第23話 人柱

先つころ、雲林院の菩提講に詣でて侍りしかば、例人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二人、嫗と行き会ひて、同じ所に居ぬめり。

大鏡 雲林院の菩提講より


人柱


 あたしは六人兄弟の長女として生まれた。すでに上に二人の兄がいた。終戦まもない頃で、村の畑は作物の作り過ぎで荒れ果ていた。土地は痩せて、家族が食べる分だけをやっと確保していた。


町に出るのには、一本しかない山肌にへばりついた道を通るしかない。しかし、この道は崖崩れで、雨が降るたびに通れなくなった。


東京とは名ばかりで、こんな山奥の寒村で生きて行くのは、大変だ。女の子の私は弟を背中におんぶして、妹の手を引いて学校に通っていた。


学校に赤ん坊を連れて来る子は、他にもいたけど、それでも少数派だった。

その日は、父親も母もどこかの葬儀の手伝いに出かけた。


九歳歳上の長男は、あたしにとってはすでに大人で恐ろし存在だった。

「ほら、縛りつけろ」

私は二人の兄に裸にされ、大黒柱に縛りつけられた。長男が酋長になり、次男がおどけて、柱の周りを踊りながら、奇声を発する。


我が家では、妹を可愛がるなんてことは絶対にない。食事の時にも母が皿に取り分けてくれないと、兄弟たちに食べられてしまう。私は食べなくても、妹や弟の口に運んでやる。そうしなければ、お腹を空かせてぐずるからだ。ぐずればまた叱られる。母は生まれたばかりの赤ん坊の世話をしている。


 ある日、兄貴たちがよからぬ相談をしていた。村の橋を作るときに、人柱を建てると盗み聞きをしたらしい。

「みんな嫌がっているけど、建てるたびに崖が崩れるから、仕方がないんだ」

「誰が入るんだろう」

「あの柿の木の下の意見箱に名前を書いて入れるんだ」

今思えば、軽い悪戯だったのかも知れない。


兄たちは、母に気に入られている私に焼きもちを焼いていた。私はまだ七つだった。

私の名前を書いた紙が二枚出てきて、あとは、隣りの優子の名前があった。


 家は貧しいながらも、町では旧家で、世話人のようなことをしていた。病人が出れば町まで運び、食べ物がないと言えば、芋一本でも分け与えた。


 たびたびの橋の普請には金がかかる。

今では考えられないが、両親も、祖母も承諾してしまった。三十戸ほどの村のことだ、決めごとは村で秘密裏に執り行われていた。


 私は夕方に風呂に入れられ、七五三の時に着るはずの、古着屋で米と交換した着物を着せられた。村人の真ん中で、インディアンごっこのように、木に括りつけられていた。恐怖で目を開けていられない。祖母がお題目を唱えていた。


 幸いなのは、気を失ってしまったこと。

殴られたか、血の気が引いたのか、気がついたときにはすでに痛くも痒くもなく、ただ崖下から動けなかった。これが、多分人柱になったと言うことだろう。


丈夫な橋が作られて、車も村にやって来るようになった。面白いことに、私が全身全霊で『死ね』と願えば、相手はハンドル操作を誤り、崖下に転落したり、崖から崩れたでかい石の下敷きになって死んでしまった。魂が抜けて、天に昇るのを何回も見た。


『それじゃあ、あんまりあんたが可哀想だ。さあ、お食べ、お人形もみんな君に上げる』

立派な装束を着たお坊様が護摩を焚いている。

若い坊様だった、たまたま行脚の旅でこの場所を知ったと言う。


私は護摩の火を見ているうちに、あれほどくっついて離れなかった体が宙に浮くのを感じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る