第9話 神様と同級生だった

天地(アメツチ)初めて発(ヒラ)けし時、高天原(タカアマノハラ)に成りし神の名は、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、次に神産巣日神(カムムスヒノカミ)。この三柱の神は、みな独神(ヒトリガミ)と成りまして、身を隠したまひき。 

古事記より


私が入学した小学校は1学年に1クラス25人の、山間部の小さな学校だった。林業や、農業、兼業農家の子供たちばかり、みんなが幼馴染。


その子は初めからいた。

1番後ろの席のドアから2つ目の席だ。

ひびやなつめと言う名前で、着物を着ていた。

見慣れない子だ。


なつめがクラスメイト以外には見えないことを、子どもたちはすぐに気がついた。だれかがひとことでも話したら、なつめは学校に来れなくなる。


学級委員のあかねちゃんは、幼稚園のころから、みんなのリーダーだった。あかねちゃんが、みんなに『なつめちゃんのことは秘密にしよう』と、言った。


あたしは背が高かったので、教室の1番後ろのドアの横の席だ。

なつめちゃんは気がつくとそこにいる。いつもにこにこ笑っていて、クラスメイトはなつめちゃんをよく振り返って見る。


休み時間になると、あかねちゃんはみんなに「あまり見ないで、先生が変な顔してたでしょ」などと、注意する。1週間もたつと、子供たちは勝手に理解した。


なつめちゃんは『座敷わらし』と言う神様だ。誰ともなく言いだした。あるいは、東北出身の親がいる子が言いだしたのかも知れないし、昔話で仕入れた情報かも知れない。きっと良いことがある。


私たちはとにかく、秘密を共有した。

なつめちゃんは体育の授業に出ることもあった。フォークダンスのときに、輪の中に入っていた。手をつなぐと氷のように冷たかった。


音楽室ではピアノの音を鳴らして、あかねちゃんに叱られた。

「音を鳴らしちゃダメ。先生が来ちゃうから」

なつめちゃんは驚いた顔をして、すぐにイスから飛びおりた。


二学期が始まると、なつめちゃんの代わりにゆかりちゃんが座っていた。ゆかりちゃんは心臓が弱くて、手術をしたので、これまで学校に来れなかったらしい。


それからは、なつめちゃんは、誰かが欠席すると空いた席に座っていた。それは、卒業するまで続いた。私たちのクラスの全員が、なつめちゃんのことを誰にも話さず秘密に出来たことが、クラスを団結させていた。


なつめちゃんは卒業写真に、におすまし顔でしっかり写っている。


卒業アルバムは、幽霊が映っていると騒ぎになったらしいが、私たちはすでに卒業していた。

それきりなつめちゃんのことは、みんな忘れ去ったと思っていた。


30年ぶりに開かれた同窓会に、あかねちゃんが卒業アルバムを持って来た。あかねちゃんは、町にひとつしかない病院の院長をしている。ずっといい子で、ずっと成績優秀だった。


「ねえねえ、ひびやなつめちゃんて、覚えてる?」あかねちゃんの話に全員が静かになった。

『座敷わらしの子、いたよね』やはり、全員が覚えていた。


あかねちゃんは「私たちってすごいんだよ、子供の時なのに、クラスメイト全員でひとつの秘密を共有したのは奇蹟に近い。信頼できる友達がこんなにいるんだから、この先もきっと素晴らしい人生になるわ」と、みんなに拍手を送った。


同窓会の会場は、町の日本料理の店だ。教師も実力者も招かずに、クラスメイトだけが参加していた。欠席者は1人もいない。25人プラス1人。入り口の1番前の席になつめちゃんがにこにこ笑っている。なつめちゃんだけが子供のときの姿のままだ。赤い梅柄の着物に、桃色の帯。


はじめから、なつめちゃんの席は用意されていた。『良かった、来てくれて』

ゆかりちゃんがなつめちゃんに笑いかけた。

ひびやなつめちゃんは実在していたんだ。

子供の頃の幻のかと、思うようになっていた。


なつめちゃんは声を出さずに笑っているだけだけど、私たちの神様だ。心臓の手術から生還した山下ゆかりちゃんのスピーチで確信した。


「心臓の手術をした時なんだけど、知らない子がずっと一緒にいてくれたの。私にしか見えていなくて、誰にも話せなかった。学校に行ったら、クラスメイトの中にいて、不思議な子だなって思った。あかねちゃんに、クラスの秘密だって言われて驚いたけど、みんなと同じように秘密にしていた。でも、やっとお礼が言える。ひびやなつめちゃん、あの時は守ってくれてありがとう」


小笠原君が続けて、スピーチした「俺、町外れで、板金塗装の会社やってるんだけど、詐欺にあって会社が倒産寸前だった。なつめちゃんが、毎晩そいつの夢に出て、脅したらしい。そいつとうとう自首したんだ」

なつめちゃんの神様としての力は相当なものらしい。願いごとどころか、恨み辛味、仕返しまでこなしてくれる。


いまでは、TVの制作会社のオーナをしている小林幸男から、お札が配られた。

「自分もとても助けて貰った。今日は皆んなに御守りを作って来たんだ、いいよね、なつめちゃん!」


なつめちゃんは、懐から匂い袋をだして、すべてのお札の上で鈴のように振るった。

なつめちゃんが、同窓会に来たのはその時1回きりだ。


今年は卒業から50年目の同窓会だ。まだ1名も欠けていない。みんなの話では、なつめちゃんはいろいろなシーンに出現する。


孫の七五三の記念写真にちゃっかり並んでいたり、電車に乗ろうとしたら、引っ張り下された。列車はその直後、事故を起こした。友人と競馬に行ったときに、前になつめちゃんがいた。なつめちゃんと同じ馬券を買ったら大穴だった。山で滑落したが、すぐに救助ヘリに助けて貰った。ヘリの座席になつめちゃんがいた。


もう、皆んなに会う前は誰にも話さないから、溜まっちゃうよ。この日ばかりはなんでも話せる。


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