第14話 そうとも言うね


「ああ……やっぱりれていますね。痛みの方は?」

「そんなに。刺激を加えなければ問題なさそうだけど」

「そうですか。であれば、しばらく安静にしていてください。次の授業の先生には私からお話しておくので」

「別にこのくらい――」

「ダメです」

「はい」


 うん……その笑顔、ちょっと怖い。


 表の優しげな口調なのに、そこに含まれる圧は尋常ではなかった。


 間宮は湿布しっぷの透明なシートをぺりぺりとはがし、


「じゃあ、貼りますよ」


 それに頷くと、足首に冷たい感覚が広がった。

 しわにならないよう丁寧に貼る間宮の目に遊びの色は一切なく、それがどうにもむず痒い。


 さらさらとした長い髪。

 ふっくらとした頬の白と、桜色の唇が目に入る。


 しかし、間宮がしゃがんでいることで体操着の首元が緩くなり、鎖骨のあたりまでが見えてしまっていた。

 慌てて視線を逸らして動揺を悟られないように呼吸を落ち着けようとするものの、


「……あ、今見てたでしょ」


 目敏く、間宮は俺の視線に気づいてしまった。


 顔を上げて見せたのは俺が良く知る、薄い笑みを浮かべた裏の顔。


「何度も言うけど、藍坂くんに怒るつもりはないからね。もう何度も見てるじゃん」

「お前は頼むから人並みの羞恥心を持ってくれ」

「私を何だと思ってるの?」

「脱ぎ癖のある痴女」

「酷いねほんと。じゃあ、その痴女のブラとパンツを見て、おっぱい揉んで興奮してる藍坂くんは変態さん?」

「全部間宮が勝手に見せて揉ませたんだろ」

「そうとも言うね」


 納得するんじゃない。


「体育の授業中も見られてるし……気づいてないと思ってるのかな」

「そうなんじゃないか?」

「他人事みたいに言うね。まあ、確かに藍坂くんが女子の方を気にしてるのは見たことないかな」


 それはそうだと思う。


 単純にそこまでの興味を抱けないし、前提として人をじろじろと見るのは失礼だし。


 話をしている間に間宮は湿布を貼り終わる。


「よし、これで終わり」

「……一応、ありがとな」

「どういたしまして。じゃあ、少し休んでてね」

「いや、やっぱり俺も帰る――」


 流石に捻挫程度で授業を休んでいられない。

 そう思って立ち上がり――足首にぴりっとした痛みが走り、がくりと膝が折れる。


 俺はなにか身体を支えるものを、と思って手を伸ばした先にいたのは間宮。


 手を引っ込めるのは間に合わず、柔らかいものを手のひら全体で握りながら押し倒してしまう。


「ひゃっ」


 短い悲鳴。


 気づけば、俺と間宮の身体は正面にあったもう一つのベッドで重なっていた。

 うひ、と変な声が漏れ出て、手に伝わってくる柔らかくも弾力のある感触に気づく。


 その正体はジャージ越しに触れている……もとい、押し付けていると言っても過言ではないほど指が沈んでいる間宮の胸。

 目を固く瞑っていて、長い髪は乱れてベッドに広がっている。


 俺の右膝は間宮の脚の間に挟まっているし、離れようにも変な体勢になっていてすぐには立てそうにない。


「すまんっ、すぐ離れるから――」


 焦りながらそれだけ言い、先に胸から手を退けて間宮の顔の隣に手をつくと、ゆっくりと瞑っていたまぶたを開けた。


 悪戯っぽい光を宿したそれに視線が吸い込まれ――俺は、間宮にベッドへと引きずり込まれた。

 仕切りのカーテンを素早く閉め、掛け布団へ俺を押し込める。


「なっ、間宮――」

「しっ、誰か来ます」

「っ」


 俺の抗議を一言で制し、手で口を塞ぐ。

 そのまま間宮も掛け布団を被って、暗がりの中で視線が交わった。


 首の後ろに回った間宮の腕。

 どこか熱っぽい吐息が首筋にかかって、自然と背筋を震えが這い上がる。


 しかも胸は狭い布団に隠れるためか押し付けられ、柔らかい二つの感触が否応なく精神をかき乱す。

 ジャージの首もとから覗く白い肌色に耐えかねて、俺は逃げるように目をつむった。


「――あれぇ? 先生いないねー」

「そうだね。絆創膏だけ貰っていこうか」

「薬箱どこだろー」


 二人の女子の声がして呼吸が詰まるも、内心それどころではない。


 掛け布団の中にほんのりと漂う甘い匂い。

 間宮の体温がじわりと伝わり、はあ、はあと耳元で聞こえる吐息。

 身体に絡みついた柔らかな間宮の感触が目を瞑っているからか鮮明に感じられて、頭が茹って何も考えられなくなる。


「……動いちゃ、ダメだよ?」


 耳元で囁かれた声には、緊張と隠しきれない悪戯っぽさがにじんでいた。


 そう言って、間宮は首元に顔を埋めてくる。

 擦り合わせた頬の滑やかさと、さらさらとした髪の感覚がこそばゆく、その存在を強く意識させられた。


「あれぇ……どこかなあ」

「あ、これじゃない?」

「そうかも!」


 どうやら医療箱を見つけたようで、ガサゴソと中身を漁るような音が聞こえる。

 速く絆創膏をもって帰ってくれ――と心の中で強く願っている間も、心臓がうるさいくらいに鼓動を鳴らしていた。


 全身が熱く、背中を汗がじっとりと濡らし、舌の根が乾いていく。


 極度の緊張状態が正常な思考力を奪っていて、俺は目を瞑ったまま耐え続けることしか出来ない。


「もしバレたら、大変なことになっちゃうね」


 まるでバレることを期待するような間宮の囁きが、さらに緊張を高めてしまう。


 もし二人が俺たちの存在に気づき、しきりのカーテンを開け、掛け布団を引き剥がしたなら――平穏な学校生活は一瞬にして崩れ去るだろう。


 なにせ授業中にジャージ姿の女の子と一つのベッドで抱き合っているような状態だ。

 勘違いでは済まないし、事実ではあるために言い逃れは出来ない。


 身体が強張り、関節が軋んだように動かなかった。


「……これでよし、と。じゃあ戻ろっか」

「うん」


 処置が済んだらしい二人はすぐに保健室を出て、扉が閉まって再び平和が訪れる。


「いった、かな」

「……なら退いてくれ」

「えー? せっかくこんなに可愛くておっぱい大きい女の子に抱き着かれてるのにそんなこと言っていいの?」

「……普通に辛いからやめろ」

「しょうがないなあ」


 はあ、と軽いため息と共に、首から間宮の腕が離れていく。

 だが、身体に感じる重さは変わらない。


 嫌な予感がして瞼を少しだけ上げてみれば、間宮は俺の身体に体重をかけるようにして横になっていて。


 とろんとした、熱っぽさを感じる瞳が俺へ向けられていた。

 しかも暗いせいでわかりにくいが、顔も赤い気がする。


 ……もしかして、これって。


「気のせいだったら悪いんだけど、熱あるのか?」



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当方ちゃんと一人です。画面の前にへばりついています。

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