第6話 男の子ってこういうのが好きなんでしょ?
借りたスマホのカメラを間宮へ向ける。
被写体となる間宮には一切の緊張がなく、微笑みすら浮かべていた。
その余裕、今だけは分けて欲しい。
「撮らないの?」
「まあ待てよ準備ってものがあるだろ」
「主に心の、ね」
「わかってるなら少しくらい待てよ」
「いや。私待たされるの嫌いだし」
わがまま女が……普段の優等生モードはマジでなんなんだよ。
はあ、と深いため息をついて、画面に間宮の姿を収める。
「言い忘れてたけど、顔は写さないでね? 身バレするし」
「なら制服で撮るのもやめたほうがいいだろ」
「それはそれ。JKブランド大事だし。あと、パンチラ撮ってね。折角のローアングルで自分じゃ撮れない角度だから」
「注文が多いな……」
JKがどうとかはともかく、パンチラの方は始めからそのつもりだったのだろう。
だから俺にパンツの詳細情報を与えた……複雑な気分だ。
とりあえず要望は満たそうと顔を映さないようにカメラを下の方へ動かし、スカートの当たりを中央に。
脚のラインに沿って広がっているスカートの裾は女子高校生らしい短さで、さらに今は右足の膝を抱えていることでより短く感じられる。
黒いタイツ、
上履きを脱いでいることで露わになっているつま先。
そして――机にぴたりと密着して僅かに押しつぶされたようになっている太もも。
その奥、黒いレイヤー越しに見え隠れする水色の布地。
思わず視線が釘付けになってしまうくらいには煽情的で、どうしようもなく性欲を刺激する光景に、身体の温度が少しずつ上がってくる感覚があった。
「あ、今見えてるでしょ」
「……見えてない」
「嘘。見えるようにしてるし。隠さなくていいよ。それより……どう? 女の子のパンチラを見た感想は」
「エロ過ぎて今すぐやめたい」
「正直でよろしい。じゃあ、早く撮らないとね」
悪戯っぽく笑っているのは、確認するまでもなく口調でわかった。
自分の心が読まれているようで悔しく、同時に目を離せずにいるのを「仕方ない」と肯定されていて恥ずかしかった。
俺だって男だからさ、そりゃあ見えたら見ちゃうよ。
ましてそれが間宮――普段は優等生で隙のない、可愛いと称して差し支えない女の子のパンチラなら、特に。
今となっては裏の顔のインパクトが強すぎて優等生って誰だよ、みたいな心情になりつつあるのは置いといて。
軽いため息、思考をリセットしてカメラの調整に入る。
顔を映さず、パンチラを撮る。
脚のラインも入れて、パンツも映っているのを確認しつつシャッターを切った。
カシャリ、と音が響き、ああと敗北感のようなものが脳を
「その調子で何枚か撮ってよ。一番いいやつ上げるから」
「……わかった」
「ポーズも適当に変えてくから」
一方的な指示に頷くと、間宮が体勢を変えた。
さっきよりもパンツが多く見えるようにか、左右に脚を開いて座っている。
広がったスカートの裾の影。
太ももの付け根まで見えているにも関わらず、間宮の表情は至って平気そうだ。
逆に俺の方は気が気でない。
彼女がいたことのない人間には刺激が強すぎる。
どうやっても写真を撮る、という作業をするために見る必要があり、間宮のエロチックな姿を収めてしまう。
そこにいるのは確かに優等生として過ごす間宮ユウというクラスメイトの顔と同じで、表に出ているのは間宮ユウという人間の裏の顔。
そのギャップに混乱しながらも、甘い誘惑からは目を逸らせずにいた。
「……間宮。お前さ、この写真を俺がばらまくとか考えなかったのかよ」
「え? だってそんなことしたら藍坂くんのもばらまかれるんだよ? するわけないよね、そんな無駄なこと」
その通りだ。
間宮の立ち回り方次第では俺だけが被害を被ることになる。
