第8話 やっぱり嫌いかもしれない


 放課後の教室であの写真を撮った翌日も、間宮の雰囲気は何一つ変わらなかった。

 学校内では優等生のままだし、あの裏の顔を見せる様子もない。


 けど、間宮と多少のやり取りを行うようになった。

 授業中、ノートの端に文字を書いて筆談したり、メッセージで一言二言の世間話をしたりの微々たる変化。


 文字でのテンションは裏の顔よりで、毎度ひやひやさせられている。


 それでも、ある程度は間宮のことを信用していた。

 あの写真が流出したなんて噂も聞かないし、間宮と放課後に行っていた写真撮影に関しても同じこと。


 俺が秘密にしている間は約束を守る、というのは嘘ではなさそうだ。


 ひとまず安心な一方で、これからもあんな関係が続くという末恐ろしさを感じて胃が痛む。


 平穏な学校生活が守られてはいたものの、弱みは握られているまま。

 依然として危機的状況は変わっていない。


「今日、私たちが日直ですね」


 朝、隣の席の間宮から伝えられたそれに「そうだな」と頷く。

 うちは基本隣の席の人と日直の登板を回していく。


 だから間宮と一緒なわけだけど……こればかりは別に嫌ではない。

 平常時の間宮は優等生だし、問題行動は起こさない。

 頼りになるし、効率的に仕事をこなすので組む相手としては楽な部類だ。


 日直の仕事は授業開始と終了時のあいさつ、授業後に板書を消すこと、日誌を書いたり担任からの連絡事項を伝えたり、帰る前の掃除などが当てはまる。

 俺としては重い仕事ではないと感じているものの、面倒ではあった。


 けれど、さぼるわけにもいかない。

 間宮だけに苦労を強いるのは俺としても本望ではないし、なにより周囲からの反感が怖い。


 クラスで浮きたいわけではないのだ。



 ――数学の授業中、俺はふと横に座る間宮の様子を窺った。


 間宮は優等生らしく授業に意識を傾けていて、今も黒板に記されていく板書をノートに書き写している。


「――間宮、この問題を解いてくれ」

「はい」


 老年の数学教師の指名に間宮が立ちあがり、黒板の前で問題を解いていく。

 迷いなくチョークで書いた解答に教師が丸を付ける。


「よし、正解だ」

「ありがとうございます」


 間宮は教師に礼をして席に戻り、再び視線を黒板の方へと向けていた。

 集中力が乱れないのは羨ましい。


 そう思っているのも束の間。

 間宮が俺の肘を軽く突いて、ノートの隅に書いた文字を見せてくる。


『お辞儀するとパンツ見えそうだよね』


 知るかそんなこと。


 いやまあ女子校生のスカート丈的に見えそうってのはわかるけどさ。

 こいつ真面目な顔で問題といてたのにパンツのこと考えてたの?


 なんかもう嫌だ……やっぱり痴女じゃん。


 返答に困っていると、間宮はまた文字を見せてくる。


『ちなみに今日は白の紐だよ』


 驚いて間宮の方を見れば、含みのある流し目を向けられた。

 そして――座ったままスカートを左手で持ち上げ、露わになった白いふとももへ思わず視線が吸い寄せられる。


 けれどそれが間宮の策略だと気づくや否や硬い理性で視線を黒板へ戻すも、間宮が肘を突いてノートを見せてきた。


『見たい?』


 ……こいつやっぱり頭おかしいよ。


 何食ったら授業中に隣の男子に自分のパンツを見せようって発想になるんだ?

 揶揄ってるだけなのはわかってるけども、こいつならやりかねない。


 秘密を守らせるために自分の胸を揉ませて脅すような女だ。


 いやまあそもそも間宮は白色の紐パンだって言ってるだけで、真実である保証はどこにもない。


 どこにもないけど……わざわざ言われると気になってしまうのは男の性。

 俺は何も悪くない。


『どうせ見せる気ないだろ』


 ノートの端に書いて間宮に見せれば、間宮はその下にすぐ文字を書く。


『見たいならいいよ? 減るものじゃないし』


 えっ、と振り向く。

 間宮は微笑み――悪戯いたずらっぽい雰囲気も漂わせながら、俺の返答を待っていた。


 俺だって間宮が言いたいことはよくわかる。


 パンツは見られてもなくなるわけじゃない。

 だからって、それを躊躇ためらいなく他人に見せるのは違うけど。


 けど……俺だって男だ。

 しかも見た目だけで言えば文句のない美少女――間宮のパンツともなれば、その希少価値は言わずもがな。

 男子諸君にとっては垂涎すいぜんの光景だろう。


 ……いや、ここで素直に『見せて』などと言おうものなら、間宮に更なる弱味を握られることになる。

 そんなことをしてしまえば、間宮に二度と逆らえなくなってもおかしくない。


 結論、『見ない』と書こうとして――


「――次、藍坂。この問題を解いてくれ」


 隙をつくように、数学教師からの指名が入った。

 え、と顔を黒板に引き戻すと、間宮が解いていたものの応用問題が黒板に書かれている。


「藍坂、早くしなさい」

「あ、はい」


 俺は焦りながら立ち上がると、間宮が小さめのメモ帳を渡してきた。

 今付き合ってる暇はない――と思っていたが、そこに書かれていたのは、俺が指名された問題の完璧な解答だった。


 俺はメモ用紙を複雑な気分で受け取って黒板まで出て、解答を書き写す。

 その解答を先生が見て、間違いがないか確認したのちに、


「正解だ。難しい問題だったが、よく解けた」


 一言褒められ、いたたまれない気分のまま席に戻り、小声で間宮に「ありがとう」と言っておく。

 感謝するのには深い葛藤があったものの、助けられたのは事実。


 これは義理のようなもの。


 優等生の間宮が嫌いなわけじゃない。

 裏の顔の間宮も嫌いかと言われれば微妙だけど。


 めんどくさいとかの表現が一番正しい気がする。


『じゃあ、貸し一つね』


 またしてもノートに書かれた文字を見て、俺はその考えを即座に否定する。


 やっぱり嫌いかもしれない、この女。

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