第7話 現れる鏡
つれづれなるままに、日暮らし、硯すずりにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
徒然草より
先週のことだ、夜中にふっと目を覚ますと、ベッドの足元がぼんやりと明るい。足元は壁だ、花柄の遮光カーテンがかかっている。
胸騒ぎがする。灯りが縦に反射しているようだ。
灯りがあると眠れないので、部屋は真っ暗なはず。ひとり暮らしの部屋でぼんやりとした明かりも気になる。
反射している光源を探すと、ドアの隙間からわずかに光が漏れている。暗い中で起き上がり、足元の壁ににじり寄ると、1mの高さの鏡がある。
手の平を当てると冷んやりとした感覚がある。
わずかな灯りの中で鏡を覗くが、自分の顔さえ見えない。
ライトを付けないで、さらに鏡の存在を確かめる。寝起きから次第に意識がはっきりして来るとともに、恐怖が襲ってきた。
鏡なんかない。以前あった姿見は、明らかに何か潜んでいる気配に処分した。鏡はバスルームに、顔が映るだけのサイズがひとつあるだけだ。
頭側の壁のドアを開く。リビングに続くドアで、リビングは冷蔵庫の表示窓の明かりがついている。テーブルのノートパソコンの明かり、炊飯器の保温状態のオレンジ色のライト。
これだけで、物の位置がはっきり判るほど明るい。
ふっと後ろを振り返る。一瞬、鏡に揺れる布が過ぎった気がした。と、鏡は消えた。
部屋の明かりを付けた。
異変はない、夢でも見たのか、思い違いか。
深夜2時である。全身にべっとり汗をかいている。心臓の鼓動はなかなか静まらない。
睡気は覚めてしまった。
キッチンでコーヒーを飲み、明るくなってからふたたびベッドに潜りこんだ。
翌日から深夜に目を覚ましてしまう。
暗闇に目を凝らしても、何事もない。
三日目、金縛りで自分のうめき声を聴いた。いきなり目を開き、無理やり体を起こした。
鏡に男の顔が映っていた。その向こうに私の姿がある。
私と男の間にはベッドしかない。
鏡を壊してしまいたいが、鏡なんか元からないじゃないか。さらに二日後、鏡に反射する明かりで、枠がある楕円の鏡が確認できた。
楕円の鏡など、後にも先にも置いた事がない。
鏡には驚愕した表情の男の顔が張り付いている。ベッドの上には布団を巻き付けた自分がいるだけ。
私は引っ越すしかないと荷物を作っている。
勝手に出現する鏡はどこから来るのか。
この話しをすると、母親も、兄弟も、友人も被害がないのだから我慢しろと口を揃えて言う。
今日、男の背後に石の群像が見えた。多分墓石だ。黒いシルエットしかわからない。電気をつけると、気配ごと消えてしまうのだから始末におえない。
そして、私はワンルームの部屋に引っ越した。
鏡はついて来た。ついて来ると思っていた。
引っ越しの荷物の整理が終わり、コーヒーを飲んでいた時だ。タンスと窓の間に、スペースがあった。まずいと感じた。
案の定、深夜の薄明かりに、鏡の姿が浮かび上がる。
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