第28話 本当に付き合えば解決なんじゃないの?
間宮が俺と遊びで付き合っている――なんて嘘の噂が流れ始めてから三日が経った。
毎日のように向けられる視線にもうんざりしてきたが、これでも減った方だと考えると憂鬱な気分になってしまう。
一応……というか、当然なのだが根も葉もない嘘を肯定する気はないので、俺に聞きに来た人に対しては懇切丁寧に本当ではないことを冗談めかして伝えている。
だが、聞いてきた本人たちもまさか本当とは思っておらず、あくまで『違うよな?』という圧をかけるための確認に近かった。
……これ、もしも本当に付き合っていたらどうなっていたのかと考えると怖いな。
それはともかく、俺からも説明しないと本気に考える人がいそうで、実際そう考えていた男子生徒にトイレで詰め寄られたりと散々な体験をした。
第一、学校だけの情報では俺が間宮と付き合うことに繋げられる人はいないだろう。
俺と間宮では全く釣り合わないという考えが当たり前。
直接言われもしたし、俺自身も多少なりそう思っている節はある。
間宮が聞いたら難しい顔をするんだろうなとわかっていても、自信のなさはどうしようもない。
そんなこんなで表面上は平和的な学校生活を送っていたが、噂話に気を遣っていれば当然精神的にも消耗する。
疲労が顔に出ていたのか夕食の焼きそばをアカ姉と食べていた時、
「アキ、疲れてる?」
「……疲れてるように見える?」
「まあね。何年一緒にいると思ってるのよ。何かあった?」
あくまで気楽な調子でアカ姉は聞いてくる。
間宮も関わっているから勝手に話して良いものかと迷ったが、
「もしかしてユウちゃんのこと?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて当たりを一発で引いた。
思わずむせて焼きそばを食べる箸が止まるも、その反応で正解だったことをアカ姉は察したらしい。
「ふうん……遂にアキにも春が来たってことかあ。それで、チューはしたの?」
いきなり何を言ってるんだこの姉は。
あり得ないという気持ちを込めた視線を送り続ければ平謝りが返ってくる。
思い付きで聞いただけだから本気ではないのだろうけど、普通にやめて欲しい。
今の状況では、特に。
「…………アカ姉が考えているようなことは何もないよ。ただ、ちょっと困ったことになってるってだけ」
「……話せるなら話してみなさい」
冷え切った声で答えると、アカ姉もふざけた雰囲気を払って真面目な顔になる。
片手がチューハイ缶で埋まってるのは締まらないけど、こういうときのアカ姉は頼りになると経験則で知っていた。
中学校の頃の一件でもよく話を聞いてもらったことがあるし、そのおかげで色々楽になった。
一度頭の中を整理してから、
「……学校で俺と間宮が付き合ってるって噂が出回ってるんだ。でも、それは嘘で、最近になって間宮は俺と遊びで付き合ってるなんてものも出てきて――正直、俺も間宮も結構参ってる」
「…………そう」
アカ姉はチューハイ缶を傾けながらも真剣に考える素振りを見せながら短く返事をする。
空になった缶をテーブルに置いて、
「アキがユウちゃんと本当に付き合えば解決なんじゃないの?」
冗談ではない解決法を冗談ではない調子で口にした。
……おかしいな、アカ姉ってもっとちゃんとしてるときはちゃんとしてた気がするんだけどな。
俺の勘違いだったのだろうか。
流石に姉に対して幻滅したくはなかったけど……それは良くないだろ、色々。
そもそも、それだと遊びで付き合ってるって噂に対してのカウンターにはならない。
「あのさ、アカ姉。俺が本当に間宮と付き合えると思ってる?」
「思ってる。アキが家に入れてもいいくらい信用してる女の子なら可能性はあるんじゃないの?」
「……それは友達って範疇だからだよ。付き合うのとは違う。それと、付き合ったら付き合ったでまた面倒なことになる。下手したら今よりも悪化する」
「ユウちゃん可愛いもんね」
確かに客観的に見れば可愛いんだけど……そうじゃないんだよな。
「一番の問題はそういう噂を流す人の目的がわからないってとこなんだけど」
「嫉妬じゃないの? 恋愛関係で拗れる原因なんてそんなもんでしょ。ユウちゃんに好きな人を取られた――とか勘違いしてる女の子の仕業、とかね」
「……一方的な思い違いすぎないか?」
「恋は盲目。女の子の嫉妬って怖いのよ。自分の恋のためなら平気で友達も蹴落とすんだから。男よりも鋭い……ってか男が鈍感すぎるのよね。気づかないだけで裏側では日夜戦いが起こっているのよ」
全部を信じるわけではないけど、同意する部分もある。
それに、俺と間宮の身に降りかかっているのはそういうものだ。
だからこそ、出来る限り俺が間宮のメンタルを気にしなければならないのに……あんなことを言って逆に困らせる始末。
「もしもアキに少しでもユウちゃんを好きな気持ちがあるのなら、何があっても信じて支えること。見捨てたりしたら許さないから」
厳しくも姉としての優しさを込めた言葉。
自分の心に問いを投げ、その気持ちが少なからずあることを自覚しながら、改めて間宮の傍にいようと決めた。
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