第23話 ロボットが感情を知ったみたいなのやめない?


「――解答やめ。答案用紙を回収するぞ」


試験官の先生がチャイムと共に言って、期末テスト最後の教科である世界史の答案用紙が回収された。

全員分の答案用紙があることを確認してから、先生は「それじゃあ期末テストは終わりだ。気を付けて帰るように」と言い残して教室を去っていく。


教室に満ちていた空気が弛緩し、俺も促されるようにため込んでいた息を吐き出す。


手ごたえは全体を通してじゅうぶんにあった。

自分にできることは全部やりきったし、名前の書き忘れや解答欄のズレもないか毎回チェックした。

人事を尽くして天命を待つではないけれど、もう結果は変えられない。


成るようにしかならないのだ。


「藍坂くん、手ごたえはどうでしたか?」

「いつもより良かったと思う。そういう間宮は……心配いらないか。表情を見ればなんとなくわかる」

「そうですか? 確かに私も調子は良かったですが、実際に返ってくるまではわかりませんから。もちろん全力で取り組んだ自信はありますけれどね」


その理由は……聞くまでもないだろう。


期末テストで目標を達成出来たら相手に『ささやかなご褒美』をお願いできることになっている。

間宮がそれを何に使うのかわからないが……この様子を見るに、間宮がその権利を獲得するのは目に見えていた。


今回俺が立てた目標は学年順位で二十位以内に入ること。

間宮は俺よりも厳しい五位以上。


難しいけれど、相応の目標でなければ立てる意味がない。


「アキト~! やっと終わったな!!」


話をしていたところにやってきたのは解放感からかとびきりの笑顔を見せるナツ。

ただ……なぜかやつれているような感じがした。


「冬休みの補修は回避できそうか?」

「それに関しては多分、恐らく、余程のことがなければ大丈夫……だと信じたい。前よりはちゃんと解けてる雰囲気あったし。二人が教えてくれた各教科のヤマが助かった。ありがとな」

「力になれたのでしたらよかったです」

「そうだな。教えた甲斐があった。あとは点数がついて来れば言うことないな」


皮肉っぽく言ってやれば、ナツは苦笑しつつも頷くが、


「でも終わったばかりで気にしてもしょうがないだろ? それよりさ、よかったらこの後打ち上げ行かないか?」

「メンバーは」

「俺、ひぃちゃん、アキトと間宮。他に誘いたいやつがいたら誘うけど、アキトも間宮も人数多いの苦手だろ?」


ニヤリとしての問いかけに一瞬黙り込んでしまう。

俺は間宮とナツ、多々良の他に関わりのある人が居ないため、必然的に友達と呼べる相手もいない。


でも、間宮が人数多いのが苦手?

学校での様子からして、そんな風には全く見えないけど。


「その四人なら行くかな。間宮はどうする?」

「でしたら私も参加させてもらいましょうか。それにしても、宍倉さんはどうして私が大人数を苦手だと思ったのですか?」

「なんつーか、学校と勉強会のときに見た間宮の雰囲気が微妙に違かったからだな。勉強会のときの方が自然な感じがした」

「……そうですか。確かに、あまり大人数は得意ではありませんね」


間宮は本当に少しだけ驚いたような素振りを見せつつ認めた。


……やっぱりナツは人を見てるな。

俺が鈍感なだけなのか、ナツが鋭いだけなのか……後者であることを願いたい。


そんなこんなで帰宅の準備をして、多々良と合流した俺たちは珍しくカラオケで期末テストの打ち上げ会をしたのだった。



打ち上げ会が終わったのは午後六時前で、陽はすっかり落ちて白い月が空に浮かんでいる。

夕方よりは夜の方が近しい空模様を眺めつつ、ナツと多々良と別れた俺は間宮と一緒に帰路についていた。


「楽しかったね、打ち上げ会」

「カラオケとか久々すぎたけどな。てか、みんな歌が上手すぎないか?」

「アキトくんも下手ではなかったと思うけど」


それは間宮が上手かったから言えることだ。


打ち上げ会場がカラオケだったこともあり自然と歌う流れになったのだが、こんなところでも多才ぶりを見せた間宮を初めとして、ナツも多々良も90点以上を出せるくらいの腕前だった。

俺はというとそこまで得意でもなく、かといって音痴でもなく……という一番面白くない水準のため、誰もそんなことを思っていないと信じながらも自己嫌悪中である。


「もし練習したいなら今度一緒に行こうよ。私、付き合うよ」

「気遣いは嬉しいけど遠慮しとく。別に歌が下手でも人生困らないし」

「……それ、今言われても言い訳にしか聞こえないんだけど」

「うるさい」


その一言で会話を遮るも、気まずさは感じない。

悪意がないことをわかりきっていた空気感は、とても居心地が良かった。


「……宍倉さんとヒカリさん、付き合ってるんだよね」

「そうだな」

「恋愛感情というものを知ってしまった今あの二人を見ると、いいなあって思ってしまうわけで」

「……ロボットが感情を知ったみたいなのやめない?」

「話の要点がそこじゃないとわかっていながら逸らすのは感心しないね」


それこそどう話したらいいのかわからなかったんだよ。


こほんと咳払いをして無理やり調子を変え、家に着くまでの時間を乗り切った。





「彼氏がいるのに、あたしの好きな人を誑かしていたの……? ほんと、信じられない。生意気なのよ後輩のくせに」


陰から二人の姿を追っていた女子生徒が、怒りと嫌悪を滲ませた声で呟く。

心中の熱を発散するような独り言と、ねばつくような視線。

視線の先にあったのは後輩にあたる、冴えない男子と並んで歩く髪の長い女子生徒――間宮だった。


「……ムカつく。人の好きな人を横から取っておいて、本人は興味なしってどういうことよ。それじゃまるで、あたしが負けたみたいじゃない……ッ!」


ぎゅっと強く拳が握られる。

手のひらに爪が食い込み、圧迫感のある痛みを感じた。


彼女は認められなかった。

自分に振り向いて欲しいと思っていた意中の相手が、ぽっと出の後輩に心を奪われていたなんて。


「間宮ユウ……絶対に許さない。めちゃくちゃにしてやる」

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