第3話 こいつ、猫被るの上手すぎる
優等生――間宮ユウの秘密を知っても、俺の生活は大きく変わらない。
七時前に起きて、登校の支度をして、数十分ほど自転車を漕いで学校へ。
駐輪場に止めて教室に向かえば、いつも通りの朝の風景が広がっている。
朝のホームルームまでの時間の活用方法は様々だ。
友達と集まって話したり、課題に追われていたり、自主学習に励む人も寝足りないのか机に突っ伏している人もいる。
俺はというと、スマホで適当に時間を潰すか――
「よう、アキト。疲れてんのか?」
調子よさげな男子の声。
顔を上げれば、暗めの茶髪を短くそろえた、シャープな顔立ちの男が笑っていた。
人懐っこい……ともすれば犬のようだ、なんて他ではよく言われるらしい。
それでも溢れるイケメンオーラ。
人類はどうしてこんなにも不平等なんだろうかと朝から考えてしまう。
俺のような陰キャとつるんでいるなんて信じられない彼は
高校一年目、およそ半年ほどの時間をかけてできた親友と呼べる相手だ。
「……ナツか。おはよ。そんな疲れてるように見える?」
「目に覇気がない。いやまあ普段からやる気がないのはわかってるけどよ」
「褒めてるのか
「俺は事実しか言わないのさ」
ふっ、と鼻で笑って背を叩かれる。
本人は軽くやってるつもりだろうけど、貧弱な身体の俺には結構効く。
それにしても……覇気がない、ねえ。
原因は間違いなく昨日のことだろうな。
昨日の放課後。
忘れ物を取りに教室に戻った俺は、優等生の間宮ユウが服を脱ぎながら自撮りをしている光景を目撃してしまい……秘密を守るように脅された。
精神的な疲れが残っているんだと思う。
「アキトも体力つけろって。ランニングでもしてみないか? 気分変わるぞ?」
「お前みたいな陽キャと一緒にするな」
「あのなあ……そう卑下しててもいいことないぞ? 野暮ったいけどアキトだって整ってはいるんだし、髪型とか雰囲気とか変えたらモテそうなものだけどな。いい性格してるし」
「モテたいとは言ってない。それにいい性格ってのも褒められてる気がしない」
「そういうとこも含めて面白いやつなんだけどなあ……分かり合える奴が少なくて俺は悲しいよ」
よよよ、と下手くそな泣き真似を披露するナツに呆れつつ、適当な返事をしておく。
そんなとき、教室の扉が開いて――問題の人物が登校してくる。
きっちりと着こなした制服。
乱れは一切なく、表情は穏やか。
ゆったりとした歩幅で彼女――間宮は俺の隣の席に腰を下ろして、
「おはようございます、
昨日見てしまった裏の顔なんて感じさせない、微笑みを伴った丁寧な挨拶。
一瞬だけ身体が緊張してしまうも、今は大丈夫だと自分を鼓舞して「おはよう」と一言返す。
すると、満足したように小さく頷いて、鞄から文庫本を取り出して読み始める。
ほっとして、緊張を少しずつ解いていると、
「あ、やべ。数学の課題やってなかった! ちょっとやってくるわ!」
ナツが思い出したように叫んで、「またなーっ」と手を振りながら席に戻っていく。
そう言われれば引き留めるわけにもいかず、再びスマホの画面に視線を落とすと――画面の上部に通知が表示される。
送り主は……間宮ユウ。
思わず頬を引き
『今日の放課後、空いてる?』
そんな一言が届いていた。
ちらりと隣を見てみれば、返ってくるのは優しげな微笑みだけ。
……わからない。
断るのは簡単だけど、俺は間宮に弱みを握られている。
機嫌を損ねるのは選択肢としてよくはないだろう。
幸い、放課後に予定はない。
思考し、俺もメッセージを返す。
『何する気だ?』
返事はすぐに返ってきた。
『それは放課後のお楽しみ♪』
お前誰だよキャラ崩壊してんじゃねーか……と湧き上がってきた言葉を呑み込んで、俺は頭を抱える。
読めない。
全くもって、間宮が何をしたいのかわからない。
『放課後』と指定があることから、裏の顔の方で用事があるのは一応察せられる。
でも、俺を呼んでどうする気なのかが不明瞭だ。
考え込んでいると、追加のメッセージが送られてくる。
『来なかったらあの写真バラまくから、そのつもりでねっ』
もうやだこの女。
何が優等生だよ……裏の顔は人間の皮を被った悪魔じゃねーか。
始めから俺に選択肢ないじゃん。
あの写真がある限り、俺は間宮に勝てない。
純粋に握られているものが強すぎる。
これ警察に訴えたら勝てない?
……なんか勝てなさそう。
制服のDNA鑑定でもしたら指紋は簡単に検出されるだろうし、それが逆に俺を不利にする証拠になりかねない。
端的に言って詰んでる。
おわおわりって感じ。
「……はあ」
軽いため息。
返信はしても意味がないのでしない。
どうせ、俺が来るしかないことなんてわかっているだろうから。
「藍坂くん、どうしましたか? 元気がないように見えますけど……」
そんな俺の気も知らず……否、知っていながら意図的に無視して心配したように声をかけてくる間宮。
俺の顔を覗き込む表情は言葉と同じ感情を滲ませていて――ヘーゼル色の瞳には隠しきれていない愉悦が含まれていることに気づく。
それは俺にだけ見えているから見せている、裏の顔。
……こいつ、猫被るの上手すぎる。
こんなとこまで優等生じゃなくていいだろ。
「……ああ、元気ではないな。疲れててさ」
「そうですか。帰ったらちゃんと休むんですよ?」
「わかってるよ……」
まともな返事をする気力もなく適当に返したが、間宮は俺を心の底から心配するような表情のままなので大変複雑な気持ちを味わってしまう。
調子狂うなほんと……頼むからどっちかにしてくれ。
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