第2話 いい思い、させてあげるよ?
「裏垢女子っていうと……あれか? Twitterによくいるエロ目的のアカウントだよな?」
「まあ色々言いたいことはあるけど、そんな感じの認識であってるよ」
俺の認識で大体あっているらしい。
でも……あの優等生の間宮が裏垢女子?
「今、なんで私が? って思ったでしょ。それには答えないよ。理由なんて人それぞれだし、秘密もある。そうじゃない?」
「……まあ、そうだな」
秘密。
そう言われれば聞き出す気にはなれないし、逆の立場になったら聞いて欲しいとは思わない。
少なくとも大した接点のない相手に聞かせるようなことではない。
俺にだって話したくない話題はある。
間宮はうん、と微笑みながら頷いて、
「理解してもらえて嬉しいよ。私に答えられるのは、どうして写真を撮っていたかだけ。ここまで聞いたらわかると思うけど、私はそのアカウントに投稿するための写真を撮ってたの」
「そしたら俺がたまたま見てしまって」
「仕方なく、私が脅して口封じした、というわけです。めでたしめでたし」
「なんもめでたくねぇ……」
いい話風に纏めようとしないでくれ。
一方的に俺が被害を被っている気がする。
間宮も俺にばれるとは思っていなかっただろうから、その点で言えば五分五分なのかもしれないけど……教室で服を脱ぎながら自撮りをしていた痴女に言われたくない。
「わかってると思うけど、私が裏垢女子だってバラしたら、アキトくんが私の胸を揉んだってバラすから」
「わかってるって……そもそもなんで教室で自撮りなんて撮ってたんだよ。しかも服脱ぎながら」
「脱いではいないよ? 少しボタン外して胸元が見えるようにしてただけで」
「同じような意味じゃねえか」
「全然違うって。あ、もしかして私に脱いでほしいとか? 流石にそれは厳しいかなあ。今日はもうおっぱい触ったんだからいいでしょ?」
「……頭痛くなってきたわ」
え、なに、間宮ってこんなやつだったの?
優等生とか言ったの誰だよ……ただの頭おかしい痴女じゃん。
どうにか数分前に戻って教室に行くなって俺を引き留められない?
無理? そっかあ……。
「勘違いして欲しくないから言っておくけど私がボタン外して写真を撮ってたのは、その方が反応がいいからだよ?」
「……まあ、そうだろうな。男なんて単純な生き物だし。おっぱい見えないより見えてる方が嬉しいだろうし」
「一般論みたいに言うね。藍坂くんは嬉しくないの?」
「あの反応を見てそう思えるのか?」
「それもそっか」
素直に納得されると辛いけど、これも男の性。
悲しいかな……年齢イコール彼女なしの男には免疫がないのだ。
それも間宮のような、外面だけは可愛い女の子ならなおさら。
今となっては興奮よりも警戒の方が上回りそうだけど。
推定なのは俺の意思がそこまで強くないことも含めての予想。
次に同じようなことがあればどうなるか分かったものじゃない。
「そういうわけだからさ。このことは秘密にしてくれると嬉しいかな」
「言われなくても言いふらす気はないよ。てか、言いふらせないだろ。あんな写真まで撮られてるんだから」
「ごめんね? でも、藍坂くんが誰にも言わないなら私もあの写真をどうこうしようとか考えないから」
ふるふると首を振って否定し、「それに」と続けて身を乗り出してくる。
近づいてくる間宮の顔。
耳元でピタリと止まり、長い髪の毛の先が頬をくすぐる。
「秘密にしていてくれるなら――いい思い、させてあげるよ?」
「っ!?」
甘く囁いて、離れるときに耳たぶへ息をかけられる。
背に震えが走り、肩が大きく跳ね、意思に逆らって声が漏れ出た。
熱くなる顔、くらりと眩暈に似た感覚。
教室に満ちている空気が、酷く冷たく肌を撫でる。
「驚きすぎだよ、アキトくん?」
そんな俺の心情など無視して、間宮は俺を名前で呼んでくすりと笑う。
勘違いしてしまうような笑顔にも、俺はもう裏があると知っている。
綺麗な花には毒がある、なんて言うけれど。
間宮が宿しているそれは、致死量を易々と超えていく猛毒だ。
触れてしまったが最後、死ぬまできっと離れられない。
「……逃がす気なんてない癖によく言うよ」
「あは、バレてた?」
「隠す気もなかったろ」
「そのことに関しては謝るよ。ごめんね。乙女の秘密を暴かれたから、驚いちゃったんだ。それに、言ったでしょ? 秘密にしてくれるなら、いい思いをさせてあげるって」
さっきの言葉が嘘じゃないと信じさせるように繰り返す。
実際、嘘ではないのだろう。
間宮の目に冗談の色は窺えない。
それはそれで冗談じゃないけど。
「そうだ、連絡先交換しようよ」
「別にいいけど……」
「じゃあ決まり!」
スマホを出して、間宮と連絡先を交換。
リストに間宮ユウと名前が表示され、早速一件の通知があった。
送り主は間宮ユウ。
嫌な予感をしつつトーク画面を開いてみると、そこには俺が間宮の胸を揉んでいるように見える写真が送られている。
「一件目のメッセージとしてはこれ以上ないでしょ?」
「人前で開けなくなったな」
「それでいいんだよ。これは――私とアキトくんだけの秘密だから」
赤い舌が唇を濡らす。
二人だけの秘密。
人によっては甘酸っぱい青春の一ページになりそうなセリフも、こんな状況では楽しむどころか不安材料の一つにしかならない。
「……誰にも話したりしないから安心してくれ。そもそも間宮がこんなことをするなんて信じられないだろうし」
「そうかもね。優等生の私しか見られてないだろうから。というわけで、今日から藍坂くんは私の言いなりね?」
「もっと言い方あるだろ」
「……下僕?」
「義務教育やり直せよ……」
明け透けすぎる物言いに頭を抱えながらも、間宮は楽しげにくすくすと笑っている。
それに思うところがないでもなかったが、口にしても無駄なので泣く泣く呑み込む。
藍坂アキト、十六歳、高校一年の秋。
偶然にも服を脱ぎながら自撮りする姿を見てしまい、脅されて、クラスの優等生で裏垢女子――間宮ユウとの奇妙な関係が始まった。
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