第二章

第1話 急がなくていいからさ

 お久しぶりです。長らくお待たせしました。

 今回はあとがきの方に今後の更新予定とお知らせの二つを記載していますので、そちらも読んでいただけると幸いです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――もう十二月かあ。早いね」

「そうだな」


 放課後の教室。

 どこか寂しくなった景色を窓から眺めながら言葉を零した間宮へ、条件反射的に短く返す。


 放課後独特の静けさと、隣の席の優等生――間宮ユウとの気を抜けない時間にも慣れてきて、それが俺の中で普通になりつつあった。


 俺が放課後の教室に忘れ物を取りに行って、服をはだけさせながら自撮りをしていた間宮と偶然出会った秋の日から、もう一月以上が経過している。

 あの日、俺が間宮の胸を触っているように見える写真を撮られ、間宮から裏アカへ上げるための写真を撮っていたのだと秘密を半ば強制的に打ち明けられた。


 そして、撮られた写真を脅迫材料にされたことで俺と間宮の関係が始まった。


 俺に求められたのは放課後に間宮が裏アカへ上げる用の写真を撮ることだが、当然そういう用途で使うために写真は過激なものになる。

 成績優秀、容姿端麗で周囲からの信頼も厚い間宮がまさかそんなことをしているとは思わなくて、始めは嘘だと信じたかったが、時間を共にするにつれて間宮の二面性にも見慣れてきた。


 優等生と裏アカ女子。


 相反するように思える二つの要素だが、そのどちらも間宮ユウという一人の人間に備わっている一面だ。


「これからもう寒くなるだけだね」

「雪も降るかもな」

「タイツも厚いのに変えないと。透け感が薄れちゃうね」

「知るか」


 冷たく返して、どうして俺の前ではこうなのかとため息をついた。

 どうせなら俺の前でも常に優等生で合って欲しい。


 自然に素を見せてくれるのは時間と衝撃的な体験を何度も積み重ねた結果だけど、妙な緊張を感じざるを得ない。


 というのも――先日、面と面を向かって「好き」と告白されたばかりである。


 冗談ならこんなにも頭を悩まされることはなかっただろうけど、間宮のそれは本気で、嘘偽りなんて爪の先ほども介在しない恋愛感情から生み出されたものだった。


 外の景色に目を細める間宮の後ろ姿を、椅子に座って課題を進める振りをしながら間宮に気づかれないよう盗み見る。


 女子としては少々高めな身長と、その身体をあつらえたかのように包み込む制服の均整の取れた後ろ姿。

 長く伸ばした髪はつやがあり、雲間から差し込んでいる陽を反射させて淡い光をまとっているようにも見えた。


 けれど、間宮は外の景色にも飽きたのか、ゆっくりと振り返る。


 女性的な丸みを帯びた輪郭。

 客観的に可愛いと称して差し支えない間宮の整った微笑みが目に入る。


 やや釣り目気味な目元は柔和に下がっていて、


「……ねえ、そんなに見られると流石に気づくよ。別に藍坂くんならいいけどさ」

「返しに困ることを言うな」

「困ってくれるんだ」


 なんて、言葉の端々に「好き」を滲ませてくるものだから、間宮へどんな顔をして接したらいいのかわからない。


 だって――俺は間宮からの告白を断っている。


 しかも間宮の好意には応えられないと言いながら、友達としては仲良くしてくれると嬉しいなんて、自分に都合の良すぎる返答をしてしまった。

 それでも一緒にいてくれる間宮には感謝と、同じくらいの罪悪感を感じてしまう。


 いくら俺が女性に対して過去のトラウマから不信感を抱いているとはいえ、不誠実な対応なのに変わりはない。

 いつかは答えを出さなければならないとは思っているけど、いつになるかは見当もつかない。


「……答えは急がなくていいからさ。ちゃんと藍坂くんだけの気持ちで答えてくれるまで待つから」


 間宮の言葉に小さく頷く。


 ――俺の気持ちだけで、か。


 そうできたらいいと素直に思うよ。


「さて、と。そろそろ帰らない?」

「そうだな」


 広げていた勉強道具を鞄に仕舞って、帰宅の支度を済ませた。


「それ、あのとき買ったコートか」

「そうそう。似合ってるでしょ」

「まだ早いんじゃないか? 似合ってはいるけど」


 間宮が羽織っていたのはこの前買い物に連れ出されたときに買っていた黒いコート。

 得意げにくるりと回って見せられ、それに率直な感想を返すと嬉しそうに頬を綻ばせていた。


 ……こういうとこだよな、ほんと。


 こうも無邪気で可愛げのある一面を見せられると、どうしても心の底から憎めない。

 そんな間宮の表情は秘密を握り合った脅迫関係――という名ばかりの信頼がなければ、目にすることはなかっただろう。


 だから、というわけではないけれど、その笑顔を見ていると行き場のない感情が胸の内で渦巻いているような感覚になる。

 気分が悪いものではなく、かといって目を逸らせずに気になってしまうような違和感にも似たもの。


 浮かんできた思考を振り払って間宮と並んで教室を出て、廊下を歩いて玄関へ。

 満ちている空気はすっかり冬の到来を告げるように冷たく、思わず手を擦り合わせて熱を持たせようとする。


「本格的に寒くなる前にもう一回くらいお出かけしたいね」

「また荷物持ちをやれと?」

「いいじゃん。今なら隣に可愛い女子高生付きだよ?」

「……容姿だけの話なら否定できないの悔しいな」


 下駄箱から靴を取り、履き替えてから間宮へ視線を移すと、どうしてか俺をじーっと難しい顔で見ていた。


「どうした?」

「……そういうとこだよね、ほんと」

「なんか言ったか」

「なんでもなーい」


 間宮はぷい、と大きな瞳を逸らしつつ靴を履き替え、玄関の扉を開けると長い髪が吹き抜けた風にさらわれるように靡いて、


「さ、帰ろ?」


 何の気なしに差し出された間宮の手。


 それを握るには、まだ気持ちの整理が追いついていなかった。


 だから、その手は取らずに間宮の横を通り過ぎて、立ち止まったままの間宮に「帰るんだろ?」と振り返って声をかければ、むっと眉を寄せながらも隣に並んでくるのだった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 というわけで、唐突ですがご報告です。


 この度、本作『優等生のウラのカオ』の書籍化が決定いたしました!

 詳しい情報は公開可能になり次第お知らせします!


 是非、今後とも本作をよろしくお願いいたします!


 また、書籍化作業に伴って、web版の更新頻度がしばらく落ちます。多分週一、土曜の18時過ぎの更新になると思います。

 原稿が落ち着いたら頻度も上げられるかと思いますので、どうかお待ちいただけると幸いです。


 以上二点、書籍化決定の報告と今後の更新についてでした。

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