第24話 町内肝試し大会の夜

 男もすなる日記(ニキ)といふものを女もしてみんとてするなり。それの年の、しはすの、二十日あまり一日の日の、戌(ヰヌ)のときに門出す。そのよしいささかにものに書きつく。

土佐日記より


 小さい町で、ほんの少しばかり町民を楽しませたかっただけなんです。


 集団で時の結界を超えたって、みんなどうなるのです? 2週間の隔離? とにかく無事を確認させてください。私には実行委員として責任があるのです。


 肝試し大会の実行委員に選ばれて、場所を選定しなければならなかった。人口2万足らずの町で、ある程度安全が確保される場所。町の中心に近いところに廃病院がある。幽霊病院と囁かれているが、真意のほどは分からない。


町に唯一の総合病院だった。医師が集まらない、看護師が来てくれない。高額の機器を揃えても使える技術がなかった。赤字が膨らみ、手放したいが買い手が現れない。


スーパーマーケット、学校の施設、候補は上がっているが、まだ放置されたままだ。

とにかく肝試し大会の会場にするのに異論を唱える者はいなかった。


 実行役は公募したら、10人がすぐに集まった。お化け役をしてもらい、町の職員を中心にポスターやチラシを作り、参加を呼びかけた。


当日は予定していた人数を上回る参加があった。ルートは正面の入り口から入り、2階の病室、地下の手術室、霊安室、そして一階の裏口から出て来る。


灯は蝋燭の灯りだけで、多くの部屋は窓ガラスが割られている。掃除をし、危険な物は取り除いた。準備だけでも1週間かかった。


 一階に集まり、落語家を呼び、怪談噺を聞いてから、リーダーを決めて、10人のグループが10分おきに中に2階に上がって行く。


悲鳴や笑い声が聞こえる。まずまず、うまくいった。ところがすぐに事件が起こった。

5番目が最後のグループになる。4番目のグループが入った後に、中止が告げられた。まだ誰も出て来ないのだ。


 実行委員が集合して、2階に上がった。すぐに4番目のグループに合流できた。壁に貼られた蛍光塗料で描かれた矢印を頼りに階段を降りてゆく、地下の手術室からの悲鳴で、3番目のグループと合理した。


それきり、悲鳴も話し声もしなくなった。とりあえず、危険があるかも知れないので、一旦一階に上がり、正面から外に出た。二つのグループは地下のどこかにいる。ところが、地下をくまなく見ても誰もいないのだ。


 お化け役や見守り役も含めて、30人が消えてしまった。ようやく事の重大さに気づき、対策本部が設置された。消防や警察が中に入る。建物は強力なライトで照らされた。


 実は「出口を出た」と思ったところで、異変が起こった。ないはずの通路がつながっていた。蝋燭のかすかな灯りで辺りを照らすも、まっすぐに通路が続く、やがて眩しい明かりに照らされて、真っ白な四角い部屋に居た。


まだ、誰も肝試しのイベントだと信じて疑う者はいなかった。

部屋にあった紙切れには、カレンダーのような物に、14個のチェックが入っていた。そして、私たちが網に捕らえられた図がある。


 この図から、どうやら、何者かに捕らえられたらしい。ことを察した。紛れていた実行委員が緊張した表情で壁や床に手のひらを当てている。


『2週間の隔離は困ります。なにかあったんですか? 説明して下さい』部屋で天井に向かって声を上げたが返事はない。ようやく、参加者が動揺し始めた。皆んなでカメラを探したが、こう暗くては分からない。

自分は誰と交渉しているのか。私が呼びかける間は、皆じっと聴いている。


何か対策をしないといけない。

「関係者は、ここに集まって!」

8人ばかりが集まった。重大なことが起こった。

部屋の中には、風呂もトイレも備えてあった。

心配していた食事は、支給口のような20㎝四方の穴から差しだされる。


食事と風呂とトイレ。まずは命に危険はない。スマホは繋がらない。支給口にお金を差し込んだ者がいたが、何も起こらなかった。お金は回収されたようだ。ペットボトルの水は部屋の隅に積まれている。


部屋に響いた『2週間の隔離』を告げた声の主からのコンタクトもない。我々は2週間生き延びる覚悟をした。蝋燭の灯りは二本を残してすべて消した。スマホのスイッチは一台を残して切ってしまった。


危機管理のテストか?

危険なウィルスが突如発生したか?

地震など、大きな災害が起こったか?

暗闇の中で励まし合いながら、一昼夜が経過した。幸い、腕時計は動いているらしい。


 はじめのうちは、泣いたり、叫んだりしていたが、3日を経過した時点で、皆諦めて環境を受け入れたようだ。実行委員はまだその役目を解かれてはいない。


2週間が経過して、ドアが解放された。

真っ直ぐな、産業道路か滑走路かが伸びている光景が広がった。解放されたらしいが、どこにいるのか分からない。自然に一塊になって、辺りを見渡した。


「見たところ、何もない。道路を歩くしかないな」

ぞろぞろと進んで行く、信号機も標識もない。

空をなにかが飛んでいる。皆んなで呼びかけながら手を振ってみたが、行き過ぎるだけだ。


やっとビル街に出た。先端が尖塔のように尖っている。一番手前のビルに入ると、皆んなが散り散りになった。

「おーい、水があるぞ」

生き延びたと確信した。タンクからホースが伸びて、カウンターの上のグラスに水が満たされる。そうだ、歯科医の自動給水装置のような物だ。


 床に座り込み、水を飲んで一息ついていると、声が響いた、合成音声だが聞き取れない。

壁に地図が写し出された。赤い丸が現在地、ビル3個目が与えられた居住区で、メンバーの数だけ部屋が用意されている。

らしいーー。


カップルで参加している者もいるが、そこは考慮されていない。現地に到着して部屋の割り振りを行う。カップルは一部屋にして、余った部屋は供用部分とする2DKのような間取りだ。


そして、各部屋にはモニターがあり、外部と接続されている。それぞれが部屋に入りテスト結果を持ち寄った。


 我々は突然この世界に30人という集団でやってきた。訪問目的は分からないが、危害を加えるつもりはないと理解されて解放されたのだ。国の管轄下に置かれて、生活に慣れるしかないようだ。紙芝居のように図を用いて上手に説明された。おおよそ理解できた。


 今度はこちらが質問したいが、方法がわからない。どうやら、言語も違う。

10日ほど過ぎた頃には、管理センターの位置や、移動方法、マーケットの場所、そして、言葉を少し理解して話す奴も出てきた。


ここから脱出する方法は見つからず、止まるしかない現状。そして、人ってのはすぐに順応してしまうと分かった。居住区の出入りは自由だった。


最初の5日は支給された弁当だったが、スーパーマーケットで食料品と思わしき品を買い、料理が得意だと言う者が作るようになった。


久しぶりに食べ慣れた味に近かった。

どうなったかって? こっちが聞きたい。

廃病院には幽霊が出るとか、奇妙な笑い声を聞いたとか、オカルトめいた噂があったので、肝試しの会場にしたのだ。


あれから10年が過ぎた、きっと病院は取り壊されているだろう。私たちのことも、すでに忘れられた頃だ。私たちはまだ誰一人欠けることなく健在で、帰る意思も薄れてきた。


こちらでは、研究対象として、あらゆるデータを取られていたが、すでにそれらも落ち着いた。

 そうそう、こちらには我々とそっくりな人類や動植物がいる。でも、どれも少し違う。我々の文明より少し先を行っているようだ。


指の数や、目玉の数、耳の形、肌の色も少し違う。

異邦人といった感情は拭えない。

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