第31話 光栄です
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「……ごめん、もう落ち着いたから」
しばらく俺と間宮の二人がかりで水瀬先輩を落ち着けると、泣き止んだ彼女は消え入るような声量でそう言った。
「なんか、ごめんなさい」
「……別にあんたが悪いわけじゃないし。全部悪かったのは私。謝るべきは私よ」
憑き物が取れたかのように水瀬先輩はそう言って立ちあがり、間宮と俺を交互に見やる。
それから、少しだけ迷うような素振りを見せて、泣いていたからだけではないほどに頬を赤らめつつ、
「――二人とも、本当にごめんなさい」
腰を折って頭を下げた。
水瀬先輩の顔が見えない間に間宮とアイコンタクトを交わせば、小さく頷かれ、
「水瀬先輩、顔を上げてください。大丈夫です。これは不幸な行き違いがあった……そうですよね」
確認するように……されどそういうことにして収めたいという間宮の思惑が読める言葉だったが、顔を上げた水瀬先輩はゆっくりと首を横に振る。
「……違うわ。何度も言わせないで。全部、私の被害妄想よ。篠原くんを取られたと思ったのだって、本当は彼があんたのことを気になっただけ。私が振り向いてもらえないのは断られるのが怖くてアプローチをしていないから。あんたにそれら全部を押し付けた私の行いは……どう繕っても最低よ」
自嘲気味な表情と声には反省の意思が乗っているようだった。
「水瀬先輩は嫉妬していたんですね。篠原先輩から好意を寄せられた私に」
「間宮、ストレートすぎないか?」
「……いいのよ、その通りなんだから。私はあんたに嫉妬した。当たり前でしょ? 私の方が篠原くんを好きなのに、篠原くんからの好きは手に入らないんだもの。でも……それで歪んだのは私の責任。篠原くんも、そこの君――」
「藍坂アキトくんです」
「……藍坂も、個人的には篠原くんに好かれているあんたは好きじゃないけど、何一つ悪くない」
きっぱりと涙の痕を拭って水瀬先輩は言い切る。
人間の感情はそう簡単に割り切れるものじゃない。
それが恋愛感情……人を狂わせるとまで言われている強い感情であれば猶更だろう。
女性不信が治らず、けれど間宮から『好き』と伝えられている俺でも多少は理解できる。
もしも自分が求めていた好意が他の誰かに注がれていたとしたら……たとえ許されないとしても、今回のような行為をしてしまうのはおかしくないと思う。
「……でしたら、今回の件で私が水瀬先輩に求めるのは一つです。流した噂の否定を手伝っていただきたいです」
「俺からもお願いします」
「わかってるわ。尻拭いくらい自分でするわよ。でも、本当にそれだけでいいの? 私を吊るし上げようとか思わないの?」
俺と間宮の要求を呑みながらも、水瀬先輩は困惑したように聞いてくる。
罪を犯した意識のある水瀬先輩としては本当に噂の否定を手伝うだけでいいのかと……もっと言えば裏があるんじゃないかと考えて不安になったのだろう。
だが、俺にも間宮にもそのような意図はない。
望んでいるのは噂によって生まれた疑念と意識の改善。
それに、冷たいことを言うのであれば、水瀬先輩を犯人として吊るし上げても俺たちに得がない。
逆に間宮の優等生というイメージを損ねる可能性も考えると消去法的になしだ。
「先に言っておきますが、今回の件で私が何を言われようとも構わないと思っていました。元から男性との関係を噂されることはありましたし、藍坂くんと付き合っているなんて間違われたのもあの様子を見たら無理もないと思います。ですが――藍坂くんを巻き込んだことだけは許せません」
「……そうね。あんたにしたことも最悪だけど、関係ない人を巻き込むのも最悪。ごめんなさい」
しゅんとしたまま水瀬先輩は俺に謝ってくるし、間宮も「どうなの?」みたいな目で見てくるけど――
「……俺も別にいいんですよ。でも、間宮を心無い言葉と行動で傷つけたことは赦しがたいと思います」
今回、一番傷ついたのはあらぬ噂を流布された間宮だ。
下手をしたら学校で孤立することになったかも知れないと考えると、被害は俺なんかよりもよっぽど大きい。
俺なんて間宮の彼氏だと間違われて、確認と圧をかけるために何十人単位で人が押し寄せて問い詰めに来ただけ。
実害はないに等しいし、ちゃんと話せば「藍坂が間宮と付き合ってるなんてやっぱりあり得ないよな」と納得される。
「……じゃあ、君はあたしを赦さないで。あたしがこんなことを二度としないように」
「そのつもりですし、二度とさせるつもりもありません」
「肝に銘じておくわ。あんたもそれでいい?」
「構いません。まあ、水瀬先輩がもうこんなことをしないと信じていますけどね」
その微笑みは信頼よりも、裏切らないようにする楔のようなもの。
信じてるという表向きには良いように聞こえる言葉を使って、間宮は水瀬先輩をコントロールしようとしていた。
だけど、それに水瀬先輩も気づいているのか、参ったように苦笑して、
「……あんた、ほんといい性格してる」
「光栄です」
あははふふふと笑顔を交わす二人の素柄に『女子って怖いんだな』とうすら寒い感覚を覚えてしまう。
怒らせないようにしよう、ほんとに。
「ああ、そうです。水瀬先輩も私を信じられるようになる魔法の言葉があるんですけど、聞きます?」
「……聞かせなさい」
さもいい提案のように言う間宮のそれを怪訝ながら受け入れる水瀬先輩。
彼女の耳元に間宮が口を寄せて、俺には聞こえない声量で何かを伝えると――
「……それ、嘘じゃないのよね?」
「こんな嘘をつく理由がありません」
「まあ、そうだけど……そう。あんたもある意味あたしと同じ……ではないか。伝えられているだけ先にいるし」
「水瀬先輩も篠原さんに想いを伝えてみては? 人間ですから言葉にしなければ伝わりませんし、その一度で決める必要もないのですから」
「……そうね。少なくとも、あんたよりは楽そうだし」
薄く笑みを浮かべる間宮と水瀬先輩が俺を一緒に見て――なぜか同時にため息。
「……俺、なにかした?」
「なんでもありませんよ。お互い大変ですね、と意識のすり合わせを行っただけで」
「そういうこと。ま、いいんじゃない? あたしのタイプじゃないにしろ、改めてみれば可愛い顔してるし、彼」
「…………間宮、説明を頼む」
「私たちは仲直りしました、とだけ。そうですよね、水瀬先輩」
「敵ではないとわかったの方が正しいわよ。まあ、あんたがこれからも仲良くして欲しいって言うなら考えないでもないけど」
「是非よろしくお願いします」
間宮が水瀬先輩に伸ばした手。
それを彼女はじーっと見つめてから、仕方ないなと言いたげに肩を竦めて、まんざらでもない表情で握り返すのだった。
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