第37話 踏み出すのには勇気がいるんだよ
「――美味しかったね」
「そうだな。アカ姉に感謝しないと」
アカ姉が予約した洋食店での食事を終えて、再び寒空の下を歩いて次なる目的地へと向かいながら食事のことを思い出していた。
俺が頼んだハンバーグは肉厚ながらとても柔らかな焼き上がりで、ナイフを入れると濃厚なデミグラスソースと溢れた肉汁が絡み合っていた。
当然味の方も満足のいくもので、機会があればまた来たい。
間宮の方もデミグラスソースがたっぷりのオムライスを美味しそうに食べていたことから好評のようだったし、お互いのものを交換したりもした。
……流石に食べさせ合うことはしなかったけど。
「それで……次は、イルミネーションだよね」
「駅近くの毎年やってる場所だけどな。ユウは見たことあるか?」
「ないかも。あっても明るい時だけ。でも、私は楽しみだよ」
少しだけ、間宮が互いの距離を詰めてくる。
肩と肩が触れあい、隣を歩く間宮の存在を強く意識してしまう。
店を出てから手は繋ぎ直している。
歩きながらチラチラと隙を窺うように間宮はこちらを見てくるが、視線が交わってしまうと悪戯がバレてしまった子どものように笑うのだ。
間宮は客観的に見て、とても可愛い容姿をしている。
学校で優等生として振る舞うときとは違う、一人の女の子としての自然な笑み。
その理由が好きだから、なんて特別なものであることを知る身としては、笑顔の奥にある真意を探ろうと意識してしまう。
「でも……クリスマスイブのイルミネーションって多分そういうやつらだけだよな」「私たちも周りからすれば似たようなものじゃない?」
「酷い勘違いだ」
「イルミネーションを見終わる頃にどうなってるかはわからないよね」
意味深に口にする間宮に対して何かを感じないわけでもなかったが、追及を避けてイルミネーションへと向かった。
何色ものライトで彩られた庭園。
夜の暗闇と混ざり合い、溶け合っている光の調和がとれた空間は、どこか現実離れした雰囲気が立ち込めているように思う。
周囲は綺麗なイルミネーション。
空を見上げても夜の帳に散りばめられた煌めく星々。
こういう場所に縁がないと思っていても、見蕩れてしまう光景だった。
だが……予想通り、イルミネーションなんてリア充御用達の場所であるため、仲良さげな男女二人組の姿が至る所で散見された。
腕を絡めてイルミネーションを回る人たちはきっと恋人同士なのだろう。
身体の距離感はともかく、二人の心の距離が近しいからこその表情をしている。
「凄いね、イルミネーション。ここって市が管理してる場所だよね」
「そうだな。昼間に来たことは何度かあるけど……綺麗なものだ」
「私とどっちが綺麗?」
「……どう答えても俺が不利になるから却下」
「ケチ」
「ケチで結構」
不満げな雰囲気で言うものの、本気の様子はない。
答えて欲しかったのはその通りなんだろうけど、どっちと答えても飛び火しそうな気がしたので黙秘することにした。
イルミネーション会場となっている庭園は間宮が言っていた通り市が管理している場所で、明るい時には何度か見たことがあったものの、夜に来ると全く別の場所のように感じてしまう。
それもこれもイルミネーションと、クリスマスイブの夜という特殊な環境がなせるマジックなのだろうと納得して――少しずつ、緊張が膨れてくる。
クリスマスイブの夜、女の子と二人きりでイルミネーションを見て歩くというシチュエーションだけを切り抜けばデートと受け取られても不思議ではない状況。
経験皆無な俺の精神は早くも悲鳴を上げつつあった。
「……アキトくん、緊張してる?」
「仕方ないだろ。そういう間宮は……いつも通りに見えるけど」
「そんなことないよ。嬉しいのと、照れくさいのと、失敗したらどうしようって不安で頭がいっぱい。こんなの初めてだもん」
ぎこちない笑みがあって、ほんの僅かに間宮が握る手の力が強くなる。
「……俺が言うのもなんだけど、そんなに緊張する必要もないと思うぞ。状況に圧倒されそうになるけど、やってることは景色を見て歩くだけだし」
「元も子もなくない? 普段じゃ味わえない雰囲気があるじゃん」
「夜景として見たら綺麗なのは認めるよ」
このイルミネーションを遠目で眺めているだけなら「きれいだなあ」なんて感想で済んだだろうが、今日は当事者側の立場。
ましてや一人でもなく、隣には間宮がいる。
緊張するなという方が無理な話だ。
「ところでさ、私たちはいつまでここで待ちぼうけてたらいいの?」
「踏み出すのには勇気がいるんだよ」
「でも現実は準備完了まで待ってくれないことの方が多いよね」
表情を緩めつつ、くい、と手を引く間宮。
待ちきれない、という様子の間宮を見ていたら緊張が解れてくる気がして、俺も「そうだな」と返事をしてライトに彩られた道へと足を進めた。
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