。背中にその証拠が刻まれている。しかし、その苛烈な性分が父自身にもきっちりと受け継がれていたことを、私は知っている。

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