第18話 隠し味のつもりがバレちゃったね
なんやかんやありつつも無事にカレーを作り終えた俺と間宮は、やっとのことで昼食にありついた。
時間も手間も一人の時よりかかっていないけど、だとしても疲労感が半端ではない。
皿に二人分の盛り付けをして、リビングのテーブルに向かい合うようにして座り、「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。
スプーンには白いご飯とカレールー。
スパイスの香りが食欲をそそるそれを口に運び、
「……うん。こんなもんだろ」
いつも通りのカレーだな、という味に少しばかり安堵する。
家族だけならまだしも間宮も食べるのだから失敗していたらどうしようかという思いも欠片ほどはあった。
二人で作ったカレーが失敗する可能性は限りなく低かったけど、それはそれ。
「結構おいしいと思うけどなあ。なんでだろ。愛情?」
「変なものを混ぜ込むんじゃない」
「隠し味のつもりがバレちゃったね」
てへ、と笑みつつ間宮が言うも気には留めない。
いちいち反応していたら話が進まないのだ。
「でも、隠し味か。コーヒーとかソースとか入れることがあるって聞くけど、実際変わるのかな」
「素人の舌にはあんまりわかんないんじゃない? それよりはカレールーをちゃんとスパイスから調合した方が変わりそうだけど」
「確かに。そこまで凝る気はないけど」
「私は一回やってみたいかも。ただ、スパイスを揃えても一回しか作らなかったら無駄になっちゃうから難しいよね」
スプーンを進めつつ頷く。
一回分なんて小分けでスパイスが売られているはずもなく、そうなれば何度か作る必要がある。
どれだけ時間がかかるのかわからないけど、少なくとも市販のルーで作るよりは時間がかかるだろう。
父親が得意そうだけど、残念なことに忙しいため時間が取れない。
「あと、具材もいつものやつになりがちだからなあ。色々入れてみても面白そうだけど、チャレンジして失敗するのは怖いし」
「アキトくんの場合は家族のご飯もかかってるからね。私は具材も変えたりするけど。コーン、グリンピース、ホウレンソウとか、季節の野菜はよくやるよ。そもそもカレーって大体なんでも合うから大丈夫だと思うよ」
「それもそうか。今度試そう。今は冬だから……なんだ?」
「パッと思いつくのはキャベツ、白菜、大根、サツマイモとか? これなら鍋にした方が良くない?」
良く鍋に入っているような面々だな。
鍋もいいなあ……冬はあったかいのが恋しくなるし、楽だし、美味しいし。
家族分の飯を作るなら手間が軽いという部分は外せない。
「でも、お鍋……一人分を作ってもなあって感じがするからなあ」
「間宮――ユウさんは一人暮らしだもんな。それだと鍋を作る機会は少ないか」
「そうなんだよね。それと、まだユウさんなんて呼ぶの? もうよくない? ユウちゃんって感じではないけど、かといってユウさんでもないじゃん。ユウって呼んでくれた方が私はしっくりくるんだけど」
じーっと無言の圧力が込められた視線が浴びせられる。
俺が間宮をユウさんと呼んでいるのは異性を名前で呼ぶのに微妙な抵抗感があるから。
友達だと言ってくれている相手にそれはどうなんだと自分にすら言いたくなるけど、俺の意思ではどうしようもない。
ただ、間宮がしっくりこないと感じているなら……俺が折れるべきなのだろう。
それに普段間宮とやってることに比べれば、名前だけで呼ぶくらい大したことはないはず。
そう思いたい。
「……………………ユウ」
「アキト……くん」
「どうして取ってつけたような『くん』?」
「……アキトくんがユウって呼んでくれるなら私も名前だけにしてみようかな、なんて出来心だったんだけど――」
「慣れないことをして恥ずかしかったとか?」
「それもあるけど、アキトって感じじゃないなあって思って。アキトくんの方が柔らかい感じがして私は好きだからさ」
自分ではわからないけど、俺が間宮をユウと呼べなかったのと同じか。
ナツは俺をアキトって呼ぶし。
同性だからかもしれないけど、それを言ったら多々良はアキくんだしなあ。
でも、確かに同い年の友達相手に『さん』付けはよくないのか?
それならユウと呼び捨てにするのが一番しっくりくる。
少なくとも『ちゃん』をつけるような可愛らしい相手ではないし。
「それより、ユウって呼べそうだね」
「……そうだな」
また一つ、間宮との間にあった薄い壁のようなものが取り除かれた気がして、気恥ずかしさのようなものを感じてしまった。
俺は間宮に恋愛感情としての好きを向けられていて、でも今の俺は応えられる状態ではなくて解答を預けている。
女性不信という大きな問題の周りには、いくつもの小さな障害があって、きっと今回のこれもその一つなのだろう。
目に見えない一歩を進めたことは喜ばしいものの、着々とその時が迫ってきていることを感じて頭の片隅にそのことがちらつく。
そのとき、俺はどんな答えを出すのか。
どちらも傷つかない平和的な解答を間宮は求めてはいない。
誤魔化しも、嘘も不要。
頷くにしても断るにしても、俺の心からの想いを伝えなければならない。
「ユウ」
「どしたの?」
「ああ、用件があったわけじゃなく、間宮はユウなんだよなあって思っただけ」
ユウ……漢字では優と書く彼女には日頃から色々な無茶を強いられているが、本質的に優しいことは身をもって知っている。
名は体を表すではないけれど、その優しさは確実に俺の傷を癒している。
「なにそれ。変なものでも食べた?」
「ユウの自称愛情入りカレーを食べたな」
皮肉っぽく言ってやれば、間宮は不服そうに口先を尖らせるのだった。
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