どうやっても間宮の独り勝ち……だからこうして俺にも秘密を守るメリットがあると示すために、こんな姿を見せられているのだろうか。
上手く言葉に表せないけど、とても悔しい。
間宮の動きが止まったところでシャッターを切る。
数枚撮って、間宮がポーズを変えて、また数枚。
修行中の僧侶はこんな感じなんだろうか……と、よくわからない思考に辿り着きつつあったところで、
「それじゃあ一旦撮った写真見せて」
「上手く撮れてるかは期待するなよ」
「ダメだったらばらまく」
「言うの遅いだろ!?」
「あー騒がない騒がない。人来ちゃうって」
「っ、」
間宮が俺の唇に人差し指を当てて、
あまりに自然なそれに息を詰まらせ、遅れて一歩退く。
「ダメだよ? これは私と藍坂くんだけの秘密、なんだから」
間宮はその人差し指で自分の下唇をなぞって、ぱちりとウィンクを飛ばした。
窓の外は茜差す空模様。
頬を朱色に染めた間宮は、優しく柔らかに微笑む。
つい見惚れてしまって――その間に写真のチェックを済ませていた間宮が「ばっちりだね」と満足そうに呟いて、
「ねえ、藍坂くん。私ね、労働には対価が必要かなって思ってるんだ」
唐突に、そんなことを言った。
どういうことだと真意を考えるよりも前に、間宮はスカートの裾へ両手を伸ばす。
そして――そのまま裾を摘まんで、ゆっくりと持ち上げた。
「っ、は?」
辛うじて出たのは、間抜けすぎる声。
同時に、黒いタイツに包まれた水色のパンツが視界に飛び込んできた。
なんで、どうして――なんて強い困惑と、女の子が俺にだけ見えるようにパンツを見せているという非日常で現実感の薄いシチュエーションに、頭が茹ってしまう。
「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」
「…………
熱くなった顔を隠すように目を逸らすと、くすりと控えめな笑い声が聞こえる。
「襲いたくなっちゃう?」
欲望を刺激するような、間宮の囁き。
大きく跳ねた心臓。
「……なわけないだろ」
「そう? それより、見なくていいの? 藍坂くんへのご褒美のつもりだったのに」
「頭おかしいんじゃねーの」
「でも見てるじゃん」
「うぐっ……」
正論パンチはやめろ俺に効く。
「あ、わかった。もしかして触りたかったとか?」
「違う」
「顔には触りたいしもっと見たいしタイツ脱いで蒸れたパンツの匂いを嗅ぎたいって書いてるけど」
「とんでもないこと言ってる自覚あるか??」
「仕方ないよね、男の子だもん。それがいいなら……ちょっと恥ずかしいけど、してあげてもいいよ?」
「マジでやめろそれ以上は拙い」
さらに三歩後ろに引いて真顔で言えば、返ってくるのはお腹を抱えて笑う間宮の姿。
「あははっ、慌てすぎだって。そんな度胸ないのわかってるから」
正しいのに、無性にむかつく。
返す言葉も浮かばないまま立ち尽くしていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。
「それはおまけ。欲求不満のまま返しちゃうから、せめてもの罪滅ぼしってことで」
碌でもないものが送られた予感をひしひしと感じつつも間宮とのトーク画面を開いてみれば、俺が今日撮ったうちの一枚が送られていた。
片手でスカートを摘まみ上げ、柔らかそうな太ももと水色のパンツがしっかりと写っている。
それは俺が撮っていたなかでも一番のベストショットだと思っていたもので、一番エロいとも思っていたもの。
「……どうしろと?」
「夜のおかずにでも、と思って」
「無駄な配慮ありがとな。……マジで要らねえ」
げんなりとしつつ返して、トーク画面を閉じる。
「素直じゃないね。喜べばいいのに」
「男子高校生の心は繊細なんだよ」
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