第34話 もしかして寝落ちもしもしとかいう都市伝説の話してる?


 数日、俺と間宮は何事もなく平和な日常を過ごしていた。


 秘密を知ったと思われる生徒からの接触はなく、少々不気味さを感じていたが、こちらから相手のことがわからない以上は後手にしか回れない。


「――私の下駄箱に、こんなものが入っていたの」


 だから、放課後に神妙な面持ちの間宮からそれを――明らかに隠し撮りされた間宮の写真と、一枚の手紙を見せられたときは、遂に来たかと緊張感が走った。


 手紙の内容は要約すると「間宮のことが好きだ。僕はずっと見てる」……そんな感じのことがつらつらと印刷された文字で書かれている。

 申し訳ないけどストーカーにしか思えなくて気持ち悪さの方が先行してしまう。


「一応聞くけど、犯人に心当たりは?」

「……正直、多すぎてなんとも」

「だよなあ」


 俺も間宮の首を捻りながら考えるも、とてもじゃないが隠し撮りをするような人も理由も浮かばない。


「前にもこういうことはあったのか?」

「うーん……ここまで露骨なのはなかったかな。多分、あの日に私たちのことを知った人だと思う。タイミング的に」

「……間接的に来られると面倒だな」

「ほんとにね。事情が事情なだけに誰かを頼るってことも難しいし」


 関わる人が増えるごとに俺と間宮の秘密がバレる可能性は加速度的に上昇していく。

 それは望む展開ではないし、もし犯人が見つからなかったら損をして終わりだ。


「しばらく様子見かな。あっちにも私に接触しようって意思はあるみたいだし」

「……大丈夫か?」

「なにが?」

「メンタル的な意味で」

「気持ち悪いよ、当たり前じゃん。でも、今は耐えるしかないから」


 仕方ないよね、とでも言いたげに肩を竦めながら間宮は苦笑する。


 間宮ほどの人気ならこういうことは珍しくないのだろうけれど、それで傷つかないかと言われれば話は別だと思う。


「……そうか。ストレス解消くらいには付き合ってやるから、時間とか関係なく連絡してくれ」

「わかった。毎日零時にイタ電するね」

「せめておやすみの電話と言って欲しかった」

「もしかして寝落ちもしもしとかいう都市伝説の話してる?」

「あれは都市伝説だろ。現実には存在しないぞ」


 間宮の冗談に俺は真顔で返す。


 実際はやってるやつがいるんだろうけど、それを現実のものとして目撃したことがなければ存在しないも同義。

 シュレディンガーの寝落ちもしもしだ。


 だが、間宮も多少なり緊張のようなものを感じていたのだろう。

 少しだけ表情から硬さが抜けている。


「多分、狙いは私だと思うけど、藍坂くんも気を付けてね。何かあったらすぐに教えること」

「間宮もな。無理はするなよ」

「わかってる」


 誰かの正体も目的もわからないまま放課後の密会をするのはリスクがあると間宮と合意し、しばらくは控えることとなった。


 また、犯人の感情をエスカレートさせないように間宮は普段通りの立ち振る舞いをしていたが――隠し撮り写真と手紙はその努力を嘲笑あざわらうかのように送られ続けた。

 表面上は変わっていない間宮ではあるが、どうにもピリピリとした雰囲気をまとい始めて周囲の生徒もなにかあったのだろうかと気を遣っているように思える。


 それに伴ってか、家に帰ってから間宮からの連絡頻度が増えた。

 メッセージだけのときもあれば通話のときもあり、学校では表に出せない素の感情をそこで発散することでなんとか均衡きんこうを保っている。


 最近は写真撮影もできていないから、間宮的にはストレス値が跳ね上がっているのではなかろうか。


『……だからさ、いい加減気味が悪くて。ねえ、聞いてる?』

「聞いてるって怒るな」

『怒ってない。機嫌は悪いけど、いつでも電話していいって言ったのは藍坂くんだし』

「そうだけど……だからってこんな夜中まで愚痴を聞かされるとは思わないだろ。肌に悪いぞ」

『毒を吐き出さない方がメンタルに悪いの』


 はあ、と最後にため息をつけ足して間宮が言う。

 学校ではおくびにも出していないが、正直参っているのではないだろうか。


 結果として俺が間宮のストレス解消係になっている訳だけど……まあ、これくらいは甘んじて受け入れよう。

 間宮の秘密がバレて困るのは俺も同じ。


 週末ということもあってか、間宮からの通話は深夜零時を過ぎても続いていた。

 話のタネは隠し撮り写真を送ってくる犯人のことだったり、打って変わってテレビドラマやアニメの話だったり、俺が授業内容でわからないところを聞いたりと様々。


 長時間話していたが、意外と言っては失礼かもしれないけれど退屈することはない。


「でも、どうしようもないよな」

『そうなんだよね。秘密がバレるリスクを考えると外部に頼りたくはないし、かといってこっちから犯人に接触するには証拠がないし』

「間宮には耐えてもらうしかないってことか」

『ストレス溜まるなあ。けど、そろそろ痺れを切らしてもいいんじゃないかなって思うの。なんども送り付けてくるけど、私の方に変化がなかったらもっと直接的な手段に出ると思うし』

「かもな。何度も言うけど気をつけろよ」

『わかってるよ。心配性だよね、藍坂くんって」

「別に」


 愛想を無くして答え、しばらく雑談をして今日のところは解散となった。


 相手の出方を待つしかない現状に焦れのようなものを感じながらも週が明けて――間宮の予想通りと言うべきか、相手の方から動きがあった。


 朝、ホームルームまでの時間に間宮からメッセージで伝えられたのは、放課後に一人で空き教室まで来てほしい、という呼び出しのメッセージと隠し撮り写真が同封されていたことだった。

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