第20話 頑張るアキトくんもかっこいいね


「流石に四人もいると部屋が狭く感じるな。リビングの方が良かったか?」

「俺はどっちでもいいぜ」

「ヒカリもアキくん次第って感じかな」

「私もどこでも大丈夫ですよ」

「……じゃあ、リビングに移すか。俺が落ち着かないし」


 そんな一幕があって、結局勉強会はリビングで行われることとなった。


 俺の部屋にはゲームやらマンガやらと集中力を乱しかねない物が置いてあるから、こっちの方が勉強会をするならいいのかもしれないという考えもなくもない。


 席順としては俺の隣にナツ、対面に間宮、間宮の隣に多々良という場所になった。

 これは単に教える側である俺と間宮、教わる側のナツと多々良が分かれたほうがいいというだけ。

 同性同士で隣り合っているのは俺の女性不信を知る間宮とナツが気を利かせてくれたからだろう。


「で、どこからやる? ナツは数学と英語だったよな」

「そうなんだよ。最近のとことかサッパリわからん」

「出来る部分と出来ない部分を一つ一つ見ていくか」

「本日はよろしくお願いします、アキト先生」

「先生はやめろ」


 肘でふざけたことを抜かすナツを小突けば、全く反省していないような「すまん」が聞こえて幸先が思いやられた。


「ヒカリさんは……全教科でしたよね」

「うん。基礎はともかく、応用問題が全然ダメで……」

「わかりました。基礎が出来ているのなら問題の解き方を理解するだけでしょうから、自信を無くさなくて大丈夫ですよ」


 どうやらあっちの二人もやることが決まっているようで一安心。

 まあ、あの間宮が教えるのだから心配はいらないだろうけど。


「それじゃあ、始めるか」


 そんなこんなで、週末の勉強会がようやく始まった。



 ペンが文字を書く音と問題の解き方に関する話だけが飛び交うリビング。

 実際に教える前はちゃんとできるか不安だったが、ナツの進捗を見るにそこまで悪いものではなかったらしい。


「えーっと、そこはこの公式を当てはめて――」

「これを? ああ、こうなってるのか。……ほんとにできたな」

「そりゃそうだろ、公式なんだから。次行くぞ」


 教科書と問題を照らし合わせながら教えれば、ナツも少しずつではあるが理解をしているようで、二、三度同じところを教えれば自分で解けるようになっていた。

 ただ、英語は教えてすぐにできるとはなりにくい教科だから、まずは単語を覚えるところから始めたほうがいいだろう。

 最悪文法がわからなくても単語さえわかれば長文もそれなりには読める。


 これが大学受験とかだったら尻を叩いてでもやらせていたけれど、もう間近に迫った期末テストの対策ならこれくらいが関の山。

 あとは問題の傾向を予想して山を張らせるくらいで限度だろう。


「――ここに出ている単語は古文でも頻出ですので、覚えておいた方がいいです。それだけで得点になることもありますから」

「わかった! 他にはそういうのある?」

「でしたら、頻出単語を表にしましょうか。意味と、出てくる作品名も合わせて覚えましょう」


 間宮と多々良の方は古文をやっているらしい。

 俺も結構苦手なんだよな。

 活用とか、そもそも単語の意味を覚えてないと解けないし。


 だが、そう思いながら間宮の方を見ていたことに気づいたのか、


「もしかして藍坂くんも古文、苦手でしたか?」


 薄っすらと微笑みを浮かべつつ聞いてくる。


「まあ、他に比べると苦手だな」

「だったらアキトも教わってこいって。元々教えてくれって頼んだのは俺とひぃちゃんだけど、アキトだって勉強したいだろうし」

「そうそう! ヒカリたちも自分で頑張らないと。頼ってばっかりじゃあないんだよ!」

「……と、お二人は言っていますが、どうしますか?」

「……じゃあ、教えてもらっていいか」

「わかりました。でしたら宍倉さん、少しの間だけ席を変わっていただいてもいいですか?」

「そうだな。隣の方が教えやすいだろうし」


 ナツが解きかけの問題集やら教科書やらをかき集めて席を立ち、隣に入れ替わるようにして間宮が座った。

 学校と同じく、隣に間宮がいるのが自然に感じる。


 ……俺も毒されてきたかな、なんて考えながらも古文の教科書と問題集を引っ張り出してきて、理解できていなかったページを開く。


「早速だけど、ここが微妙にわからなくて」

「ああ……現代語訳ですね。おそらく単語の意味が曖昧な部分があるのではないですか? 今も使われている言葉とよく似ていても、意味は全く違う単語もありますから、そこが原因でしょう」

「……なるほどな。暗記が足りてないわけだ」

「こればかりは覚えるしかありませんね。現代語訳の他の部分に関しては問題ないと思うので、本当に細かいところだと思いますよ」


 間宮はパッと見ただけで俺の課題を指摘して、やるべきことを明確にしてくれる。

 これが学年一桁の力か……素の間宮を知ってしまっているだけに、そのギャップに何かを感じないでもないけれど、教えてもらっているのだから感謝しかない。


 でも、やっぱり暗記か。

 逆に暗記するだけで得点が伸びる可能性があるのだから楽と言えば楽だけど、苦手科目は気が重い。


 俺が強いと思っているのは主に理系科目と現代文。

 苦手なのは古文漢文、それから世界史。

 横文字を覚えられないんだよな……科学の実験工程とかは覚えられるのに。


 使ってる頭の部分が違うんだろうなと思考を放棄しつつ、間宮と二人で間違いやすい単語や活用を一つ一つ洗い出していく。

 自分が覚えていると思っていたものが多く含まれていて、現実を突きつけられながらも期末テストまでにはどうにかしようと心に決めた。


 間宮の手を借りたのだから、できるようになっておかないと申し訳も立たないし。


 俺が間宮に教えてもらっている間、ナツと多々良は悩みながらも地力で問題を解いているようだった。

 この調子なら前よりもいい点数を取れるだろうな、と希望的観測を抱いていると、不意に間宮がノートの端っこに文字を書いていく。


 なんだろうと訝しみつつ見てみれば『頑張るアキトくんもかっこいいね』と僅かに丸みを帯びた文字が書かれていた。

 反射的に間宮と目を合わせると微笑みを返されて、俺はナツと多々良の邪魔をしないように内心でうめくに留めてその文字を消すのだった。

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