第36話 本当の私は至って普通な、すげなく愛の告白を断り続ける誰かさんに恋する哀れな乙女なのです


 綺麗にラッピングされたテディベアの入った紙袋を左手に下げながら、右手は間宮と繋いだままショッピングモールから出て寒空の下を歩いていた。

 空はもう暗くなっていて、白い星と月が天然のライトのように街を照らしている。


「それで、今度はご飯だっけか」

「アカ姉がユウと行くならって店を取ってくれたんだ。だから俺に気を遣うとか考えなくていいから」

「私としては嬉しいけど……いいの?」

「いいんだよアカ姉が勝手にしてることだし。洋食らしいけど大丈夫だよな」

「うん。あんまり外食とかしないから楽しみ」


 間宮は隣で歩きながら笑みを浮かべて言う。


 アカ姉に今日の行先を相談した際、「どうせなら夜も二人で食べて来たらいいじゃない」と半ば強引にセッティングされた。

 店の予約をしたのはアカ姉で、クリスマスプレゼントのつもりなのか代金もアカ姉持ち。

 学生の懐事情としてはありがたいのだが、間宮との微妙な関係を把握されているような気がして落ち着かない。


 スマホによる道案内を頼りにして到着したのは、こぢんまりとした隠れ家的な外装の店。

 看板に書かれている名前を確認して扉を押し開ければ、来客を告げるようにチリンと涼しげな鈴の音が鳴る。


 店の中には食欲をそそる香りが広がっていて、温かみのある照明の光が満ちた店内は家族連れなどで埋まっていた。

 少し待っていると、エプロンを付けた店員さんがやって来て、


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「はい。予約していた藍坂です」

「藍坂さまですね。ご予約の席にご案内いたします」


 店員さんに連れられて藍坂という名前の書かれたプレートが乗っているテーブルに向き合う形で座ると、店員さんは「ご注文がお決まりになりましたらベルでお呼びください」と一言残して礼を最後に去っていく。


「……アカ姉がどんな店を予約したのかとひやひやしてたけど、割と普通だよな」

「少なくともドレスコードとかはなさそうだね。家族連れでも気軽に来れるお店って感じがする」


 周囲からは楽しそうに食事をする声が聞こえてくるが、不用意に騒ぐような人は見当たらず、心地いい空気が漂っている。

 あくまでカジュアルな洋食店という様子なので、俺と間宮のような学生がいても不自然には思われないだろう。


 間宮は早速テーブルに置いてあるメニューを開く。

 名前と写真付きで載せられたそれらを眺めつつ、


「ビーフシチューにハンバーグ、オムライス……色々あるし、どれも美味しそう」

「……俺はハンバーグセットにするかな」

「被らない方がいいよね。それなら……私はデミグラスオムライスで」


 注文が決まったところでベルを鳴らして店員さんを呼び、メニューを伝えて待つことに。


「……それにしても、まさかまさかだよ。二か月くらい前は隣の席のクラスメイトってだけだったアキトくんと、こうしてクリスマスイブの夜にレストランで夕食を一緒に食べるなんてさ」

「本当にその通りだな。どっちかと言えば、こうなった原因の方が俺からすると衝撃的だったけど」

「そこはまあ、アキトくんには諦めてもらうしかないね。現在進行形で続けている無駄な抵抗も」


 悪戯っぽい笑みを浮かべつつ間宮からは目を逸らす。


 わかっている、本当は。


 女性不信があろうとも間宮と普通に接することができている理由が、もう秘密を映した写真があるから――ではないことに。


 間宮が俺のことを好きなのであれば俺が被害を受けることをするはずがないし、間宮の方もメリットがない。

 この秘密で歪な関係が終わることを間宮は望んでいないし、俺も表面上は否定しつつも心のどこかでは続いていて欲しいと思っている。


 それが間宮に見抜かれていないわけもなく……この危うい均衡が保たれている。


「世間的に見たらそうじゃない? クリスマスイブなんて特別な日に異性を誘うのって」

「……初めに誘ったのってユウだった気がするんだけど」

「細かいことはいいの。最終的に誘ってきたのはアキトくんだし」

「なんか無茶言われてる気がしないか?」

「こんなに可愛い女の子とクリスマスイブを一緒に過ごせることを考えたらプラスしかないよね」

「…………学校の奴らに知られたらどうなるかは考えたくないな」


 そうなれば最後、平穏な学校生活は終わってしまうだろう。

 細心の注意は払うつもりだけどバレない保証はどこにもないし、なんならもう内海と水瀬先輩の件で二度も危ない目にあっている。


「もしバレたら私が庇ってあげるから。私のために争わないで――って」

「悲劇のヒロインじゃあるまいし」

「学校のみんなは勝手に解釈してくれるから大丈夫」

「優等生の名が泣くな」

「目指したとはいえ優等生って呼び始めたのは周りだから。本当の私は至って普通な、すげなく愛の告白を断り続ける誰かさんに恋する哀れな乙女なのです」


 わざとらしい演技的な口調。

 俺を見つめる間宮の目は笑っているが真剣そのもの。


 言葉に詰まって咳払いを挟み、どうにか話題を変えながら時間を潰していれば、店員さんが料理を乗せたカートを押してきた。


「お待たせいたしました、ご注文のデミグラスオムライスとハンバーグセットになります」


 店員さんが間宮の前にデミグラスソースが海のように満たされているオムライスと、俺の前に熱々のプレートに乗ったハンバーグを運んだ。

 セットで頼んでいたコーンスープと俺の分のライス、二人分のカラトリーを置いてから「それではごゆっくり」と一礼をして去っていく。


「メニューで見てたよりも美味しそうだね」

「冷めないうちに食べるか」


 会話もそこそこに水の注がれたグラスを鳴らしてから、食事を始めるのだった。

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