第30話 もっと凄いことしようよ


「写真撮るとは言ったけど、具体的にどんな写真を撮ればいいんだ」

「……スカートの中に手でも入れてみる?」


 提案した間宮は、膝に座ったままちらりとスカートをめくって黒いタイツに包まれた太ももを見せてくる。

 実際に触れたときの感触を思い出してしまい、つい視線がそこへと吸い込まれた。


 くすり、と小さな笑い声が聞こえて、俺はわざとらしく咳払いをして視線を教室の壁へと戻す。

 承諾したとはいえ、こういう揶揄われ方をされるのはやっぱり恥ずかしい。


 女性不信を抱えているとはいえ、異性というものに少なからず興味が出てしまう年頃で、その矛盾に酷く頭が混乱してくる。

 事情を知った今、間宮もそれは察しているだろうけれど、敢えてそれを無視しているようにも思えた。


 だから俺もその思いをしまい込んで、答える。


「構図の犯罪臭が一気に高まったな」

「その方が脅迫材料としては強いし、私も安心できるし。何より藍坂くんも「げへへこれがJKのタイツ越しな太ももの触り心地か……」って妄想をはかどらせながら悶々もんもんとして家に帰れるでしょ?」

「間違っても年頃の女子校生が言っていいセリフじゃないからな」

「でも……男子高校生って、そういうことをするんでしょ?」

「当事者の範囲内にいる俺が頷くと思ってるのか? 男子相手で話すならまだしも、異性相手は気まずいと思うぞ、一般論的に」


 最後を強調して告げると、間宮は顎に指先を当てて「そういうものなのかなあ」と考える素振りを見せた。


 頼むからそんな話題を持ち込まないで欲しい。

 俺に言えるのは一般論だけだぞ。


 自分の事情を話すとか、よっぽど自信のあるやつくらいしか無理だろ。

 あと、そういうやつは狙ってるだけだからな。


「まあ、いいや。取り敢えず、太ももの間に手を入れてみようよ。話はそれから」

「軽いノリで言うな脳がバグる」

「どうせやるなら一思いにやっちゃった方が良くない?」

「一理あるけど頷きたくない」

「……自分で決心がつかないなら、私がやっちゃうよ?」


 耳元で間宮がささやく。

 湿った暖かい吐息が耳たぶをぜて、背筋にしびれのような震えが走る。


 理性が溶かされるような、抗いがたい魅力をはらんだその行為。


 そういうことをするわけではないのに、どうしても期待と緊張が心の中で膨れてしまう。


 放課後の教室、客観的に見て美少女と呼ぶべき間宮と二人きり。

 漂う空気には淡い桃色が宿っている気がする。


 理性のネジが徐々に外れていく感覚。

 身を委ねたくなるのを崖っぷちで踏み留まる俺の右手首を、間宮の手が掴んで引っ張っていく。


 目的地は必然、スカートによって隠されている黒いタイツに包まれた太ももの間。


「遠慮しなくていいから。罪悪感もいらない。私が勝手に藍坂くんを利用してるだけ。だから、藍坂くんは何も悪くない」


 真面目っぽい声音で間宮は言うけれど、その通りの感情を抱けたら苦労しない。


「……こんなことを学校でしてる俺は普通に悪いと思うけどな」

「なら共犯ってことで。一緒に悪いこと、しよ?」

「後で梯子はしご外すなよ」

「どうしよっかなあ」


 楽しげにコロコロとした笑みを浮かべる間宮に引かれて、俺の手が弾力のありすべすべとしたナイロン特有の質感を伝える温かな太ももへと着地する。

 背徳感が胸の内に溢れて、後ろめたさと拒否反応から手を引こうとするが、間宮がそれを留めた。


 なのに、間宮は太ももに触れたことに反応してか、その身を僅かに震わせた。


「無理してるのか」

「してない。全然、うん、大丈夫。藍坂くんの触り方がなんかちょっとエッチだったってだけで」

「そんなつもりは欠片もなかったんだが」

「普通にしてても変態さんってことかな」

「この光景を客観視したら否定できないのが悔しい」


 どう考えても間宮の……というか、女の子の太ももを触っているような男という構図では、俺の方が悪いように見えてしまう。

 俺たちの事情を知らない人が見たら、確実に警察案件で俺の手に素敵なブレスレットが飾られることだろう。


 ……誰にも見られてないよな?


 そこはかとない危機感に駆られて、窓の外へ視線を巡らせる。


 幸い、中庭を挟んで体面にある教室は遠く、とても窓からこちらの様子をうかがい知ることは出来ないだろう。

 廊下はどうだろうかと耳を澄ませてみるも、放課後で生徒は部活か帰宅したのか足音は聞き取れない。


 一先ず残されている左手で胸を撫でおろすと、口先を尖らせた間宮と視線が交わる。


「藍坂くん、これでも私から意識を逸らせるっていい度胸だね」

「ギリギリだっての」

「知ってる。そこまで器用じゃないもんね。スカートの奥を意識してるのわかってるし」

「……仕方ないだろ」

「うん。仕方ないよ、男の子だもん。でも、それならもっと素直になってくれた方が私は嬉しいかな。ちゃんと私を見てくれてるって思えるから」


 こんなことをしているのに間宮の声音はどうしようもなく柔らかで、この不健全な行為を肯定しようとする。


 間宮の手が俺の手を引いていく。


 スカートの裾が少しずつめくれあがって、隠されていた黒の奥がちらりと見える。


 情熱的な赤色の逆三角形が目に飛び込んだ。


 薄い黒タイツ越しに浮かぶ精緻せいち刺繍ししゅう

 思考を溶かすような甘く背徳感と、それに反して高まる興奮が正常な理性を塗り替えていく。


 なにせ、俺の目に映っているそこは本来誰の目にもさらされることのない秘境で――現実感のなさと手の皮膚ひふから余すことなく伝わってくる温かさとほんの少しの熱気が、これは現実なのだと逃避しようとしていた意識を引き戻す。


「……やっぱり、ちょっとだけ恥ずかしいかも」


 ぼそりと、耳元で囁いた間宮の頬は、仄かに赤く色づいている。


 熱に浮かされたようにとろけた目元。

 ふっくらとした瑞々みずみずしい桜色の唇が妙に色っぽい。


 腰を動かし、尻が俺の太ももへ直接悩ましい感触を伝えてきて、同様に位置がズレた手……人差し指と中指の外側がそれへと触れて――


「……っ、あ」


 間宮がか細い嬌声きょうせいを上げて、背を弓なりに逸らした。

 小さく空いた口元、何かを堪えるように震える身体、硬くつむったまぶたの全てが、間宮が感じたものを雄弁に物語っている。


 俺は自分が触れたものがそこである、とほぼ感覚的にわかっていたものの、だからこそなんと言えばいいのかわからず喉に次々と上がってくる言葉を呑み込み続ける。

 まだ触れた指に僅かながら湿った感覚が残っていて――ああ、これは良くないなと、辛うじて残っている冷静な部分が直感的に導いた。


 それを裏付けるように、間宮がゆっくりと瞼を上げながら、


「……藍坂くんの、エッチ」


 責めるような視線。

 不満げで、どこか煽情的せんじょうてきな、むくれた表情のまま間宮が呟く。


 揺れる理性。

 追い打ちをかけるように間宮の口元が耳へ寄ってきて、


「もっと凄いことしようよ。それを撮ったら、信用できそうだから」

「……そう、だな」


 そう答えるしかできなかった。

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