第24話 頑張りましたね
「楽しみだね、期末テストの結果」
「……ちゃんと取れてたらいいけど」
「心配しなくても大丈夫だよ。いっぱい頑張ってたこと知ってるから」
冬の朝特有の冷え込みを感じながら、間宮と一緒に登校していた。
山の方では雪が降っているらしく、この分だと街でも雪の姿を見る日が近そうだ。
それにしても、間宮と登校するのが当たり前になってきてしまったな……なんて考えつつ、話の内容に思考を寄せていく。
期末テストから数日空いて、今日は結果が発表される日だ。
上埜高校は学年順位の上位三十名が廊下に紙で張り出されることになっている。
晒し者ではないにしろ、そうやって衆目に晒されるのを嫌に感じる人もいると思うのだが、なぜか昔から変わらないらしい。
「いい結果だといいね」
「……そうだな」
ご褒美の有無とは関係なく、自分の順位が上がっていれば嬉しいものだ。
学校につくと、緊張からかほんの僅かに心臓の鼓動が早まったのを感じる。
身構えても結果は変わらないとわかっているが、こればかりは慣れない。
間宮との距離感を意識しつつ一年生の教室が並ぶ廊下に向かえば、一枚の紙が張り出されていた。
紙の前には早くも登校していた生徒によって人だかりができていたが、遠目で紙に書きだされている名簿を上から順に確かめていく。
一位、二位、三位とこれまでのテストでも常連だった上位陣の名前があって、その次に『間宮ユウ』という見知った名前が高得点と一緒に書かれていた。
「……私、四位らしいです」
「らしいな。おめでとう」
「ありがとうございます。藍坂くんは……」
間宮の名前からさらに下へと視線を動かし、もしかして目標の二十位以上に入っていないのでは……という不安が湧いて出てきた頃、『藍坂アキト』という名前が十八位の隣にあった。
「藍坂くんの名前もありましたね」
「…………」
心なしか嬉しそうな間宮の声が左から右へと流れていく。
見間違いではないかと両目を擦って再度見るも、やはり十八位のところにあるのは俺の名前。
……よかった。
安堵の息を漏らし、そっと胸を撫でおろす。
やるべきことはしたし、いつも以上に対策と積み重ねをしっかりした自覚はあったけど、結果がついてくるとは限らない。
目に見える形で努力が報われた気がして、嬉しいよりも安心した。
「なんとか目標は達成だな。四位様と比べると、もっと頑張らないとって思うけど」
「点数は私の方が上かもしれませんが、努力に優劣はありません。そういった経験は自信にも繋がりますから。藍坂くんはもっと自分を褒めてもいいと思います」
「……苦手なんだよな、そういうの」
昔はそうでもなかった気がするけど、恐らくは中学自体のアレをきっかけに誰かからの評価を聞くことに苦手意識を持つようになった節がある。
自分のことをそんな大層な人間とは思えないし、お世辞で言っているのではないかと疑ってしまう。
悪癖なのはわかっているけど、女性不信と同じく治るには時間と慣れが必要だ。
「……だったら、私が褒めます。頑張りましたね、藍坂くん」
隣で俺にだけ聞こえるくらいの声量で囁いた。
底のない優しさと一点の曇りもない信頼を帯びた声が、ざわめきの中でもすっと耳に入ってきて――込み上げてきた何かに耐えられずに俯く。
別に期待していたわけじゃなかったのに、言葉として伝えられて嬉しいと感じている自分がいる。
……ああ、そうか。
俺は誰かに認めて欲しかったんだろうな。
そう納得したら、すとんと腑に落ちるものがあった。
でも――
「……やっぱり恥ずかしいからやめてくれ」
「恥じる結果ではないと思いますよ」
「そうじゃなくて……わかって言ってるだろ」
「さあ、なんのことでしょうか」
あくまで白を切る間宮は薄く笑っていて。
悪意がないだけに責めるのも違うと思い、照れ隠しをするように教室へ向かう俺の後を間宮も追ってきた。
俺は席で過ごし、間宮は少し離れた席で点数に興味がある人たちに囲まれながら表面上は楽しそうに話している。
みんな人の点数に興味あるらしい。
教室が期末テストの点数に関する話題で埋まってきて、ひとしきり話した間宮が席に戻ってきた頃、
「アキト、間宮もおはよ」
「おはよーっ、アキくんユウちゃん!」
満面の笑みを浮かべるナツと多々良がやってきた。
これはもしかして、結果がよかったのだろうか。
「二人ともおはよ。結果は……聞かなくてもわかるか」
「おはようございます。お二人の努力も知っていますからね」
「……! そう、そうなんだよ! 余裕で補習回避できたし、順位的には俺もひぃちゃんも真ん中より上だぜ!?」
「それもこれもアキくんとユウちゃんが教えてくれたからだよ! 本当にありがとっ!」
「俺は大したことはしてないけどよかったな」
「私もですよ。全部二人の努力の成果です」
お互いに二人を褒めれば、まんざらでもなさそうにしていた。
ともかく、二人の成績が上がったことは喜ばしい。
「今回はほんとに助かった! 何かあったら言ってくれよ。勉強以外なら力になるからよ!」
「ヒカリも! 何でも言ってね!」
「……ええ。困ることがあれば頼らせていただきますね」
「間宮が困る姿が想像できないけどな」
「そうでもありませんよ。私一人の力でどうしようもないことは沢山ありますから」
一人ではどうしようもないことはある。
それはすぐに、現実のものとして訪れるとも知らずに。
期末テストの結果発表から数日後。
いつものように間宮と学校に登校すると、普段と教室の雰囲気が違うことに気づいた。
好奇心と懐疑心、それから敵対心のようなものまで感じるようなねばつく視線。
中学時代の一件があってからの、腫れ物を見るような空気感と酷似していた。
何かしただろうかと記憶を探ってみるも、こんなことになる原因はわからない。
だが、一つ言えることは――何かが違う、ということだけ。
間宮へ探るような視線を送れば、同じく困惑を湛えた視線が返ってくる。
どうやら間宮としても把握していない事態らしい。
アイコンタクトでなるべく気にしないようにしようと合意すると、教室に入ってきたナツが俺たち二人の方へ真っすぐに近寄ってくる。
しかも、やけに表情が真剣だ。
「……アキト、耳貸せ」
有無を言わせぬ口調で言われ、俺は素直に耳を差し出す。
ナツが耳元に顔を寄せて、
「――お前と間宮が付き合ってるなんて噂が流れてる」
理解不能な言葉を告げられた。
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