第22話 何を思い出したのかな


休憩後も続いた勉強会が終わったのは、五時を知らせる音楽が外に流れ始めた頃。


「よし、と。これくらいで終わっとくか」

「はああ疲れた……」

「そうだね。でも、その分わかった気がする!」

「それはいいことですが、満足してはいけませんよ。本番まで油断は禁物です」

「勝って兜の緒を締めよじゃないけど、気は抜かないことだな」


解放感から身体を伸ばしていたナツと多々良に言えば「わかってるよ」と軽い調子の返事があった。

本当にわかっているのだろうか。


大丈夫だと信じたいけど、それはこれからの二人次第。


期末テストまでは一週間程度ある。

今日の勉強会で満足していては点数が伸びない。

何事も継続が肝心だ。


「てか、なんで五時までだったんだ?」

「もう冬で暗くなるのが早いからだよ。多々良のこと、ちゃんと送って行けよ」

「言われなくてもそのつもりだよ。アキトこそ、間宮のこと送ってやれよ?」

「……そうだな。間宮が良ければ、だけど」

「そういうことでしたらお願いしてもいいでしょうか」


楚々とした微笑み。

こんな間宮に頼まれごとをされたら、断れる男子はいないのではないだろうか。


承諾の意味として頷いて見せれば、「そんじゃあ今日はお開きだな」とナツは勉強道具を仕舞い始める。

それに続いて間宮と多々良も帰宅の用意を始めた。


「にしても、結構な量やったな」

「これでもまだ足りないんだから参っちゃうよね」

「ま、今日ので色々わかったから、なるべくこっちでも頑張ってみるさ」

「わからないところがあったらいつでも聞いてくださいね。私でも、もちろん藍坂くんも力になりますから」

「……ここまでして途中で放り出すような真似はしないから、必要なら言ってくれ」


間宮に乗せられる形で二人に伝えておく。

とてもじゃないけど、友達が補修を受けるような憂き目は避けたい。


二人には世話になっているからな。

これくらいは何でもない。


そんな話をしている間に帰宅の準備が済んだので、二人に怪しまれないよう俺も間宮を送るために外へ出る。


冬の冷たく乾いた空気。

陽が傾きつつある空の色は夜にほど近い深みのあるものに変わっていた。


家の鍵を閉めて、まずは四人でエントランスまで降りる。

二人は俺と間宮が同じマンションに住んでいることを知らないので偽装のためだ。


「それじゃあ気を付けて帰れよ」

「おう。そっちもな」

「アキくん、ユウちゃん。また学校でね!」

「はい。お気をつけて」


エントランスを出て二人を見送り、後ろ姿が見えなくなったところで俺は一つため息をついた。

そんな俺の肩を間宮が軽く叩く。


「お疲れ様、アキトくん」

「……ユウもな。俺も教えてもらったし」

「いいのいいの。たまにはこういうのも楽しいから。あのさ、よかったらお買い物付き合ってくれない?」

「いいけど、荷物は?」

「置いてくるから待ってて」


そう言ってマンションに帰っていく間宮。

数分ほどして戻ってきた間宮と一緒に、買い物に向かう。


「それにしても寒いね」

「十二月だからな」

「そういうことじゃないんだけど」


じーっと横から寄せられる視線に耐えられずため息交じりに手を差し出せば、間宮は飛びつくようにその手を握ってくる。


ひんやりと冷たく、けれど冬の空気よりも温かい人肌のぬくもり。

精神的な充足感と、それに伴う気恥ずかしさ。


「わかってるなら初めから繋いでくれたらいいのに」

「ユウこそ素直に言えばいいのに」

「……はあ。やめよっか、これ不毛だし」

「だな」


お互いに意地を張っていても仕方ない。

本意は伝わっているし、行動として示されている。


「今日、本当に楽しかったよ。午前中のことも、午後の勉強会も」

「…………そうか」

「アキトくん、微妙な顔してるね。どうしてかな。何を思い出したのかな」

「わかりきってるくせに聞くのはやめろ」


今日の記憶として最も鮮烈なのは、間宮と過ごした午前中。

甘く刺激的で、いつまでもそうしていたくなるような魅力を感じてしまう時間。


それは本来、恋人同士がするようなことだったのかもしれない。

けれど俺と間宮はただの友達で、さらに言えば俺が間宮の『好き』に対しての返事を後回しにしていて。


胸を針で刺すようなチクリとした痛みを感じていることも事実だった。


「アキトくんには待ってるって言ったけど……そこまで我慢強い方じゃないと思うから、なるべく早めに良い答えを聞かせてくれると嬉しいかな」

「……善処はするよ。それもこれも女性不信の改善次第だけどな」

「難しいよね。でもさ、女性不信って具体的にどうやったら改善するのかな。私としては日常的に女の子と――こんなに可愛い女の子と接していたら、多少なり免疫はつきそうなものだけど」

「間接的に自分を可愛いって言ったな」

「だって事実としてそうだし。違うの?」


違わないけど……素直に認めるのは癪なので咳払いで誤魔化して、真面目に女性不信の改善方法を考えてみる。


多々良と話すようになって多少改善したことから、どうやっても経験を積むことが大切だと思う。

その相手が間宮であっても変わらないはずだから、そういう意味で言えば時間の問題とも考えられた。


でも――それはいつになるのかわからない。


見通しすら不透明な推測にいつまでも間宮を付き合わせたくないし、それが本当に合っているかもわからない。


ナツに相談したら「いっそ付き合っちまえよ」とか勧められそうな気がするけど、無責任なように思えるし、果たしてそれは真摯な答えと言えるだろうか。


「……時間はかかるかも知れないけど、ちゃんと答えは出すから」

「うん。信じてるよ」


その『信じてる』には測り知れない重さがあって。


けれど心地いい感覚のまま、間宮と手を繋ぎながら暗くなりつつある道を歩いて買い物に向かうのだった。

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