第13話 ダメです


 ある日、体育の授業中。


 男子の種目はバスケで、網で仕切られた隣で授業をする女子にいいところを見せようとバスケ部が張り切っていた。


 俺は今コートでやっている試合を観戦しながら、欠伸を噛み殺す。

 帰宅部で運動にそこまで意欲的ではない俺ではあるけれど、授業には真面目に取り組んでますよ……というポーズはしておく。


「いかにも『まじめにやってますよ』感出してんじゃん」


 隣に並んだナツが揶揄からかうように肩を叩いてくる。

 見るからにやる気じゅうぶんな雰囲気を漂わせていて、よくやるなあと思う。


 疲れるのはあまり好きじゃない。

 後の授業も眠くなるし、汗をかきたくない。


 それでも授業だから出席はするし、それなりに動くつもりではあるけれど。


「成績3は維持したい」

「志が低すぎるだろ」

「3は平均だぞ?」

「周りに埋もれるアキトには相応の評価だな」

「なんだよその煽り」

「俺はアキトに世界へ羽ばたいて欲しいんだよ――なんてな」


 へらへらとふざけたことを口にするナツを小突けば、「すまんすまん」と軽い調子の謝罪が返ってきた。

 本気で怒っている訳ではなかったため適当に流して雑談をしていると、ぴーっ、とホイッスルの音が鳴って、前の試合が終わった。


 疲れたーと言葉を漏らす生徒と交代して、俺とナツを含めた十人がコートに入る。

 5v5で、ナツは味方。

 味方と相手どちらにもバスケ部の生徒が一人ずついた。


 なるべく目立たず、邪魔にならないように動いて流そう。


 ホイッスルの音でミニゲームが始まり、ジャンプボールを制したのは相手チーム。

 パスを回した先はバスケ部の生徒で、心底楽しそうな表情でドリブルしながらゴールを奪おうと迫ってきた。


 それをブロックに入るが、キレのある動きに翻弄ほんろうされて俺を含めた三人がごぼう抜きされてしまう。

 だが、その後ろにいたバスケ部の男子が見事に止めて、攻守逆転。


 素早くゴールまで走っていたナツへ大きなパスが渡り、そのまま綺麗にレイアップでシュートを決めた。


 あいつ、運動神経いいんだよな。

 あそこまでとは言わないけど、もう少し動けたらスポーツも楽しめたのかな、と思わないでもない。


「ナイスシュート、ナツ」

「おう。アキトも構えろよ? 来るぞ」


 自コート側に戻ってきたナツと言葉を交わし、点を取り返そうと相手チームが攻めてくる。


 そこからは点の取り合いだった。

 決めて、決められ、見ている外野の声もどんどん盛り上がっていく。


 俺は攻撃には積極的に参加せず、防御にてっしていた。

 けれど一人で止められるわけではないので、ブロックで動きを遅延させて止められる味方の方へと誘導する。


 そんなことをしていると、そろそろ終わりが見えてくる。


 点差は一ゴール分でこっちが勝っていた。

 ボールが渡ったのは相手で、これが最後の攻めになるだろう。


 相手は慎重にパスを回しながら少しずつ詰めてくる。

 だが、ボールが渡ったバスケ部の生徒がドリブルで仕掛けてきた。


 前にいた二人を一瞬で抜き去り、立ちはだかったナツすらもフェイントを駆使して突破。

 俺はそれを正面に据えて、両腕を広げてディフェンスの姿勢を取る。


 幸い、後ろに控えているのはバスケ部の生徒。

 俺が崩せば止めてくれるだろう。


「どけっ!」


 荒々しくボールを持った生徒が言って、勢いよく切り込んできた。

 そのスピードは素人が止められるものではなく――しかし、中途半端に反応してしまう。


 身体が動き、そこへバスケ部の生徒が重なって、


「っ、は」

「アキトっ!」


 背中に感じた衝撃。

 切羽詰まったようなナツの声が聞こえた時には、俺は天井を向いて倒れていた。


「すまんっ、大丈夫かっ!?」


 どこか焦ったような声はドリブルをしていた男子から。

 彼も押し倒す気はなかったのだろう。


 白熱しすぎてつい力が入ってしまったのだと思われる。


「ああ、大丈夫――っ」


 なんともないと立ち上がると、足首に鈍い痛みが走った。

 転んだ時に捻ってしまったらしい。


 それを顔に出さないようにして、


「ほんと気にしないでくれ。わざとやったんじゃないだろ?」

「それはそうだけど……」

「なら別にいいって。保健室いって湿布張ってくる」

「アキト、肩貸すか?」

「いらない。そんな重症じゃないって」


 大袈裟なナツを適当にあしらい、先生に許可を取って保健室へと向かった。


 だが、保健室はもぬけの殻。

 先生は留守にしているらしく、それなら湿布を貰っていこうと医療箱を探った。


 目当ての湿布はすぐに見つかり、さて貼ろうと丁度いい高さだったベッドに座っていると――閉じていた保健室の扉がゆっくりと開いて、


「――大丈夫ですか? 怪我をしたと聞きましたが」


 保健室へ入ってきたのは、ジャージ姿の間宮だった。

 心配そうな表情と声音に嘘の気配は感じられず、だからこそバツが悪い。


「何しに来たんだよ」

「大丈夫かな、と思いまして。隣から見ていましたから。随分と派手に衝突したみたいでしたが、怪我の具合は」

「多分捻挫ねんざだろうな。放っておけば治るだろ」

「……個人的にはちゃんと病院に行って診察してもらいたいですけれどね」

「治らなければいくって」


 おかんか、と内心突っ込みつつ、俺は再び湿布に手を伸ばす。

 だが、それを横から間宮が取っていった。


「返してくれ」

「仕方ないので私が貼ってあげますよ?」

「いやいい自分で出来る」

「ダメです」


 にっこりとした満面の、ともすれば裏が透けた笑み。

 間宮に返す気がないのはそれだけで理解した。


 怪我の様子を見るのを口実に弄りに来たのだとわかって、頬が引きるのを感じる。


 要するに、裏の顔だ。


「さ、足を出してください。靴下も脱いで」

「……はいはい」


 観念した俺は言われたとおりに捻挫をした方の靴下を脱いでしまい、間宮の前に差し出した。

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