第6話 通過する景色

 かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経る人ありけり。

蜻蛉日記より


通過する景色


通勤電車から見える風景に、気になることがある。新宿駅まで、あと3駅の距離。

ビルのおそらく3F部分の一室が見えている。マネキン人形が3体、バラバラに置かれている。


服飾系の会社だろうか、マネキンの衣装はたまに変わる。もう三年もこの路線で通勤しているので、いつから見ていたかも分からない。


その日、読んでいた本からふっと目を上げると、マネキンと目が合った。マネキンが、瞬きした。一瞬のことだ、見間違いだろう。それでもその日から気になり始めた。手前の駅からじっと目を凝らして、車窓を通過する風景を見る。


マネキンは毎日違う配置で立っている。3体は同じタイプのマネキンで、髪型だけが違うようだ。

瞬きをしたのは、ショートカットの子だ。毎日見るうちに、見分けられるようになった。3体全てが毎日位置を変えていると思っていたが、実際にはショートカットの子だけだ。


 彼女は、日ごとに窓に近づいている。

今日は窓すれすれに立っていた。明日はどの位置に移動するのだろうか。コマドリの画像を見せられているみたいだ。

 

その日は少しだけ窓が開いていた。風で髪の毛がなびいている。翌日は窓枠に足がかかっていた。

飛び降りるつもりなのか。いてもたってもいられない気分で、1日の勤務時間が終わった。阿佐ヶ谷で降りて歩いてみた。道路からだと風景はまったく違って見える。


立ち並ぶビルの窓を見上げて歩く。この辺りじゃないかな。立ち止まり、辺りを見回すと、ビルの前に透明なゴミ袋に入ったあの子を見つけた。

粗大ゴミの張り紙がしてある。


飛び降りたに違いない。いや、相手はマネキンだぞ。1階が洋菓子店、2階から上は不動産屋の看板と、スポーツジム、サラ金。マネキンとは関係なさそうな建物だった。


店の前に出ているゴミ袋を漁るわけにもいかないし、マネキンが飛び降りましたとも言えない。

ゴミ袋に向かい、手を合わせてそれきりだ。


 残された二体がどうなったのかもわからない。翌日から、窓にはガムテープと段ボールで目貼りがされていた。

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