第26話 彼氏だったらよかったのに
「間宮さんって、藍坂くんと付き合ってるの?」
「違いますよ、ただの噂話です。あらぬ疑いをかけるのは藍坂くんの迷惑にもなりますから、どうか控えていただけると嬉しいです」
「あー……そうだよね。ごめんね。間宮さんのそういう話は聞いたことがなかったから気になっちゃって」
教室。
別の席で話していた間宮とクラスメイトの声が聞こえて、静観を貫いていたものの注意がそっちに割かれてしまう。
電話で話した後日も、学校で俺と間宮に向けられる好奇の視線は止まらなかった。
それもそのはず。
これまで浮いた話が一つもなかった間宮に湧いてきた推定彼氏の存在。
それがもし同学年や先輩で人気の人なら話は変わったかもしれないが、相手は特にこれといった特徴のない俺である。
まず寄せられるのは懐疑。
それから嘘だよね? みたいな嘲笑交じりの視線。
あんなやつが間宮の彼氏なわけがないだろ、という男子からの嫉妬と嫌悪に満ちた眼差しが常に向けられるのは非常に気分が悪い。
女子からも似たような雰囲気を感じるが、一部からはどことなく安堵のようなものも窺えるのは闇が深いと思う。
大方、間宮がもしも自分の意中の人を好きだったら――なんてことがありえなくなるからだろう。
「……ほんと、やってられない」
「そうだよなあ。人気者のアキトくん?」
俯きながら呟いた俺の肩を叩くのは、爽やかな笑顔を浮かべるナツだった。
「からかいに来たのかよ」
「それもあるけど――あんまり気にしすぎるなよ。お前はお前だ。誰がなんと言おうと、俺もひぃちゃんも間宮もアキトがいいやつだって知ってる。俺たちは何があっても味方だよ」
「……そうか」
臆することなく言ってのけるナツに眩しいものを感じながらも、その言葉に少しだけ胸の重さが取り除かれる。
こんな経験をしたのはそれこそ中学の一件以来で……やっぱり堪えているのかもしれない。
動揺や焦りを表に出さないように心掛けているけれど気にしてしまう。
しかも、今回の問題は俺だけへの影響に留まらず、間宮にも直接的に関わってくる。
そんな中で変わらずに味方をしてくれるナツと多々良の存在は精神的に大きい。
「多分アキトにも直接言いに来る奴がいると思うけど、まともに相手するなよ。何かあったらすぐ俺を呼べ」
「おかんか」
「この際おかんでもなんでもいい。必要以上に反応したら思うつぼだ。それと……間宮から目を離すなよ。真面目でしっかりしてるからって一人で抱えさせるな」
「……わかってる」
「ならいい」
真面目な表情のナツが満足げに頷いて、またしても肩を叩いてくる。
今回の件、間宮を一人にする気は全くない。
俺も原因の一端を担っている訳だし、いくら間宮がしっかりしているとわかっていても限界は存在するのだ。
間宮の強さも弱さも、胸に秘めている想いも知っている。
それで目を背けられるはずがない。
「宍倉さん、おはようございます」
「おう、間宮。元気そうだな」
左隣の席に帰ってきた間宮とナツが挨拶を交わす。
周囲に見せつけるような雰囲気のそれは周囲へ牽制する意味もあるのだろう。
ナツが間宮の味方だと印象付けて、関わらせないようにするための行動。
クラスでムードメーカー的な役割を果たすナツが間宮の側についているとわかれば、表立って口を挟んでくることは少なくなるはず。
本当に、頭が上がらないな。
こういうことに関しては二人に一歩も二歩も及ばない。
それからナツは間宮と少し話してから自分の席に戻っていく。
「すみません、藍坂くん。脚を怪我していたところを助けていただいたのにご迷惑をかけてしまって。私が支えていて欲しいなんてお願いしたばかりに」
「間宮が気にすることじゃない。それより怪我は大丈夫なのか?」
「軽い捻挫でしたから大丈夫ですよ」
わざと教室にいるクラスメイトが普通に聞こえるような声量で会話をする。
昨日の電話で間宮と話す内容についてすり合わせを行っていた。
その一つが噂を否定しつつ手を繋がざるを得ない事情があったと真実の中に嘘を混ぜ込むこと。
これなら俺が間宮といい仲なのではと勘繰っている男子に対する弁明というか、誤解を解く材料になるし、仕方ないと納得する人もいるだろう。
一気に意識を変える必要はない。
少しずつ噂が嘘であるという事実が周知されれば、あとは時間が解決してくれる。
「それにしても……まさか私を助けたばかりに彼氏扱いされるなんて、こんな噂を流した人は誰なんでしょうね」
「全くだ。冷静に考えて俺なんかが間宮の彼氏なわけないだろ。どこを見ても釣り合う要素がないぞ」
はあ、とため息をつきながら言えば、間宮から感じる不満げな気配。
間宮が俺のことを恋愛感情として好きなのは事実で、噂を欺くためとはいえ『彼氏にはふさわしくない』と言っていたらいい気がしないのは確かだろう。
でも必要だから我慢してくれと視線で訴えれば、ほんの僅かに悲しげな雰囲気を目に宿らせつつも、
「卑下する必要はありませんよ。私は藍坂くんが優しい人だと知っていますから」
「……そりゃどうも」
優等生の笑みはどうしようもなく優しくて。
『本当にアキトくんが彼氏だったらよかったのに』
スマホに届いた間宮からのメッセージ。
誠実な返答を持ち合わせていない俺としては、どうにか表情を繕って無言を貫くしかなかった。
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