第22話 毒草畑

昔、男初冠(ウヒカウブリ)して、平城の京春日の里に、しるよしして、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男かいまみてけり。

伊勢物語


毒草畑


 練馬界隈に暮らしていた時のことだ。ちょっとした病気で手術をした。退院してから、体力をつけるために近所を散歩するのが日課だった。


 ただ歩くのも面白くないので、草花をスマホのカメラで撮影したり、野鳥を収めたりした。散歩から戻ると、暇つぶしに撮影した写真をプリントして、ノートに貼り付けて、ラベルも添える。


たまたま撮影した一枚に、美しい紫の花があった。調べてみると、どうやらトリカブトらしい。

確か、撮影したのは、住宅街の空き地だった。波板の仕切りの割れ目から見えた花だった。


トリカブトは、ミステリーやサスペンスドラマの殺人アイテムで登場する猛毒の野草だ。こんな街の中に自生することもあるのだと、いささか驚いた。しかし調べてみると、トリカブトを育てることは、違法ではないらしい。


 それでも少し好奇心が湧いた。翌日、再びその空き地を訪れた。空き地だとばかり思っていたが、1mほどものび放題になった雑草の向こうに、小さい小屋が建っている。


 隙間に体を斜め入れて、空き地に立った。赤い彼岸花が咲いていたり、黄色い花、赤い実がなっている木もある。

雑草だって花が咲けば綺麗だ。腹ばいになったり、斜めに構えたり、たくさんの種類が撮影出来た。 


 ついでに、小屋の中の様子をうかがう。もし住人がいたら、挨拶をしなければいけない。


勝手に撮影しておいて、今更感もある。


小屋の裏手に回ると、軒下の洗濯竿に、束ねた草が干してあった。ドクダミはわかったが、あと数束干されている。

やはり私有地だ。そそくさ、退散した。


 たくさんの収穫にすっかり気を良くして、整理に取り掛かる。最近は便利なアプリがある。撮影した画像をスキャンするだけで、植物の名前や特徴、育成方法まで分かるのだ。それをラベルに入力するだけ。


作業は単純だ。5種類の仕分けが終わったところで手が止まった。すべてが毒草だ。

偶然だろうか、そうに決まっている。だいたい毒草と言っても、園芸店で簡単に手に入る。


ケシはアヘン法に引っかかるものもあるらしい、あとはアメリカオニアザミは駆除が必要らしい。

しかし、あの庭はまるで毒草畑だ。偶然毒草の種ばかりが風に舞ってくるってことはあるだろうか。


気になって仕方がない。毎日、空き地を覗くようになった。5日目に高齢の女性が、鎌を片手に草を刈っている。

「こんにちは」

声をかけるが、気がつかないのか、小屋の中に入ってしまった。


 翌日、波板の割れ目は修繕されていて、庭を覗く事が出来なくなった。あの道を通るたびに、周囲をぐるぐる歩き回る。季節が変わり、撮影する植物の種類も変わった。


 赤い実がなるイチイをご存じだろうか、トリカブトと同じくらい猛毒がある植物だ。そのイチイがあの庭には植えられている。道路に実が落ちているので気がついた。昔、いつも通る路地の生垣に真っ赤な実がなっていて、何気なくもいで口に含んだことがある。隣を歩く母が「吐き出して!」と、いきなり叱られた。その時はなにも起こらなかったが、5、6粒も食べたら致死量になるらしい。



 毒草ばかりの庭があると、警察に通報する必要はない。でも、知っていて無視してもいいのだろうか。用意周到な人物が、敢えて育てているのかも知れない。あの高齢女性が犯人だとしたら。  


犯罪にすらならない事件を追って、毎日新聞記事を読み、ネットで検索したり、気にている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る