第17話 共同作業ってことで


「……凄い寝そうになってるところで悪いんだけどさ、昼どうする?」


肩にもたれかかったままうとうととしていた間宮に声をかければ、「んー……?」と甘えるような声を発しつつ顔を向けてくる。

細められた眠たげな目を擦ってはいるが、まだはっきりしていないのか俺を見る目はぼんやりとしていた。


信頼してくれている証拠でもあると考えると込み上げてくるものがあったが、それを無視して再び「起きてくれ」と間宮の肩を揺らす。

すると、仕方なさそうに口を手で押さえながら欠伸をしつつ、


「もうそんな時間なの? 楽しい時間は過ぎるのが早いね」

「楽しいって……並んで適当に喋りながらぼーっとしてただけじゃないのか」

「日常の幸せだよ。それで、お昼だっけか。こっちで食べてもいい?」

「初めからそのつもりだっただろ。予定はカレーだ。今から作る」

「いいじゃん。私も手伝う」


自己申告では間宮の料理の腕は結構な物らしいから期待するとしよう。

普通なら客に手伝わせるのは良くないけど、まあ間宮だしいいか。

押しかけられているのは俺だからな。


「あー……でも惜しいなあ。ずっとこうしていてもいいくらいなのに」

「……それは困るからやめてくれ」

「私はもっとアキトくんに困ってほしいけどね」

「今が困ってないとは言ってないからな」


結局、ゲームの後は一時間くらい隣でくっついたままだった。

胸は容赦なく当たるし、いい匂いもするし、しかも嬉しそうな雰囲気を前面に出してくるものだから、困るのは困る。


でも、間宮がわざわざ『おうちデート』と称してまで押しかけて来た気持ちを考えたら、突き放せるはずもない。

やっぱり押しに弱いんだろうなと内心苦笑しつつ、ゆるゆるの間宮と共にキッチンへ。


「えーっと、エプロンが……あった。これ使ってくれ」


間宮に手渡したのは猫柄の黄色いエプロン。

可愛すぎるデザインなだけに俺にもアカ姉にも似合わなかったそれだったが、間宮は「可愛いね」なんて言いながら身につけた。


「どう? 似合ってる?」

「似合ってる似合ってる」

「……なんかなげやりじゃない?」

「気のせいだ」


そもそも間宮は素で整った顔立ちをしているから似合わない服の方が少ないと思う……なんてことは正直に言わない。

本人相手に言うのは恥ずかしいし。


「作るのはカレーなんだよね」

「そうだけど、なにか?」

「いや……こう、さ。家庭の味みたいなのがあるじゃん」

「別に普通だと思うけどな。ニンジン、タマネギ、ジャガイモと豚肉――」


具材を指折りで確認していると、間宮が真剣な表情で待ったをかけた。

そして――重いため息をついて首を振る。


「ほらね。カレーにも色々あるんだよ。特に……お肉の種類は家によって違うよね。私は牛肉で作ることがほとんどなんだけど」

「あー……そういうことね。因みに聞くけど、豚肉カレーなんて食べられないって過激派?」

「普通に食べられるよ。というか、お肉が違うだけで食べられない人って宗教上の関係以外でいるの?」

「いるらしいんだよなあそれが」


なんて話しつつ、冷蔵庫から食材を取り出して台に並べていく。

底の深い鍋に水を張ってクッキングヒーターを起動。

とりあえず沸騰させないことには始まらない。


「間宮は」

「名前」

「…………ユウさんはニンジンとジャガイモをお願いしてよろしいでしょうか」

「任せて」


腕まくりをして間宮が答え、ニンジンとジャガイモを自分の前に置いているまな板に乗せた。

俺も隣り合わせてまな板を置き、タマネギと豚肉のパックを用意。


「あ、タマネギ隣で切るのよくないよなあ……」

「わかってたけど、そういうとこ気にするのがアキトくんだよね。二人で泣いたらいいんじゃない?」

「……繊維方向に切れば多少はマシなんだっけか」


前にタマネギを切っていて涙が出ないようにする方法を調べたことがあった。

原因はタマネギに含まれるなんかの成分らしく、それが繊維方向に切ると抑えられるのだとか。


まあ、それでも目がヒリヒリすることはあるんだけどさ。


とにかく切らなければならないことはわかりきっているので、悪いとは思いつつもタマネギを切っていく。

隣では間宮も手際よくジャガイモから一口大のサイズに切り始めていた。


鍋に入れる順番的にはジャガイモが一番初めだからね。


「そいえばさ、どうしてカレーなの?」

「昼に作れば夜も食べられるから」

「完全に主婦目線だね」

「献立を考えて作るのも楽じゃないからな。……あー、染みる」

「そのまま目を擦っちゃダメだよ? ちゃんと手を洗ってからじゃないと目に成分がついちゃって余計に染みちゃう」


言われて危うく目を擦りそうになっていた手を止める。

どうせ切り終わるまで染みるなら我慢して最後まで切ってしまった方が早い。


目をしぱしぱとさせながらもタマネギを最後まで切り終えた。

それを氷水を張っておいたボウルに移しておいて、まな板と手を一度洗う。


「鍋も沸騰してきたな。ジャガイモ入れるか――」

「もう入れたよ」


間宮は先んじて動いていたらしい。

手際が良くて助かるな。


「……なんかこれ、夫婦みたいだね」


ぼそっと隣で呟かれた間宮のそれに驚いて咳込み、何を言ってるんだと眉間を押さえつつ、


「…………違うからな」

「じゃあ、共同作業ってことで」

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